セルゲーム 7


 悟飯が変わった。
 彼は怒りの眼差しというよりは、酷く冷めた目をしてセルから仙豆を奪い、それをトランクスに渡す。
 は唖然としながら悟飯の様子を見つめていたが、彼はに視線を送っても笑う事なく、すぐにセルに視線を戻す。
「へ、へへ……やったぞ……ざまあ見ろ、セル……」
 へろへろの状態のまま、悟空が呟く。
 トランクスが仙豆を悟空に渡した。
「サンキュー」
さんも」
「私は……」
 断ろうとするに、悟空が首を横に振る。
「食えって。自分で回復するのもいいけんど、おめえ、力を使う度に、またどっか切れてんぞ」
 ――バレてたか。
 先ほどから回復しても、新たに小さな傷が出来てきてしまっていた。
 はトランクスから渡された仙豆を食べる。
 すっかり回復して息を吐き、悟飯の状態を見守った。

 悟飯の強さは半端ではなく、セルジュニアたちを一撃で倒していった。
 セルはまだ自信顔だったが――ニヤついた笑顔はなりを潜めていた。
 今までとは違う、どこかしら余裕の余り感じられない笑いになっている事に、本人は気づいているのだろうか?

 セルジュニアたちを殲滅した悟飯は、ゆっくりと歩いてセルに近づく。
 正面で対峙した彼らから流れてくる緊張感は、いかんともしがたく、戻ってきたクリリンたちと一緒に、事の成り行きを静かに見守った。

「いい気になるなよ小僧。まさか、本気でこのわたしを倒せると思っているんじゃないだろうな」
 今や笑いなど、形だけになったセルが言う。
 悟飯は低い声で、あっさりと言い放った。
「倒せるさ」
「……ふん。大きくでたな。では見せてやるぞ、このセルの恐ろしい真のパワーを」
 悟飯の正面で、セルは気を入れ始める。
 今までよりも、もっと大きな膨らみを見せた。
 たちがいた場所は気に中てられて崩れ去り、仕方なく彼らから少し離れた地で闘いを見守る。
 爆風と粉塵とを周囲に撒き散らしながら、気を入れ終わったセルは、自信満々に笑んだ。
「どうだ……これが本気になったわたしだ」
「それがどうした」
 顔色さえ変えない悟飯に言葉を一蹴され、一瞬驚いたセルだったが、彼はもう口を開かず一気に攻撃を開始した。
 力を込めて悟飯の顔を殴りつけるが、しかし彼から反応はない。
 再度殴ろうと力を込めた手は、悟飯の腕で防がれ――そうしてセルは腹に一撃を見舞う。
 が――いや、この場にいる全ての人間が――始めて見る、セルの苦痛の表情。
「ぎっ!」
 力を乗せて手刀を斬り上げるが、悟飯はそれをするりと避ける。
 前傾姿勢からアッパーを入れた。
 やたら綺麗に入ったそれを受け、セルは後退した。
 なんとか倒れずには済んだようだが、ダメージのせいでかなりヨロヨロしている。
「バ、バカな……なぜこのわたしが……たった2発のパンチでこれ程のダメージを」

 は目を瞬かせ、悟空を見やる。
 悟空もを見た。
「おどれえたろ」
「……う、うん。でも、あれって……」
 視線を戻し、はそこから先の言葉を呑みこんだ。
 ――あれって、よくないね。
 目も眩むほどの怒りによって、今の悟飯の強さは成り立っている。
 元々超サイヤ人になるためには、理性を押し流すほどの怒りが必要なのだけれど、今の悟空や悟飯は、それをきちんとコントロールできているはずで。
 けれど今は――今の悟飯は怒りに呑まれている。
 は、彼の周りに、青白い炎が見える気がした。
 頭蓋に流し込まれた怒りは、悟飯を酷く冷静な――冷静すぎる人間に変えてしまっていた。
 セルに勝つには必要だと理解していても、やはり複雑な気分は拭えない。
 自分の大事な息子だが、急に変化してしまった違和感は、生半可なものではなかった。
 普段の悟飯は優しくて、闘いを厭っていたから尚更だ。

 セルは悟飯の力を認めたくないのか、がむしゃらに攻撃を始める。
 だが全ては防がれ、しかも攻撃を防ぎ続けていても、悟飯の体勢は全く崩れない。
 それどころか反撃に強烈な蹴りをくらい、セルは思いきり吹っ飛んだ。
 砂埃を立てて体を擦りながら転がり、やっと止まった所で力なく起ち上がった。
 セルの悟飯を見る目が、驚愕のあまりにこぼれ落ちそうだ。
 しかしセルはニタリと笑い、空高く舞い上がる。
 上がった位置から、下にいる悟飯に向けて――
「あ、あのやろう……!」
 悟空が、セルのやる事に気づいて目を見開く。
 両手に光が集約していく。
 かめはめ波を撃つ気だ。
「よ、よしやがれ! ジョーダンじゃねえぞ!!」
 クリリンの叫びはもっともだったが、それを止められるのは悟飯だけ。
 は悟飯を見つめ、彼がひどく落ち着いている――というより、今までと全く変わらない――のを見て確信する。
 悟飯は、セルの巨大なかめはめ波を弾き飛ばすだろう、と。
「波ーーーーーっ!!」
 セルの両手から、洸弾が打ち出された。
 高濃度の光の帯が地表に近づいてくる。
 悟飯の手が動いた。
「かめはめ……波−−−−−っ!!」
 放ったかめはめ波は、セルのそれの中央に真っ直ぐ突き刺さる。
 最初こそ小さく見えたそれは、あっという間にセルのものを飲み込んで巻き返す。
 セル自身を飲み込み、大気圏を突き抜けて消えた。
 満身創痍――というより、見た目にはもう戦えないほど、あちこちを失っているセルに、ニッと口端を上げる悟飯。
 ベジータが信じられないと呟いた。
「あ……あのチビ……セルの馬鹿でかいかめはめ波を、もっとでかいかめはめ波で……」
 ボロボロになったセル。
 今なら悟飯はわけなく勝てるはず。
 悟空が叫んだ。
「悟飯! なにしてんだ、すぐにトドメをさせ!」
「もうとどめを?」
 声が届いた悟飯は、悟空に視線を送るが、口角を上げて言う。
「まだ早いよお父さん! あんな奴はもっともっと苦しめてやらなきゃ!」
「な……なんだって……?」
 悟飯の口から出たとは思えないセリフに、悟空が驚く。
 ピッコロも信じられないといった表情だ。
「な、なに言ってるんだ、あ……あいつ……」
「……悟飯は怒りに呑まれてる。いつもの悟飯じゃないんだよ、やっぱり……」
 の切なそうな声。
 悟空が更に叫んだ。
「悟飯っ! セルにトドメをさせるのはおめえだけだ! これ以上あいつを追い詰めんなっ! なにをすっかわかんねえぞ!!」
 叫びは確実に耳に入っているはずなのに、悟飯は笑みを浮かべたまま動かない。
 嫌な予感が胸に充満していく。
 どんなに焦燥に駆られようとも、今のには見ているしかない。
 自分の無力さが、苦しかった。



そろそろセル編お終いです。…案外早いかな。
2006・12・22