目の前にいる少女は、確かビーデルという名だったな、とは思い出していた。
 しかし、こんな挑戦的な目をされなければいけないのか。
 理由については、さっぱり思い当たりがない。
 むしろ初対面のはずなのだけれど。
 困ったように笑むと、ビーデルはを睨みつけたまま、口を開いた。
「……ここ、孫悟飯くんの家よね」



空の飛び方教えます



「あの、さん。さっきはごめんなさい」
 昼食をご馳走している最中、ビーデルが謝ってきた。
 は手を振って、問題ないと答える。

 彼女はどうやら、が悟飯の同棲者か何かだと勘違いしていたようだった。
 もちろん一緒に住んではいるが、それは家族だからで。
 も彼女に、悟飯と一緒に住んでいるという事がバレてしまったようだが、そちらは余り問題がなかったようだ。
 どちらかというと、問題提起するならそっちだと思うのだけれど。
 しかし……見た目年齢とは恐ろしいものだ。
 まさか、学生程度の年齢に間違われるとは思わなかった。
 悟空が死んでしまって、年齢を加算しないのにあわせるように、の見た目はまるで変わっちゃいない。
 それは別に受け入れているし、どちらかというと喜べる事であるのだが、悟飯の彼女に見られるようだとちょっと困るかも知れない。
 それでも、悟飯とが隣同士に座っていると、自分なんかより彼氏彼女に見えるのだが。

「午後も修行?」
「ええ、飛べるまで頑張ります」
 食事を堪能しながらビーデルが頷く。
 悟飯がこっそりため息をついたのが見えた。
 天下一武道会に出るのに修行不足な彼は、一分一秒だって惜しいはず。
 が教える事も可能だが、仕事や家事を放り出すわけにもいかないし。
 もむもむと食べていると、ビーデルがふと気付いたようにを見る。
「あの、さんも飛べたりするんですか?」
「飛べるよ」
「悟飯くんが教えたの?」
 違う、と苦笑した。
「私は、私の夫に教えてもらったの。元々修行とかはしてたしね」
「へーえ……さんが修行を……」
 じぃ、とビーデルが見つめてくる。
さんとちゃんて、凄く綺麗な髪をしてますよね」
 暫くぶりに言われた。
 こちらの世界に来た当初は、仲間内やらご近所さんやらに相当言われたものだが、今となっては言われもしない。
 髪を弄くり、後ろに流す。
 はきょとんとしてお箸を口にし、首をかしげていた。
「でも、もビーデルさんも綺麗な髪だよ? は私似だけど」
「どうやったらそういう髪になれるんですか?」
「いや……特になにもしてないんだけど」
 ガックリくるビーデル。
 こればっかりは遺伝だから、どうしようもないよねえ。
「じゃあ、じゃあ、旦那さんはどういう方だったか教えてください!」
「ええ!? な、なんで」
 いきなりなんだ!?
 知りたいんです、と凄く煌めく目で言われ、は助けを求めて悟飯とを見やる。
 しかし彼らは気まずそうに目を合わせると――苦笑してお辞儀をした。
 要するに、助けてくれはしないらしい。
 と悟天をあてにするのは間違っているし。
「……な、何が知りたい?」
「どこで知り合ったんですか?」
 知り合った場所!?
 そりゃあ忘れもしない、けれど。
「とある島の砂浜だったよ。それから暫く一緒にいて、家に戻ったのね。それからまた会って――」
「いつ結婚なさったんです?」
 ああああ、これ以上突っ込まんでくれ!
 あんまり結婚のくだりは……言いたくないの、だけれども。
「あー、それは私も知りたい!」
 がうきうきと賛同する。
 やめてって……。
 悟飯は自分の事でもないのに、何だか恥ずかしそうにしている。
「こっ……今度ね! それより早く食べて修行しないと!!」
 濁してみたら、不満顔をされてしまった……。
 だって、言いようがなかったんだもん!


