セルゲーム 9


 クリリンは18号を抱え、みなに近づいていく。
 泣き止んだ悟飯も、と一緒に歩いていった。
 ベジータがクリリンの抱えている18号を見て、刺々しい声で言う。
「その人造人間をどうするつもりだ。まだ生きているなら殺してしまえ!」
「そ、そんな……こいつはそれほど悪い奴じゃないんだ……」

 みなそれぞれ、帰ろう、という気になっていた。
 だが――。

「なっ、なんだ!?」
 突然背後から突風が吹く。
 足を踏ん張って振り向いた瞬間、濛々たる砂埃の中から洸線が走った。
 セルを倒したと気を抜いていたため、咄嗟の事に体が動かず――
「かはぁっ!」
 詰まった声をあげ、トランクスが後ろに吹っ飛んだ。
 背中を地面に叩きつける。
 戦闘ジャケットの胸に、大穴が開いていた。
 強力な気の力で貫かれた胸部は、周囲の細胞組織を焼き殺しており、血こそ流れていなかったが、確実に致命傷で。
 しん、と静まり返る。
「……くっくっく……当たったのは誰だ?」
 煙幕の中から、足が出る。
 体が、そして、姿が全て現れる。
「……トランクスに当たったか」
 意地の悪そうな笑みを浮かべて立っていたのは――死んだはずのセルだった。
 悟空は確実に死んでしまったのに、なぜこいつだけが。
 悪夢を見つめるような目で、ヤムチャが戦慄きながら呟く。
「な、なぜだ……なぜ、セルが……」
「いいだろう、教えてやる。この事はわたしにとっても嬉しい誤算だった……」
 セルは固まる悟飯やたちに、自分だけが生き返った事情を話して聞かせた。
 彼が言うには、頭の中に小さな塊があると。
 それがセルの核をなすもので、その塊が破壊されない限りには、彼の体は再生され続ける事ができると――。
 はセルを睨みつけながら言う。
「それで……自爆した時に、あんたの『核』とやらは破壊されなかった。だからこうして生きてるって?」
「そういう事だ。幸運にも傷ひとつつかなかった。わたしはそこから再生したのだ」
 ――なんてこと。
「正直言って、再生を計算していたわけじゃない……運がよかったのだ」
 しかも、18号を吐き出したにもかかわらず、体が完全体に戻っている。
 それに付け加え、こうして立っているだけでも悟飯と似通った力を感じるのは、間違いじゃないだろう。
 サイヤ人の特性である、生死の狭間から復活した時、大きく力が増すという――それが発動したに違いない。
「もうひとつ聞くけど。あんた、どうやって界王星からここへ戻ってきたの」
「いい質問だ、それにも答えてやる。力が上がったわたしは、孫悟空の瞬間移動すら学習できていた。つまり――より完璧になって戻ってくる事ができたのだ」
 最悪だ。
 誰もがそういう表情をしている。
「孫悟空は、わたしを倒すどころか、色々プレゼントしてしまったようだ」
「その口を閉じなさい」
 文句を言う事で殺されたかも知れないが、は言わずにいられなかった。
 セルは興味深そうにを見つめている。
「あんたがさっきここで自爆してたら、とっくに地球はなくなってた。……悟空を馬鹿にするなんて許さない」
「ほう……それは確かにその通りだな。しかし、わたしはこうして戻ってきてしまった。どうするつもりだ?」
 ぐっと唇を噛む。
 どう足掻いても、には敵わない。
 よしんばセルを連れてどこかへ飛べたとしても、今度は奴自身が瞬間移動で戻ってきてしまうだろう。
「お母さん、下がってください」
「悟飯」
 の前に進み出た悟飯が、ニヤリと笑う。
 カッと閃光が走り、気の風を起こした。
 笑んでいる悟飯をセルが睨む。
「……ん? 何がおかしい。気でも狂ったか?」
「僕の思い上がりで死なせてしまった、お父さんの仇が討てる事が嬉しいんだ。……キサマは是非この手で殺したいと思っていた……」
「フン、どうかな。今度はそう上手く行くとは思えんが」

