どうしたものか。 は写真を前にして腕組みをした。 悟空が逝ってしまってから、まだそう長い時間が経っているわけでもないのに、これを手渡されるなんて。 ご贔屓の人で、なんでもない事のように渡されて――急いでいたので内容確認をしなかった自分が悪いのだが――見てみれば、 「……見合い写真なんて、どうすりゃいいのよ」 そう、それは紛れもなく見合い写真であった。 お見合いしませんか? 「それで貰ってきちゃったんですか!?」 箸を片手にしたまま、悟飯は驚きのあまり大声を上げた。 言われたは「うん」と返事をしつつ、もむもむとから揚げを食べる。 当人の余りに簡単な反応に、悟飯の方がうろたえている。 「そ、それで……どうするつもりなんですか」 完全に箸を置き、身を乗り出すようにして問う悟飯に苦笑した。 どうするもこうするも――実際それが問題だ。 ご贔屓さん――とても良くしてもらっている老夫婦からの推しなために、簡単に断るのも申し訳ない気はしている。 とはいえ、断る事に間違いはないのだけれど……。 困っている風なを見、悟飯は眉根を寄せる。 「……僕、新しいお父さんなんて嫌ですよ」 「ない。それはない。間違ってもない」 きっぱり言い放つ。 「どうするにせよ、お父さんに報告はしておいた方がいいですよ。後で知ったら大激怒しそうですし」 言い、彼は箸を手にとってから揚げを摘んだ。 ――そうなんだよねえ、確かに。 思いつつ、言うのも怖い気がしてならない。 言うだけで怒られたりはしないと思うけれど。 (――って、言う暇もなく押しかけられたら、手の打ちようがないじゃない!!) は表面上は笑顔を絶やさぬままに、けれど内心握り拳を作っていた。 見合い写真を受け取った、翌日の事である。 仕事が終わってから悟空に言おうと思っていたのだが、診療所に突然、老夫婦――タウ夫婦――と見合い写真の男性が現れ、なし崩し的に見合いが始まってしまった。 困惑しているのはだけではなく、どうやら老夫婦の方も一緒のようで。 申し訳なさそうに、肩身狭く縮こまっている様子を見てしまうと、彼らも何ひとつ聞かされていない事らしいと察した。 来てしまった人を、邪魔だから、いらないからと押し返すわけにもいかない。 老夫婦の面目というものもあるだろう。 ――後で悟空に、たっぷり絞られるかも知れない。 後々の事を考えると、一気に肩が重くなる気がするが、とりあえず背広を着たその人と老夫婦を診療所の客間に通し、お茶を勧めた。 いきなり、『若い2人で』というアレをやられたらどうしようかと思ったが、今の所それはないようだ。 ひと口お茶を含んで咽喉に流し、息をつく。 正面にいる背広の男性は、眼鏡をかけ、精悍な――世間一般でいうところの、美形さんと称してもいい顔立ちの人である。 悟空とは逆の位置に立っている感じ。 つまり、仕事がバリバリできそうなタイプという奴で。 もっとも、最初の印象などというのは、アテにならない場合も多いが。 男性と目が合った。 微笑まれ、も思わず微笑み返す。 ふぅん、笑うと可愛くなるとこは、悟空と似てるかも知れないね。 こほんと咳をひとつし、老人が立ち上がる。 釣られるように妻の方も。 ――嘘、もういなくなっちゃうの? 「我々は席を外しますから……いや、後は2人でどうぞゆっくり……」 では、なんて簡単に会釈すると、少しだけ強張った笑顔で立ち去っていった。 内心申し訳ないと思ってるんだろうなあ……。 老夫婦が立ち去った後、男性はに向かって一礼した。 「今日は、突然伺ってしまって申し訳ありませんでした」 「あ、ええ、いいえ」 大丈夫ですよと手を振ると、彼は幾分かホッとしたようだ。 「わたしは、サールと言います」 「です」 ぺこりとお辞儀をすると、彼はクスリと笑んだ。 不思議そうに首を傾げれば、 「いや、すみません。噂に違わず丁寧な方だと思いまして」 「丁寧ですか?」 「ええ。普通、こんな急に見合いしろなんて押しかけてきたら、怒るか追い返すかしそうなものだと思ったもので」 そう言われた。 