「さぁて。仕事も終わったし夕食はが作ってくれてるし! 悟飯たちの修行を見てこようかなー」
 誰にともなく言い、悟飯や悟天、の気がある場所へと飛ぶ。
 割と開けた場所で訓練してくれていたので、分かり易かった。
「はかどってるー?」
「あー、お母さんだー!」
 悟天が舞空術を使ったまま飛んでくる。
 苦戦しているのはビーデルとのようだ。
 悟天を抱っこしたまま、悟飯たちに近づく。
「どう?」
「ビーデルさんは気の扱いが上手くなってきたよ。ちょっと浮くのはできるようになってる」
 見れば、ビーデルは気を使った事がないからか、なんだか疲れているように見えた。
 は彼女にタオルを渡してやる。
「あ、ありがとうございます」
 ビーデルの横を見ると、が困惑したみたいに地面を見つめていた。
 悟天が舞空術を使えなかったように、もまた使えない。
 今は悟天が飛べるようになったし、彼女も飛べると思っていたのだが。
 不思議に思いながら悟飯に問う。
はどうしたの?」
「それが……その」
 彼は言いよどみ、それからに「飛んでみせて」と言う。
 はこっくり頷き、気を集中しはじめた。
 次第に気が身体を廻り、そうしてなぜか足元に異能力の光――薄緑色のそれ――が集まり出す。
 おや? と思っているうちに、の体が上に飛んだ。
 まさに弾け飛んだ勢い。
 まるで上から、強力なゴムで引っ張られたみたいな。
「きゃうぅんっ!」
!」
 悟飯が飛び、落ちてくる前にを抱きかかえる。
 腕に抱かれて戻ってきた彼女は、ビックリしてちょっと涙目になっていた。
 悟飯の胸にしがみ付き、もう嫌だと首を振っている。
 なんで舞空術の練習で、あんなふうに飛び上がるんだろう?
 聞いてみるが、当人にも悟飯にも原因が分からないらしい。
 色々考えてみて、一番答えに近いのではないかというところを言ってみる。
「ねえ、。もしかして気だけじゃなくて、物を浮かす時みたいな力を使っちゃってない?」
 は一生懸命に考え、悟飯の顔を見てからに向かって「うん」と言う。
「そっか、分かった。こっちにおいで」
「……原因が分かったんですか?」
 いつの間にやら、ビーデルが事の次第を見守っている。
 は頷き、を正面に立たせるとしゃがんで言い含めた。
「あのね。舞空術を使うときは、『異能力』は使っちゃダメなの」
「ええと、ええと、ふわって浮かすチカラを使わないの?」
「そう。それを混ぜてしまうと、さっきみたいに飛んじゃうからね。さ、もう一度やってごらん? 今度は、緑色の力を使わないんだよ?」
 はい、と素直に頷き、は気を集中し始める。
 次第に体が浮いてきた。
 元々気のコントロールは充分にできているから、やはり成長が早い。
 悟飯は後頭部を掻いた。
「……僕もまだまだだなあ。にも異能力があるって、忘れてた」
「放出系の力はいいんだけど、舞空術みたいな内面性のものは、ちゃんと切り替えて使わないといけないんだよね、面倒なことに」
「あのぉ……さん」
 ビーデルが不思議そうに言う。
「異能力ってなんですか? 気とは違う?」
 気を知ったのだし、隠していても仕方がないので教える事に。
 悟飯の強さも知っているし(超化できる事は知らないみたいだが)、まあ差し支えないだろう。
「異能力って、私が勝手に呼んでるだけなんだけどね。気とは違って、ええと、超能力みたいなものなんだ」
「超能力ですか。物を浮かしたり?」
「まあ、それは気でもできるし、確たる区分があるわけじゃないんだけど。手をかざして傷を治したりできるよ」
 凄いですねと感激するビーデルに、は苦笑した。
 本格的な戦いになれば、そんなの殆ど役に立たないのを知っているから、あまり褒められたものでもない。
 けれどビーデルの中で、は尊敬する人のうちに入ったようだ。
 悟飯くんのお母さんみたいになりたい、と言われ、少々テレてしまったりした。


 ビーデルは、10日ほどでだいぶ飛べるようになり、それから先はそれぞれ天下一武道会のために修行を積むことにしたようだった。


短編にある悟飯夢16話辺りと関連ありです。
2008・11・4