 ヤムチャと天津飯が、トランクスの様子を見る。
 しかし彼らは、トランクスに手を伸ばそうとして動きを止めた。
 ――既に呼吸が停止していた。
 ベジータはその様子を見て彼の名を呟く。
「ト、トランクス……くっ……くそおーーーーーーっ!」
「べ、ベジータ! やめろっ!」
 クリリンの制止など気にもせず、彼は超化してセルに突っ込む。
 全力を込めて気を放ち、それはセルに直撃する。
 爆煙が舞い上がる。
 砂埃が治まらないうちに、彼は更に気弾を放ち始めた。
 幾つも幾つも気弾を撃ち込み、粉塵が一帯を覆い隠す。
 地面を抉る衝撃に大地が揺れる。
 数え切れないほどの気を撃ち放ち、ベジータは息を切らして手を止めた。
 ――その瞬間。
 爆煙の中からセルが無傷で現れ、ベジータを手刀で振り払った。
 酷く鈍い音がし、彼は吹っ飛んで地に転がる。
「ぐ、ぁあ……」
「邪魔だ……消えてろ、ベジータ」
 ひどく優雅な動きで構えを取る。
 セルは人差し指と中指に気を溜め、それをベジータに放つ。
 は、せめて威力をそげないかと、ベジータのと気弾の間に障壁を展開しようとし――腕に鈍い痛みが走って顔をしかめる。
 発しようとした異能力は発現せず、指先で弾け、自分を傷つけた。
 指の腹が薄く切れ、ぷくりと血玉が浮く。
「な――」
「うわあっ!!」
 悟飯の悲鳴。
 そちらを見ると、ベジータに折り重なるようにして、悟飯が倒れている。
 砂埃が治まった頃になって、やっと立ち上がった悟飯の左腕は、セルの気を受けてダラリと下がってしまっていた。
 焼け焦げ、裂傷を起こした傷。
 傷口から指先まで血が流れ、指先から地面に向かって、ぽたぽたと赤い雫を落としている。
 ベジータを庇い、彼は多大な手傷を負ってしまった。
 気がごっそり削げ落ちている。
 その惨状を見たクリリンが、歯を噛み締める。
「べ、ベジータの馬鹿やろう! トランクスならドラゴンボールで生き返れたんだ!!」
 言葉の上では勿論その通りだ。
 でもベジータは、トランクスを傷つけられた事に、我慢がならなかったのだと思う。
 同時に、自分の無力さにも腹が立ったのだろう。
 なにしろ彼は、『惑星ベジータの王子』なのだから。
 悟飯とベジータを見やり、セルは不敵な笑みを浮かべる。
「お遊びはもうせんぞ……すぐに終わらせてやる」
 正面に両手を出し――右脇で構える。
 低い音のバイブレーションと共に、セルの両手を、強烈な薄青の光が包み込んだ。
「地球ごと……消えてなくなれ!!」
「……!!」
 動かない悟飯。
 その間にも、どんどんセルの気は高まっていく。
 悟飯から少し離れた脇側で倒れていたベジータが、ゆっくり上半身だけを起こす。
「な……なんて事だ……。このオレがお荷物になるとは……。すまなかったな、悟飯……」
 あのベジータが、プライドの塊のような彼が、悟飯に謝るなんて。
 彼はどうしようもない事を理解している。
 セルを止められないのだと。
 気を高め続けているセルの気は、今や大地と大気を震わせていた。
「ふはははは!!! どうだっ! 既に地球どころか、太陽系全てが吹き飛ぶほどの気力が溜まっているぞ!」
 地響きが酷い。
 溜まりに溜まった気は、バチバチと電撃を放っている。
 ――せっかく悟空が護ってくれたのに、こんな事で終わらせていいはずがない。
「どうした孫悟飯! 最後の抵抗をみせてみろ!!」
「……やれよ。抵抗したって無駄なことぐらいは分かっている……」
 真っ直ぐセルを見据えたまま、悟飯は敗北を口にする。
「ふっふっふ、あっけない幕切れだ。つまらんな……では遠慮なく、全てを闇にしてやるか」
 更にセルの気が充実していく。
 完全に抵抗をやめた悟飯に、声がかかったのはその時だった。

『おいこら悟飯! 諦めるなんてねえだろ!』
「お……お父さん!? ま、まさか……どこ!!??」
 キョロキョロと周囲を見回すが、悟飯の目に悟空の姿は映らない。
 は悟飯の様子に気付いた。
 しかしテレパシーは伝わってこない。
 悟飯のみにチャンネルを合わせているからだ。
 悟空には――界王にも――分かっているのかも知れなかった。
 今、に声を聞かせれば、彼女が必死で保持している意地を砕いてしまうと。
『オラは今、あの世から界王さまに手伝ってもらって喋ってんだ。
 なあ悟飯。おめえもセルみてえに、思いっきりかめはめ波をぶちかましてやれ! そうすりゃ必ず勝てるさ、絶対だ!』
「だ、だけど……今の僕は片方の腕しか使えないし、気だってもう半分以下に!」
 傍目には独りごとを言っている悟飯に、セルが鼻を鳴らして笑う。
「ふん……恐怖のあまり独りごとか……」
 実際に悟空と会話しているなど、夢にも思わないセル。
 クリリンやピッコロなども不思議そうだが、はなにも言わず、ただ静かに見守る。
『でえじょぶだ、勝てる! 自分の力を信じろ。最後に見せてくれ、オラたちが作った力を』
「わ、分かりました……やれるだけの事は、やってみます……」
『頑張れ! このままやられたんじゃ、オラたちは犬死にだ。仇を討ってくれ!』
「……ごめんなさいお父さん。僕が調子に乗ってしまったせいで……お父さんを死なせてしまった」
 悟空は笑む。
 それが悟飯には見える気がした。
『気にすんなって! オラはこっちで界王さまとかと楽しくやっからよ。おめえは地球で楽しく生きるんだ。これからは、おめえがを……母ちゃんを護るんだぞ』
「――はいっ!」

