ばいばい


 脅威のなくなった大地は、あれほどまでに震えていたのが嘘のように静かになった。
 セルという巨悪は、悟飯の手によって倒された。

 喜びの声をあげ、悟飯への賞賛を口々に昇らせる彼らを見て、はホッと息を吐く。
 悟飯がちゃんと生きていてくれる事が、泣きそうなほど嬉しかった。
 ピッコロが完全に気を抜いて、気絶してしまった悟飯を連れ、の元へやってくる。
「お、おい……どうしたんだ、これは」
 同じように側にやってきた天津飯とクリリンが、それぞれトランクスと18号を抱えようとしてギョッとした。
ちゃん!?」
「あ、あはは……ヘーキヘーキ。気にしないで。デンデくんに治してもらうから」
「な、何をしてこうなったんだよ……」
 クリリンが慌ててヤムチャを呼ぶ。
「どうし――な、なんだ!?」
 ――そんなに驚かれるような姿をしているのだろうか。
 は他人事のように思った。
 鏡がないため、自分では分からないのだが――確かにあちこちが熱い。
 ヤムチャが慌てて抱きかかえる。
 ぬるりした感触に、改めて自分の姿を見た。
 手や足に細く赤い線が走っている。
 所々腫れている気もする。
 自覚はなかったが、は今、腕や足をあちこち薄く切られた状態だった。
 特に足には深い傷があり、が見た赤い線は、そこから流れたものだった。
 只でさえ異能力を無茶に使い、本来なら力を休ませるべき状況になっていた。
 それなのに、悟飯へ治癒力を飛ばす――なんていう普段やったこともない、型破りな事をしてしまった。
 オーバーヒートが過ぎて能力が半ば麻痺し、けれども悟飯を回復しようとして、補助的に自分の血をエネルギーに変え、彼に送る事態になっていると、当人は気付いていなかった。
「……気付いたら、ちょっと痛くなってきたかも」
 あちこちがヒリつく。
 本格的に痛くなってきた……。

 ベジータはピッコロが手を貸そうかと言ったが、余計なお世話だと突っぱねる。
 そうか、と納得し、天界に向かって飛んだ。



 天界につくと、デンデは悟飯を治療した。
 を治そうとしたのだが、息子を先にしてくれというの言葉に頷き、悟飯を目覚めさせる。
 そうしてから、を治療した。
「お、お母さんどうしてそんな傷だらけに」
「……ええと、コケた」
 心配をかけまいとして言ったのだが、凄く眉を潜められてしまう。
「分かった、素直に言う。異能力の使いすぎだけど……もう平気だから」
「なら……いいですけど……セルと撃ちあいをしている時に感じた力は……お母さんのですね?」
「うん。少しでも足しになったなら良かったんだけど」
「少しなんてもんじゃありませんよ……!」
 へにゃ、と顔を歪める悟飯の頭を撫でてやろうと手を伸ばし、血がついている事に気付いて引っ込める。
 ミスター・ポポが、神殿の中から濡らしたタオルを持ってきてくれ、
「ごめんね、汚しちゃうけど……ありがとう」
 血に濡れた手や足を拭いてから、悟飯の頭を優しく撫でた。
さん。異能力を使いすぎないようにした方がいいですよ。気とは違いますし、どうやら仙豆でも回復する類のものでもなさそうですし……」
「でも今はデンデ君が治してくれたから、平気じゃないかな?」
「ある程度は多分大丈夫……と思いますが、無理はしない方が」
 うん、と頷く。
 デンデは次に18号を回復させる。
 目覚めて飛び退る18号に、ヤムチャが幾分か遠くから叫んだ。
「デンデ! 早く離れた方がいい!! 殺されるぞ!」
「そんな事ないってー」
 呆れたようにクリリンが言う。
 彼は、警戒し通しの18号に視線を向けた。
「ここは神様の宮殿だよ。大丈夫だ……完全体になったセルは、悟飯が倒したから」
「悟飯が……!?」
 驚きの眼差しを悟飯に向ける彼女に、ヤムチャがまたも叫ぶ。
「そうだ、とんでもねえ強さだぞっ。お前が暴れたって全然ムダだ! 意味なしだ!」
 ……いや、もう少し近くで言おうよ、そういう挑発的な言葉はさあ。
 ピッコロは、
「クリリンに礼を言うんだな。セルから吐き出されたお前、懸命に庇った……」
 素直に言うが、クリリンは慌てながら言葉を付け加える。
「い、いや……何となく……。放っておけないし……」
 ほー、と目を瞬く
 その横で悟飯がハッと気付いて、大声で言う。
「わかった! クリリンさん18号をスキなんだ!!」
「ハッキリ言うな!」
 がつん、と悟飯の頭を殴るクリリン。
 ほーお、へーえ……なるほどねえ。
 そうかなーとは思っていたけれど。
 ニヤニヤ笑うに気付き、彼は胡乱気な表情をする。
ちゃんまでなんだよ……」
「別にー? 誰も、悟空と結婚した時に冷やかされた、仕返しをしようとは思ってないよー?」
 にこにこ。
 クリリンがぐっと詰まる。
 ヤムチャが信じられないと叫んだ。
「マジかよ!? 嘘だろ!!」
「……じ、人造人間だぞ」
 天津飯の理解をも超えているらしく、口々に驚愕を表す。
 別に人造人間ったって全身機械じゃないってんだし、いいと思うのだけれど。
 18号は鼻を鳴らし、背を向ける。
「ふざけるんじゃないよ。手でも握って欲しいのか、チビのオッサン」
 言うが早いか、彼女は神殿から飛んで行ってしまった。
 今まで近づかなかったヤムチャが、握り拳を作ってズカズカ歩いてくる。
「あのヤロ〜〜っ! なんだあの態度は!! ぶっとばされっぞ!!」
「お前には無理だ……」
 天津飯の冷静な突っ込みが入る。
 この2人、結構息があっているなと、今更ながらは思う。
「だ、大丈夫ですよクリリンさん! 友達だったら僕たちがいるじゃないですか!!」
 ガックリと肩を落として落ち込むクリリンに、悟飯が焦りつつ慰めの言葉を発するが、彼には傷口に塩のようなもので。
 は小さく呟いた。
「……悟飯。慰めになってないよ」


