セルゲーム 1 いつも通りの朝。 カーテンの隙間から、光の筋が差し込んでいる。 ピクニックにでも行くのならば、天気よくてよかったね、なんて言えるのだが、生憎と向かうのは死闘場だ。 晴れていようが雨だろうが、どちらにしろ良いわけがない。 隣で寝ていた悟空は、既に目を覚ましていたが、ベッドの上でを抱きしめたままだった。 「……朝、きちゃったね」 ぽつり、呟く。 返事の代わりにか、悟空は起き上がるとに覆いかぶさり、口唇を奪った。 触れるだけのものから、舌を滑り込ませて深いものへ。 抗うことなく、指を絡ませあいながら、は彼の舌を受け入れる。 「ん……悟空……」 「……愛してる……」 「私、も……だよ……」 互いを貪りながら、けれど、やってきたその日に背を向けたりはしない。 セルゲーム。 約束のその日がきた。 「おはようございます、お母さん、お父さん」 「おはよう悟飯。遅れてごめんね、すぐ食事作るから」 「オッス悟飯! 調子はどうだ?」 「多分普通です。緊張はしてますけど」 悟空と悟飯の会話を背中に、は朝食に取り掛かる。 リクエストはあるかと問えば、肉、と返事が返ってきた。 相変わらず朝から濃厚だが、今日やる事を考えると、エネルギーは摂っておいた方がいいだろう。 は大きな冷蔵庫からステーキを取り出し、フライパンで焼いていく。 もうひとつのコンロの方で、自分用のスクランブルエッグを作りながら。 「お母さん、手伝いましょうか?」 「うん、ありがとう。お皿出してくれるかな、卵入れちゃうから」 頼むと、悟飯はすぐに皿を持ってきた。 悟空も珍しく手伝い始める。 キャベツを千切って皿に盛り付け、そこへが、焼きあがったステーキをどんと乗せた。 肉にかまけて少しだけ焦げてしまった卵を、悟飯が丁寧に盛り付ける。 このラインナップだと、普通はスープを作るべきなのだろうが、の個人的願望により、汁物は味噌汁になった。 ついでに野菜炒めを作って、おわんに白米を盛り付け、朝食準備完了。 それぞれ席につき、食事を始めた。 いつもならば少しテレビをつけて、天気予報を見るぐらいの事はするのだが、今日はそれもしない。 つけても、間違いなく特番で潰れているだろうからだ。 セルゲーム当日。 どこの局も競い合うように、今までの場面の検証やらなにやらしているだろうし、見ていて気分のいいものではないから。 焦っても仕方がないと自分にいい含めながら食事を終え、洗いものを済まし、着替える。 は髪を後ろで括り、ズボンの紐を締めた。 着替えを済ませて玄関から面に出、外で待っていた悟空たちに笑みかけてから、は空を仰ぎ、誰にともなく言った。 「行ってきます」 神様の神殿に一旦向かい、そこでピッコロたちと合流する。 ベジータの姿がないが、彼は先に行っているとの事だった。 誰も、がこの場にいる事に対し、なにも言わない。 トランクスなどは心配そうに視線を向けてくるが、笑顔を返すと彼も笑んでくれた。 全員がに対して何を言うでもないのは、仲間と認めているからだったが、彼女にとって、それはとても嬉しい事だった。 デンデとポポに行ってきますをし、セルゲーム会場に飛ぶ。 途中でヤムチャと天津飯が合流した。 「ちゃん、あまり無茶するなよ?」 ヤムチャの言葉にクリリンが頷く。 「そうそう。悟空が怖いからなー」 「あははー、一応気にしておくよ」 軽く笑う。 軽口を叩いていないと、震えがきそうだからだろうか、クリリンやヤムチャは幾分、口数が多い。 は、悟空や悟飯がいるだけで、相当落ち着いていられるのだけれど。 「……着いたぞ」 ピッコロが静かに宣言する。 すぐ先に、セルゲームの会場が見えていた。 天下一武道会でいうところの、所謂、武舞台の脇に全員降り立つ。 中央にはセルが立っていた。 彼の姿を目の前で見たのは初めてだが、は体が縮こまりそうな自分を自覚していた。 ――なんて凶悪な気。 知らず、眉を潜める。 これが、悟空が不確定な悟飯の力に賭けなければならないほどの相手。 小さく息を吐き、気持ちを落ち着けた。 大丈夫だと言い聞かせて。 暫しの間セルと一同が睨み合っていると、その向こう側からひとりの男が近づいてきた。 は初対面な気がしたのだが、よくよく考えるとドラゴンレーダーを取りに行った際に見た事がある。 確か、ブルマとブリーフ博士に直してもらっていた人だ。 彼は16号という名前だそうな。 クリリンがカプセルコーポレーションに連れて行ってくれた事に対し、礼を述べにきたのだった。 悟空が「よろしくな」と握手を求めたが、彼は 「オレはお前を殺すために作られた」 握手拒否。 ……いい人そうなんだけどなあ。 そうこうしているうちに、セルがゲーム開始を告げた。 