「お母さん、もう大丈夫?」
 家に帰ってきたに、悟飯が眉尻を下げながら問う。
 は申し訳ない気持ちで胸をいっぱいにしながら、悟飯を抱きしめた。
「……うん、もう平気。ごめんね……結局心配かけちゃったね」
「そんな事! 僕も……僕もお母さんを泣かせないように、頑張るから」
「ありがとう。えへへー、ウチの男はみんな色男だね!」
 くすくす笑うを見て、悟飯は思う。
 とりあえず大丈夫なようだと。



大界王星にて 2



 は家事を終えると、勉強している悟飯の様子を確認してから彼に了解を取り、昼食から夕食までの間を大界王星で過ごす事が多くなった。
 といっても、一週間のうちにおよそ3日ほどではあるのだが。
 悟飯から悟空への言付けを受けたりしながら、それなりに上手く廻っている。
 もちろん、普通に考えればあの世に特定の誰かを求めて行く、というのは不健康であるが、相手に触れられるような環境では、生きていても死んでいても余り変わらず。
 悟飯は今の状況を、『単身赴任したお父さんに、会いに行くお母さん』と表現したりしている。
 あながち間違ってもいない。

 前回大界王星へ跳んでから、今日で3日間が空いていた。
 不思議なもので、悟空にいつでも会えるとなると、安心感というか、心にゆとりが出来るのか、そう急く事もなくなった。
 悟飯の母として、やるべき事もある。
 全てを放り出していくのは非常に無責任だし、最低限のルールだ。
 は悟飯にお茶を持って行き、勉強の様子を見やった。
「……私、もう悟飯の勉強は教えられないね」
 つらつらと書かれている数式は、にとって簡単でない。
 真面目に考えれば分かるかも知れないが、悟飯の方が早く解いてしまうだろう。
 一応高校レベルのものまでは解けるのだが、時間がかかりすぎるのが実情である。
 彼はの淹れたお茶を口に運び、ふぅ、と一息をつく。
「そんな事言って、結構できるよね、お母さん。ところで、今日は行くの?」
「あー、うん。行ってこようと思ってるんだけど……いい?」
 いいか、と伺いを立てる必要は、本当はないのかも知れない。
 悟飯から帰ってくる答えに、否、はなかったから。
「夕食までには帰ってくるからね」
「うん。それじゃあお父さんによろしくね」
 にこりと笑んで送り出してくれる息子が、とても大人びて見えた。


 大界王星に跳んだは、この星での悟空の家――実際は界王の別宅なのだが――の前に出た。
 こちらの星では、の転移先としてインプットされたのは、この場所だった。
 中に気配がある。
 が中へ入ろうと取っ手に手をかけようとしたと同時に、扉が開いた。
 目の前に界王が立っている。
 ちょっとビックリした。
「おお、か」
「どっか行くの?」
「おーっす、!」
 悟空が界王の後ろから歩み寄る。
 満面の笑みで、きゅぅっと抱きしめられた。
「な、なに? 悟空、ちょ……苦しいよー」
 腕の中で小さな抵抗をしてみると、彼はニカッと笑んだままもう暫く抱擁し、そうしてから解放する。
 界王はごほんごほんと咳払いをしているが、悟空はお構いなしだ。
「3日ぶりだかんなあ。オラ寂しくってさあ」
「……ええと。ありがと……」
 どうすればいいのか分からず、とりあえずお礼などを言ってみる。
 彼は「おう」と言いながら後頭部を掻いた。
「ところで父さん、どこ行くって?」
「それがな……」

 目的地に向かいながら聞いたところによると、あの世で天下一武道会のようなものが開催される日なのだそうだ。
 それも凄く久しぶりで――久しぶりに開催する理由が、
『北の界王死んじゃった記念』
 である。
 からすると、そんな記念は非常にいらないのだけれど……むしろちょっと気に入らないのだけれど。
 人の不幸を喜んでなんとする。
 まあ、武道会のキッカケになったのなら、そこはいいのかも知れないが。
 ともかく、その天下一武道会ならぬ『あの世いち武道会』に悟空も出場するという。
 は一般人(しかも死んでない)ながら、界王と一緒に舞台近くで見学させてもらえる事になった。

 家の中の癖に、宇宙空間を模したその中。
 かなり広い場所にある部屋の中の巨石(星?)のひとつ、その上に群集が集まり、中央にはリングがどどんと置いてある。
 大界王は来賓席で、豪華そうなイスに座っている。
 周囲を見回せば、以前見た事がある西の界王のほかに、もう2人、見知らぬ――恐らく界王がいた。
「ねえ父さん。残りの2人も、やっぱり界王なの?」
「うむ。右側にいるピンクの肌色をしとるのが東の界王、左の緑色の肌色をしとるのが、南の界王じゃ」
「へー。東西南北の界王さまかあ……父さんが全部統べてるのかと思ってたけど」
「宇宙は広大じゃからな。ひとりに任せて、間違いがあっちゃまずかろう」
 確かに。

