大界王星にて 1



 背中にある柔らかな感触に、はゆるりと目を開く。
 なんだか目が腫れぼったいような。
 右手がやたらと温かいし――と手を見て、
「……悟空」
 繋がった手の先にいる人物が、の眠っているベッドの端で、突っ伏して眠っているのに驚き、また、その相手が悟空だという事に更に驚いた。
 ――ええと、私、昨日確か自分の家でいつも通りに寝て――それから父さんが。
 あれよあれよという間に全てを思い出し、あまりの情けなさに肩を落とす。
 申し訳なさに、眠っている悟空に謝り倒したい気分になった。
 八つ当たりのような言動を繰り返してしまった……!
 目が腫れぼったいのは、泣きすぎたせいだろう。
 そぉっと手を引っこ抜こうとしたのだが、ぎゅっと掴まれる。
 ……条件反射だろうか?
 起きている気配はない。
 はふ、とため息をついて体を起こすと、界王が入って来た。
「おお、起きたか。悟空の奴は寝とるようじゃの。遅くまでお前をみとったようだから」
「……ごめんね、父さん。迷惑かけちゃって」
「いいや。娘の事なんじゃから、なにも迷惑だなんぞ思っておらんよ。ほれ、顔を拭きなさい」
 冷えたタオルを渡され、それで顔を拭いて目を冷やす。
 暫く目に当てていると、腫れがゆるりと引いていくようだった。
「……ん…………?」
 悟空が目を覚ます。
 は、タオルを片手に微笑んだ。
「おはよう、悟空」
「……!」
 ぎゅーっと抱きしめられる。
 わわ、と慌ててベッドに手を付いて倒れる事を免れた。
 散々抱擁し、満足したのか、彼はゆるりと離れる。
 改めて手は繋いだままだけれど。
「もうでえじょぶか?」
「うん、でえじょぶです」
 悟空を真似して言う。
 醜態をお見せしまして、とペコリ、頭を下げた。
 悟空は首を振る。
「おめえが元気んなってくれたなら、よかった。また泣きたくなったら、すぐに言えな?オラちゃーんと抱きしめてやっから!」
「あ、ありがと……」
 赤くなる顔を隠すように俯く。
 ごほん、と界王がわざとらしい咳払いをする。
「さて、と悟空。今日はちょっと付き合ってもらうぞ」