「そりゃあ、何のしがらみもなくて、あのご夫婦を知らなければ――そうしたでしょうけれど」 「本当にすみません」 「いいえ。あの、それで……サールさんは、どうして私を?」 老夫婦が推したのでなければ、自分の事など知るはずのない人だ。 それに、見合い写真を貰った翌日に会いに来るというのも、常識的に考えてありえない――と思う。 緊急に会うべき何かがあるのかと問うと、彼は少し恥ずかしそうに目を伏せた。 「その……実は、以前、仕事でこの近くに来た時、あなたの姿を見かけて。――ひとめ惚れを」 「はい!?」 驚くに、サールは苦笑した。 「タウ夫妻とは親戚でして……村に住んでいるのなら、あなたの事を知っているだろうと思って聞いたんです。それで頼み込んで……」 「あの、好意を持って頂けたのは非常にありがたいのですけれど、私は」 の言葉を最後まで聞かず、サールは首を振る。 彼は、が夫を失った事を知っていると告げた。 どうして失ったのかまでは、さすがに知らないようだが。 「お付き合いをして頂けませんか。どうか、わたしと」 一生懸命な想いは、痛いほどに伝わってくるけれど。 は静かに首を横に振った。 「ごめんなさい。そういう対象として誰かを側に置く事は、私には出来ないんです」 「失って短い期間しか経っていないのは分かっています。ですから」 「いいえ、いいえ。そうではなくて……私にとって、命を賭けられるほどに大事な人は、後にも先にもあの人だけです。 今の私があるのは、彼のおかげで、だから彼以外を夫にする気はないですし、できません」 はっきりとした言葉に、サールは目に見えて肩を落とす。 「――時間が考えを変える事は、ないですか?」 「ありえません」 苦笑しながら答えると、彼は観念したかのように長い息を吐いた。 潔く退いてくれる人でよかった。 誰もいなくなった診療所で使った茶器を洗っていると、突然頭の中に声が響いた。 「父さん?」 『……おお。あー、いや、お前これからヒマか?』 「うん、もう診療所閉めて帰るとこだけど」 何となく次に言われる言葉を察し、界王よりも先に口を開く。 「もしかして、悟空がどうかした?」 『…………お前の見合いがなあ。お前もすぐさま断りゃいいじゃろうに」 そんな事言ったって、お付き合いというものがあるのです。 軽く頬を掻き、は 「今からそっち行く」 診療所を閉めると、すぐさま悟空と界王のいるあの世へ飛んだ。 界王の別宅――今はと悟空の家のようになっている――の、悟空の部屋の戸を叩く。 ドアノブを捻れば、鍵は当然のように掛かっておらず、あっさりと開いた。 ベッドにごろんと横になっている夫の姿を見止め、は苦笑する。 あれじゃあ不貞寝しているみたいだ。 「悟空?」 「……は、オラのだよな」 横になったままでいる彼の側に腰を下ろし、笑みかけた。 「それって確認する事かなあ」 「だって!」 がばっと起き上がり、悟空はを背後から抱きしめる。 腰を引き寄せられ、身体がぴたりとくっついた。 背に感じる暖かさに安心しながら、は彼の言葉を待つ。 「だってよ、オラ死んじまってるしさあ……ずっと側にいらんねえし……」 悟空は不安なのだった。 いつか、が誰かのものになってしまうのではないかと。 見合い場面をずっと――界王を通して――見ていた彼は、不安で不安でたまらなくなってしまった。 修行が手につかないほどに。 は彼に寄りかかり、小さく息を吐く。 「側にいなくても、見ててくれてる。悟空がいないのはとっても辛くて寂しいけど、こうやって会えるから頑張れるよ。それにね、悟空以外の人とお付き合いは出来ないよ」 「なんでだ?」 心底不思議そうに言う彼。 小さな、小さな声で言う。 悟空にすら聞こえないかも知れない、小さな声で。 「だって、私の幸せは、いつだってあなたと一緒にあるんだもの」 ドロドロしないお見合いな話でした。悟空がじつに子供っぽい(笑) 2007・4・24 戻 |