「そんな事よりドラゴンボールで、トランクスや、他の殺された者たちを生き返らせるのが先決だ」
 ピッコロの言葉にポポが頷き、7つの珠を持ってきた。
 輝くそれに、デンデが呪文を唱える。
「出でよ神龍、そして願いを叶えたまえ!」
 ドラゴンボールが一斉に光り、そこから龍が出てくる。
 地球版神龍は、初めて見たかも知れない
 神話に出てくる龍みたいだなーと、何となく思う。
 ヤムチャがひとつ目の願いを口にした。
「セルに殺された人たちを、生き返らせてあげて下さい!」
 容易い願いだ、と龍の目が光る。
 すぐ側で倒れていたトランクスが、起き上がった。
 何かを探っていたピッコロが、静かに息を吐く。
「……やはり悟空の気は感じられない。……ダメか」
 それを聞いたヤムチャが、神龍に願う。
「孫悟空は、なんとか生き返れませんか? どうしても生き返らせて欲しいのです」
 帰ってきた答えは――当然のように否。
 既に一度生き返っている悟空は、生き返る権限を与えられていない。
 幾つものため息が、その場に転がった。
 クリリンがぽん、と手を打つ。
「じゃ、じゃあさ! 悟空が死ぬ前にまで時間を戻せば!」
「それって……セルも一緒に戻ってきちゃうじゃない」
 の言葉にピッコロも頷く。
「元の木阿弥だな」
「じゃあどうすれば……」
 ガックリうな垂れる一同に、デンデが明るく声を上げる。
「だったら、誰かがボクの星に……第2のナメック星に行って、ポルンガに生き返らせるよう願えばいいんですよ!」
「あーー! そうか!!」
 ヤムチャが拳を握り締めて叫ぶ。
 ポルンガ――元祖神龍。
 あちらのドラゴンボールは、何度でも同じ人を生き返られられる。
「じゃあ、神龍に願って、誰かが向こうで頼んで――」
 悟空が生き返れる!
 希望に顔を明るくした者たちに、突然声がかかる。
 ――悟空だ。

『ちょっと待ってくれよみんなー!』
「お父さん?」
 目を丸くする悟飯。
 確かに悟空の声だ。
『あの世から喋ってんだけど、ちょっと聞いてくれ』
 界王の力を借りて、この場にいる皆に話しかける悟空。
 は泣かない自分に驚いていた。
 声を聞いたら、絶対に感情が溢れると思っていたのに。
 驚きながらも理解する。
 ――泣いてはいけないからだ、と。
 悟飯の前で泣かない。
 泣けないと、心がそう決めたからだ。
 悟空は、以前ブルマに、自分が悪い奴らを引き付けていると言われたと言う。
 考えてみると確かにその通りで、悟空がいない方が、地球は平和なのではないかと――その辺は界王も認めていると。
 義父の言葉も、悟空の言葉ももっともだが、納得はできない。
 けれど口には出さず、は言葉を呑みこんだ。
『別にさ、犠牲になろうってんじゃねえ。オラ、地球を救ったりしたから特別扱いで、体くっつけたままでいさせてくれんだってよ! しかも死んでっから、このままトシ食わないんだぜ!』
 あの世には過去の英雄や達人なんかもいて、結構楽しめそうだと明るい声で言う。
 界王も生き返れたのだが、悟空に付き合って残ってくれたと追記し――
『だからさ、や悟飯にはわりぃんだけど、生き返らせてくんなくていいや。悟飯は既にオラよりしっかりしてるしさ』
「そ、そんな事ないよお父さん……」
 空に向かって言う悟飯だが、悟空は考えを曲げない。
『……ま、そういうわけだ。いつかおめえ達が死んじまったら、また会おうな!』
 すぅ、と息を吸い、悟空は離別を口にした。
『バイバーイ!』
 は何も言わず、空を見上げる。
 息を吸い、吐く。
 胸のつかえは取れなかった。


 神龍への2つ目の願いを使って、クリリンが18号と17号の体の中に埋まっている爆破装置を取り除き、ドラゴンボールはまた散り散りになった。
 クリリンは結果として18号に好印象を与える事に成功し、ガックリから脱出した。
 やるべき事が終わり、天津飯もヤムチャが――それぞれに帰路につく。
 ピッコロは神殿に住むらしく残り、悟飯に、トランクスとクリリンは下へと飛んだ。
 カリン様に手を振り、そこからバラバラに分かれる。

 その翌日にはトランクスが未来へと帰り、全てが終わった。



物凄いハイスピードでした。トランクスが帰宅するトコ、マトモにかけず済みません。
2007・2・5