 身支度を整え、と悟空は界王の先導で、とある場所に来た。
 大きな邸宅の正面に立ち、界王が言う。
「ここに、大界王さまがいらっしゃる。の事をお許し願わねばな」
「閻魔様じゃないの?」
「閻魔大王に直接でも構わんのだが、やはり大界王星の主から話を通した方がいいじゃろ」
 それにしても、簡素に見えるが大きな屋敷だ。
 ブルマの家と規模が非常に近い。
「さて、大界王さまは……」
「あーーーーっ! お前は北の界王!!」
 背後からの叫び声に、3人は後ろを見やった。
「……同じ格好?」
 父親とその人は、同じようなコスチュームをつけていた。
 耳もとんがっているし――色つきのモノクルをつけ、肌は薄紫色ではあるけれど。
「うぬぬぬぬぅ! なぜお前がここにいる!」
「ふんっ、お前こそなんでここにいるんじゃ!」
 バックに炎を巻き上げながら、2人は睨みあう。
「わたしはなっ、このパイクーハンに会いにきたんだ!」
 後ろを示しながら言う彼。
 パイクーハンと呼ばれたその人は、ターバンを巻き、ピッコロのような肌色をした男性だ。
 立っている彼は、どことなく静かな雰囲気が、ピッコロに似ているような気もする。
「ね、ねえ父さん。あの……こちらの方は?」
 いい加減いがみ合いはともかくとして、説明ぐらいはしておくれ、と裾を引っ張る
 敵対していた側が、興味深そうにを見やる。
「ほおー、もしかしてお前さんが北の界王の娘か」
「知ってるんですか?」
「もちろんだ。おお、自己紹介が遅れたな。わたしは西の界王じゃ」
「へえー、西……って事は、南と東もあるんだあ……」
「お前さん、あんなのが父親で苦労しないか?」
 耳打ちのように言われ、は苦笑する。
「お父さん大好きだもん」
 すっぱりと言うと、界王がテレた。
 西の界王は不満顔で界王を見やり――ふと何かに気付いて大笑いを始める。
 悟空とは顔を見合わせた。
「な、なんじゃ!?」
「お、お前、お前……し、死んだのか!!」
「はーーーっ! こ、これはーーーー!」
 顔が真っ赤になる界王。
 しかし、西の界王は追随の手を休めない。
 頭の上に乗っかっている環をつんつん突付き(突付けるんだ……)、ゲラゲラ笑う。
「か、か、界王が死ぬなんて、前代未聞だ!!」
 ぎゃはははと笑い続ける西の界王に、悟空が後頭部を掻きながら言う。
「オラが、界王さまを巻き込んじまったんだ」
「あん!? なんだお前は」
「オラか? オラ孫悟空だ」
 けろりと答える悟空に、界王が胸を張って言う。
「悟空はな、地球という星を救った、とてつもなく強いやつなんじゃ」
「なんだとぅ!? パイクーハンの方が強いに決まっておる!」
 なんだか、子供のケンカみたいになってきたぞ。
 が唖然として2人を見ていると、彼らはどんどんヒートアップしていく。
「パイクーハンの方が強い!」
「悟空じゃ!」
「パイクーハン!」
「悟空!」
「パイク「ごく「ぱ「ご」
 ……もう何がなんだか分からない。
 さすがにそろそろ止めようかとした時、大界王邸――大界王殿というらしい――から、ラジカセを肩に背負い、白い髭を沢山蓄えた老人が現れた。
「ハロゥー? 2人ともちょーっとヒートアップしすぎじゃなーい?」
 界王2人がぴたりと争いをやめ、やって来た老人に平伏する。
「は、ははー! 大界王さま!!」
「え、大界王さま?」
 このご老人が?
 へぇ、と立ち尽くしていると悟空の頭を界王が押す。
「わ!」
「い、いてえよ界王さま!」
「ちゃんと叩頭せんかい!」
 そ、そんな江戸時代みたいな事しないといけないの?
 しかし、大界王さまはかなりラフな人らしく、叩頭などせんでいいと、あっさり言ってのけた。
「あのさあ、パイクーハンちゃん。悪いんだけど、クージゴに行ってきてくんない?」
 クージゴとは、どうやら地獄のクを前に持ってきてクージゴ、という……なんとも安直というか、どこかで聞いた事があるような手法を使っている、大界王。
「クージゴでさ、こないだ閻魔に送られてきたセルってやつが、フリーザとかいう奴らと徒党を組んで暴れてるらしいのよ。
 でさ、行ってチャチャッと事態を収拾してきてくんない?」
「分かりました」
 パイクーハンは立ち上がると、すぐに飛び立った。
「独りじゃ無理だ! オラもいくっ! 、おめえも行くか?」
 問われるが、それは大界王によって止められた。
「行って!」
「ああ! オラが帰るまで待ってろな!」
 じゃあ、とパイクーハンを追っていく悟空。
 残ったに、大界王が声をかけた。
ちゃん、だっけ?」
「あ、はい。……あのー、なんで私の名前を?」
「北の界王ちゃんから聞いてたのよー。わたしは大界王。ヨロシクね」
 ど、ども……。
 ぺこりとお辞儀をする。
「さて。ちゃんは死んでないけど、いつでもここに来れるようにしてあげるわね」
「え、あの、いいんですか!?」
「北の界王ちゃんの娘さんだもん。ま、いいでしょ。その代わり、天国と地獄のシステムや、死人の情報なんかは外部に――まあ息子一人ぐらいはいいけど――漏らさない、って約束してくれないと困っちゃうけど」
「はい。漏らしません」
 きっぱりと言うに、大界王は深く頷く。
「閻魔ちゃんには、わたしから言っといてあげるわね。たまにはお茶飲みにも付き合って頂戴」
 こくりと頷くと、大界王は来たとき同様、飄々と去っていった。
「……悟空、大丈夫かなあ」
 はあ、と息を吐くの横で、また北と西の界王はいがみ合っていた。






あと数話は読まなくても問題がない話であります。
2007・3・12