 武舞台の上に乗ったキノコのような頭部の司会が、マイクに向かって声を張った。
 悟空は準備運動を終わらせ、武舞台に視線を移す。
「それではこれより、『北の界王死んじゃった記念、あの世一武道会』を開催しまーっす!」
 そんな記念を作るなよ、と思うのだけれど。
 界王は微妙な顔をしていたが、はあ、とため息を転がしてあっさり思考を切り替えた。
 司会がまたも声を張る。
「それでは、まずは大界王さまからひと言お言葉を頂きたいと思いまーす!」
 少し高くなっている正面賓客席に座っていた大界王が、声を拝聴しようと静まり返った会場全てに届くような声――別段大声でもないから不思議だ――を張る。
「みなの者、今日は久々の武道会じゃ。それぞれ全力を尽くして闘い、楽しむがよい」
 会場をどよめかす歓声に、司会は満足げに頷いて次に説明を始める。
「では、簡単にルールを説明します! 試合はトーナメント形式。気絶や相手の降参、リングアウトで勝利となり、武器の使用、目潰し、急所攻撃などの卑怯な攻撃は失格。なお、死ぬ事はないのでその点は安心して闘ってください!」
「……もう死んでるもんね、出場者は」
 はポツリと呟いた。
「そして、優勝者は大界王さまとのマンツーマン指導が受けられます! みなさん頑張ってくださーい!」
「よぉっし、オラ頑張っぞ!」
 わくわくしている悟空に、界王が注意を促す。
「悟空よ。地球の天下一武道会とはだいぶ毛色が違うでな、心しておけよ」
「おう、分かってるさ」
 闘える事が嬉しいのか、ニコニコしている悟空。
 周囲を見回してみても、確かに天下一武道会とはだいぶキャラというか……人種が違う。
 宇宙人が普通にいる状態なので、ヒトガタでない者も多々あった。
「宇宙人ってどれぐらいの数がいるんだろ」
 疑問に界王が答える。
「さてなあ。正式な数は、銀河データベースでも見んとなあ……」
「なにそれ? データベースなんてあるの?」
「把握しておくべき事や、それぞれの星で起きた情報なんかは、ちゃんと総轄されとるよ」
 結構あの世も統制が取れているもんだ。
 当たり前かも知れないけども。
「失礼、界王さま。行ってまいります」
 丁寧に一礼する身長が高く、ガタイのいい金髪の男性に、もお辞儀をした。
 悟空が彼に声をかける。
「頑張れよオリブー!」
「オリブーさんていうんだ、あの人」
 悟空の横に立ち、リングに上った先ほどの男性を見つつ言う。
 彼の相手は、東の銀河出身のチャプチャイという小さな人だ。
「オリブーは地球出身なんだってさ。ええと……神話、ってのにも名前が載るぐれえなんだと」
「へぇ……こっちの神話は全然知らないしなあ」
 ふぅんと頷きながら、開始された試合を見やる。
 チャプチャイは、オリブーを抜きん出た?ように見えるスピードで動きまくっている。
 2人とも一進一退の攻防を繰り広げているように見えた。
 分はオリブーにあるようだが。
「コレでも喰らえ!」
 急にチャプチャイがその数を増やす。
「残像拳か!?」
 悟空がそれを見て言うが、一気に突貫してきたチャプチャイを、オリブーが避けて上にジャンプしたところ。
 ――がちこん。
 残像拳と思われていた何体ものチャプチャイが、一斉に頭を撃った。
 そのままバラバラとリング状に倒れる。
 ……分裂していたようだ。
 彼らは分裂したまま降参を口にし、オリブーが勝利となった。
 な、なんだこれ……。

「ええと、次がオラの番だな!」
「頑張ってね」
 の応援を背に受け、悟空はリングに上がる。
 相手はキャタピーという……虫タイプの宇宙人だった。
 試合開始の合図と共に、悟空が構えを取る。
 キャタピーはにやりと笑い――手を伸ばした。
 不規則な動きをして跳んできたリーチの長い手に、悟空は引っ張られる。
 悟空より大きな体のキャタピーの幾つもの腕にがっしりと抱き込まれた。
 もがくが、手の多さと力によって大して身動きが取れていない。
 超化もしていない悟空なので、は心配はしていなかったのだが、何の攻撃をするのかという気にはなった。
 すると、
「……っぷははは!! あはははは!! ヤ、ヤメロー!」
 ……。
「けらけらけら! はははっ、な、なにすんだよーー!」
「ほらほら、さっさと降参しないともっとくすぐったいぞ!」
「オ、オラ、降参なんてするもんかー! わははっ、ひぃーー!!」
 …………。
 はギギギと首を動かし、界王を見る。
「……ねえ、あれって武道なわけ? というより、彼も英雄なんでしょ?」
「ウ、ウム。英雄、のはずじゃが」
 あちこちくすぐられ、笑いまくっている悟空の声を耳にしながら、オリブーが呟く。
「東の銀河ってのは……平和なんだな……」
 暫くケラケラ笑っていた悟空だったが、気を入れてキャタピーを吹っ飛ばした。
 上昇しきってから床にべちこっと倒れる彼に、悟空はキョトンとする。
「おめえもしかして、物凄ぇ弱えんじゃねえか?」
「な、なんだと! うううっ、そんな事言って、後で後悔するなよ!!」
 言うが早いか、キャタピーは口から大量の糸を吐き出し――それで身体をくるんだ。
 その後、動きが全くなくなる。
 南の界王が力強く説明した。
「キャタピーは変化タイプだ! サナギからかえると凄まじく強くなるのだ!!」
 司会が恐る恐る聞いてみる。
「あのー、それでいつ頃キャタピー選手はサナギからかえるんでしょうか?」
「ざっと1200年後だな!」
 ……当然、悟空の勝利となった。

「ねえ父さん。私が今まで凄い敵ばっかりを見すぎてたのかな……?」
「……う、うむ……」
 界王は言葉を濁すしかなかった。



正直、なくても良い回ですわ…(笑)でも次回もこのテイスト。
2007・3・23