悟空が手首を動かし、セルを見る。 「さぁて、そんじゃオラからやらしてもらおうかな。いいだろベジータ」 「……フン、好きにしろ」 いきなり悟空からかと、トランクスやクリリンが驚くが、は恐らくこうなるだろうと感じてはいたので、なにも言わない。 ――が、ひとり、仲間ではない男性からクレームがきた。 自称世界一強い男、ミスター・サタンだ。 おつきのアナウンサーらしき人が、脇から叫ぶ。 「か、勝手に順番を決めないで下さいッ! 大体、あなたたち、このゲームに本気で参加するつもりなんですか!」 「そうだけど?」 けろりと悟空が答える。 アナウンサーが吼えた。 「君たちはなにもわかっちゃいない! これは遊びじゃないんだよ!!」 ……。 仲間はみな目を丸くし、唖然としている。 セルは特に文句を言うでもなく、ただじっと状況を見つめているだけだ。 ミスター・サタンはぎゃーすか騒いでいたが、と目があうと、いきなりウィンクした。 「………うわ」 、思わず悟空の後ろに隠れる。 「フフフ、可愛らしいお嬢さん。そう怖がらなくても、セルの奴はわたしがギタギタに! そのあかつきには、愛らしい口唇でキッスを!!」 「うぅ〜、悟空〜」 情けない声を上げるの頭を、悟空は軽く撫でてやった。 死闘前の状況ではない。 そんな事にはお構いなく、ミスター・サタンは高らかに叫ぶ。 は内心、どっかい行ってくれと本気で思った。 「わたしが一番手だ! いいな!」 クリリンが呆れたようなため息をつく。 「いいから悟空、やらせてやれよ」 「で、でもさあ、そういうわけにはいかねえだろ……」 一応忠告した方がいいと、悟空はサタンに呼びかける。 「おめえ止めとけ! 殺されっぞ!」 サタンとアナウンサーは肩をすくめた。 テレビカメラに向かって、アナウンサーが文句を言う。 「全世界の皆さん、お聞きになりましたでしょうか。今あの男――」 カメラが悟空を捉える。 「あの男は、なんとミスター・サタンに『おめえ止めとけ、殺されっぞ』などと言い放ちました! なんという、なんという無知な男なのでしょう! サタンの強さを知らない人間がまだこの世にいたとは信じられません!!」 は苦笑いを浮かべ、指でさし示しながら悟空にいう。 「……ああいう常識で量る人たちって凄く幸せな気がする」 「そ、そうだな」 彼もまた、乾いた笑いを転がした。 ミスター・サタンがリングに上がると同時に、またも騒がしい音が耳に入ってきた。 上を見ると、総ピンク色で仕上げられ、文字がペイントされている飛空挺から、3人の人物が飛んで――いや、下りてくる。 クリリンが下りてきた者たちをみながら、 「ま、また変なのが増えちまった……」 額に手を当てた。 肩下までの金髪で、少々タレ目の男性、非常に肉付きのいい(体つきがいいともいう)男性、そして橙色の髪をした女性の計3人。 女性はサタンのマネージャーのようで、大声でカメラに紹介している内容を聞くと、他2人の男性はサタンの弟子だそうな。 ……いや、サタンの弟子じゃダメでしょ。 内心突っ込みを入れるが、彼らは勝手に戦いを始めてしまった。 最初に出てきたのは金髪の男性、格好がついているのかついていないのか分からないポージングは、どこぞの特選隊を思い出させる。 自己紹介によると、彼の名はカロニー。 自称、世界一の美形。 は思わず悟空の顔を見た。 「ん? なんだ、」 「……ええっと、なんでもない」 カロニーが世界一の美形? もしかして、私の美的感覚は世間一般さまからズレてるのか!? カロニーと悟空を比べると、どう見ても悟空の方がカッコイイ。 贔屓目じゃないと思うんだけども。 ともあれ、彼は攻撃を仕掛け、空高く飛び上がった。 ほんの一瞬、セルから気が放たれる。 カロニーはどこまでも飛んで行ってしまう。 「お母さん、あの人大丈夫でしょうか?」 「……ええと、だめかも」 放っておけば地面に激突してしまう。 は仕方なくカロニーが落ちてくる前に、空中で手を引っ張って緩やかに地面に下ろしてやった。 次にリングに乗ったのは、剛力のピロシキ。 彼は被っていた兜を力で持って丸め、呑みこんだ。 パフォーマンスはともかく、手をぐるぐる回してセルに突っ込む。 ――しかし。 セルの気の壁に阻まれ、先へ全く進めなくなり――結局押し飛ばされた。 ゴロゴロと転がり、リングから転げ落ちる。 もっとも、落ちる前に降参していたが。 「……仕方がない奴らだ。やはりわたしが出るしかないようだな」 サタンがリングに上がった。 ……いい加減にして下さい、ほんと。 ざくーっとセルゲームを始めました。微妙にアニメ版入り。 2006・11・28 戻 |