セルゲームまで 3


 巨大な渓谷にやってきた。
 あちこち見て知ったつもりだったが、自分の世界はまだまだ狭いらしいと再認識する
 地図上で渓谷があると理解していても、実際に見るとそれは凄いもので。
「……なんか、海外旅行の気分」
「なにがだ?」
「向こうの世界にいた頃は、こういうのはお金を出して見に行くもんだと思ってたから」
「へぇー」
 雑談をしながら、けれどしっかり目的物に近づいていく。
 濃淡の茶色を駆使している渓谷の世界。
 ほとんど緑はなく、今いる場所から下はまだ、深い暗闇が続いている。
 物凄い裂け目だ。
「これ、一番下にまで落ちてたら、ちょっと困るね」
「そうだなあ。どっかに引っかかっててくれりゃあ……お!」
 なんとも都合のいい事に、岩棚にドラゴンボールが上手い具合に引っかかっていた。
 ほんの少しだけあった緑が、防波堤の役割をしてくれたのかも知れない。
「順調順調!」
「じゃあ次の所へ――」
「その前にさ、どっかでメシ食わねえか? オラ腹減っちまっただ」
 ぐぎゅるるる〜と凄い音を立てる悟空のお腹に釣られ、も可愛らしく音を立てる。
 慌ててお腹を隠した。
 ちょっと顔が赤くなる。
「……聞こえた?」
「ははっ、も腹減ったんだな」
 うぅーと唸りながら悟空を小突く。
 とりあえず人の気配の多い場所に向かって飛んだ。


「ぷはぁ〜、食った食った」
 レストランから出て満足げに言う悟空とは逆に、は財布の中身を確認していた。
 ……ああ、家計が痛い。
 たまには人様の作った食事もいいが、悟空のお腹具合にあわせていると、たまらなく出費が……。
 はふ、と息を吐く
 悟空は気付かずレーダーを見る。
「次で三つ目だな」
「……うん、行こう」
 気取られぬようにため息をこぼし、は悟空と一緒に飛び立つ。


「凄い標高の高いところにあるねー」
 天を突く高い岩山の、その先端。
 足のすぐ下には雲が渦巻いているその場所に、ドラゴンボールは鎮座していた。
 誰かが置いたかのような正確さで乗っかっている珠を手に取り、悟空は上着のポケットにしまう。
 落とさないで頂戴よ?
「高いから少し冷えるね」
「そうだなあ。早いとこ次を……うん?」
 悟空がレーダーを見て首を傾げる。
 も横から覗き込んでみると、
「表示が2になってて……しかも動いてるね」
 2つの珠がどこかに向かって移動していた。
 という事は、
「誰かが持ってるんだ」
 少しばかり厄介な事になった。
 2つを偶然に持っているという事も有り得るが、可能性としては低かろう。
 意図的に探して見つけているとなると、その『誰かさん』たちに了解していただいて、貰うしかない。
「とにかく、行ってみよう?」
「だな」
 レーダーを確認しながら飛ぶ。
 人が持っているとなると、地上から近い方がいいので、高度を下げて進んだ。
 速度を上げて進んでいると、ドラゴンボール反応が止まった。
「この辺だなあ」
「見たところ、民家なんかはないみたいだけど……」
 どんどん表示に近づいていく。
 真上まできてから表示を小さくしてみると、かなり近い場所にある。
 周囲は森。
 見える道はひとつ。
 動物の類が持ってきたのでなければ、道の先にあるはずだ。
 悟空とは道に沿って歩いていく。
 暫く歩くと、それは正面にそびえるようにして建っていた。
 無機質な灰色の壁に、灰色の入口。
 正面扉は左右に開くタイプのようで、その上には赤色灯がある。
「なんか……一見すると工場みたいではあるね」
 悟空がごそごそとポケットから珠を出すと、それは明滅を繰り返していた。
 近い証拠だ。
 ならばレーダーと照らし合わせて、やはりこの中なのだろう。
「インターフォンとかないかな?」
 ないだろうなーと悩んでいると、悟空がとんでもない事を言い出す。
「なあ、これぶっ壊しちゃダメか?」
「ダメだって!」
 思わず突っ込み。
 他の方法で行きましょう、と考えているといきなり扉が開いた。
 少しの間待ってみたが、誰かが出てくる気配もない。
 悟空とは顔を見合わせる。
「……待っててもしょうがねえな。行くか」
「うぅーん……そうだね」
「ごめん下さーい。勝手にへえりますよー」
「失礼しますー」
 一応の礼儀として叫んでみる。
 中は一本道。
 薄暗く、窓も部屋も見える範疇にはひとつもなく、通路があるのみ。
 なにか策略染みたものを感じながら、とにかく進んでいく。
「こういうのって、なんか仕掛けがあったりしない?」
「でもここ、一応ヒトんちだろ?」
 そうだよねえ、と納得した。
 その瞬間に壁にびっしりと矢が!
 空気を切り裂く音を立て、鉄の矢が飛んできた。
 わ、と声を上げる間もなく、は悟空と自分の周りに障壁を張る。
 たちを狙った全ての矢は、障壁に阻まれて床に落ちた。
 飛んでこなくなったのを確認し、防御を解く。
 コンクリートの壁が穴だらけ。
「ありゃ……壊しちまったかな?」
「いや、これは壊していいと思う……っていうか敵意丸出しだね、ここの人」
 うーんと悩むとは対照的に、先に進もうとする悟空。
 まあ、悩むのは後でいいかと割り切って、も悟空に付いていく。
 基本的に一本道だったため、迷う事はなかった。