 悟飯が気を入れる。
「やっとその気になったか……では、遠慮なく塵にしてやろう」
 かめはめ波の構えを取る悟飯の右手に、気が溢れる。
 立ち上る青い炎のような気は、悟飯の身体を取り巻いて集約した。
「だ、だめだ……やはり勝てない……! 悟飯の気の方が弱い!!」
 ピッコロの指摘どおり――明らかに悟飯の気の方が弱い。
 巨大な2つの気は更に激しく高まりを見せた。
「くたばれーーーーッ!」
 セルの咆哮と共に気が撃ち出される。
「だーーーーっ!」
 悟飯も青い光を放つ。
 中央でぶつかり合うかめはめ波が、地表を抉る。
 衝撃と風圧で、その場にいた者たちは軒並み吹き飛ばされた。
 離れた箇所から状況を見ると、悟飯とセルの気が押しあいをしている。
 セルはまだまだ余裕がある。しかし悟飯はかなり辛そうだ。
 巨大な気の球の真ん中ほどで衝突した気は、ぶつかっている部分の青色が濃くなっており、どちらが押し負けているかすぐに分かった。
 悟飯のかめはめ波は押され気味で、半分ほどだった境目が、どんどん後退していっている。
「あ、あのままじゃ……」
 クリリンが呟く。
 自分たちの力の及ばなさが悔やまれる。
 苦しみながらも耐えている悟飯を見て、ピッコロが飛んだ。
 セルの後ろに回りこむと、気を撃ち込む。
「鬱陶しいッ!」
 背中側から風にも似た気が飛ぶ。
 ピッコロは直撃を食らって吹っ飛んだ。
「……クリリン、トランクスを頼むぞ」
「え、ちょっと待てよ、天津飯にヤムチャ……まさかお前たち行くのか!?」
「ああ。ここでくさくさしていても始まらん。どうせ死ぬなら、やるだけやりたい」
 2人は笑み、ピッコロと同じようにセルの背後へ回る。
 同じように気を放ち、同じように吹っ飛ばされた。
「……ちゃん、18号たちを頼むな」
「私も――」
 私も行く、とクリリンに言おうとする。
 しかし彼は手でそれを制した。
「頼む。2人を見ててくれ」
「…………分かった」
 真摯な瞳には頷いた。
 ピッコロ、クリリン、天津飯にヤムチャの4人は、何度も攻撃を仕掛ける。
 その度に吹き飛ばされ――何度目かのセルからの気を受け、ついに立ち上がる事が難しくなった。
 いつの間にかベジータが、セルの上の方で気を溜めている。
「……私に今、できること……」
 はトランクスや18号を見つめ、それから悟飯を見やる。
 傷だらけの悟飯。
 必死に耐えている息子を、少しでも癒してやれれば。
 しかし触れなくてはいけない上、今、は異能力を使うのに時間がかかる。
「……できるできないじゃない。やるんだ」
 すぅ、と息を吸い――力を抜いて手の平に力を溜める。
 さほどの力など与えられまい。
 それでも、やらないよりはやった方がいい。
 ――悟飯の援けになるために、死ぬ気でやれ!
 極力自然な呼吸をしながら、体に異能力を溜め込む。
 粉雪のような緑色の光が溢れ、周囲で明滅を繰り返す。
 手や足はあちこち薄皮を切ったようになり、けれどもそれを気にかける事もない。
 先ほど切れた指の腹からは、小さな血の雫が零れている。
 雫は地に落ちる前に、透明な緑色の光になって浮かび上がった。

「――悟飯へ、力を」

 宣言のように謳う。
 周囲を取り巻いていた燐光が、攻撃のような勢いで悟飯に近づく。
 わっと悟飯に集まったそれらが彼を包み込み、身体に浸透する。
 悟飯は、いきなり入り込んできたそれに目を瞬く。
「……!? 力が……戻って……」
 その瞬間、ベジータの重たい気弾がセルの頭に鈍痛を与えた。
 キッとベジータを睨みつけるセル。
 ――隙が、できた。

「うああぁーーーーっ!!」

 悟飯が吼え猛る。
 半分以上負かされていた気を、一気に押し返す。
 青い爆炎と化したそれが、セルの気を巻き込んで彼を飲み込む。
 光の奔流の中でセルは叫ぶ。
 彼は叫んでいる自覚もないままに、自らの体が消滅していく事に気付いた。

 ――残ったのは抉れた大地。
 セルは今度こそ、核も何も残らずに消え去った。



あと1話でセル編終了です。
2007・1・23