 一応気をつけながらも(壁から矢が飛んできたぐらいでは、怪我などしないが)進んでいくと、壁に切れ目の入った箇所を見つけた。
 ――ここって開くのかな?
 思いながらも通り抜けようとした際、突然そこが開いた。
 やはり扉だった。
 悟空の方は、気付かず進んで行ってしまったため、が慌てて引っ張る。
「悟空、こっちこっち」
「ん? あれ、いきなり部屋が出てきたなあ」
「扉が閉まってただけだってば」
 てほてほと中に入ると、偉そうに座っている小さな男性、そして部下らしき者が3人。
 うちのひとりは、なんだかとても偉そうというか……どこかで見た事があるような?
 どこでだっけ。
 ええと、ええと……。
 思い出しかかっているの耳に、悟空の声が入ってくる。
「うっわー、おめえ桃白々じゃねえか!?」
「……うむ?」
「おめえわりぃ奴だったけど、ひっさしぶりだなぁ……」
 もあっと思い出す。
 確か、天下一武道会で見た顔だ。
 彼は非常に顔色が悪くなった。
 それに気付かないボスは、高らかに笑う。
「はっはっは! ドラゴンボールを置いてすぐに出て行け。でなければ、とっても痛い目に合うぞ」
「そこにあるのは分かってるんだぞ!」
 細身の部下が、悟空の上着のポケットに手を突っ込む。
 あっと思った瞬間、
「なにすんだよ!」
 悟空は男の手を振り払っていた。
 部下はそのまま壁に背中を打ちつけ、ずるずると床に落ちる。
「わ、わりぃわりぃ! つい……」
 それでもまだ、風圧だけで吹っ飛んでくれたから、致命傷でなくてよかった。
 すると今度は、怒ったガタイのいい部下が銃を撃つ。
 だうん、と激しい音を立てて撃ち出された弾丸。
 悟空はそれを軽く手で掴み、床にぽとりと落とした。
「ぎょえええー!! な、なんだアイツ、化けもんだ!!」
「失礼な。化物なんかじゃないわよ!」
 思わず反論する
 ボスらしき男は悲鳴を上げながら、テーブルに設置されていたなにかを押した。
 机を中心にバリアが張られる。
 悟空に飛ばされた細身の部下も、慌ててバリアの中に滑り込んだ。
「ふふふ、これがなんだか分かるか。バリアーだ! これでキサマは手出しでき……」
 
 ぱりん。
 ぱりぱりぱり。

 悟空が指を突っ込むと、ボス曰く『凄いバリア』が、悲しい音を立てて崩れて落ちた。
 ……う、うーん、ちょっと哀れ?
「せぇぇっ、先生! 今こそ先生のお力を!!」
「う、ウム」
 先ほどより更に、顔色が悪くなっている気がする『先生』。
 彼はゆるりと悟空の前に立つと、手首をぐるりと回した。
 武器でも出てくるのかと思ったが、出てきたのは――
「うっわぁ、知恵の輪じゃない!? 懐かしい〜!」
 そう、知恵の輪だった。
 桃白々は悟空に、それを明日の朝までに解けばドラゴンボールを全て渡し、もし解けなければこちらの持っているボールを全て貰うと言った。
 それに納得する悟空。
 と悟空、ガタイのいい部下だけを残し、他は皆退出しようとした。
 その折、
「孫悟空くん、考え込むと暑くなる。上着を預かっておいてあげよう」
 とか何とか言い出した桃白々を、が止めた。
 ニッコリ微笑みかけ、上着を奪い取る。
「私がちゃんと持ってますから、ご心配なく」
 ボスたちは物凄く慌てていたが、結局渋々外に出て行く。
 悟空はというと、既に知恵の輪にとりかかっていた。
 ……多分、上着を脱がせてボールを持って行こうという罠のために、知恵の輪なんて出してきたんだろうけどなあ。

「うーん……ここをこうして……ダメだ」
 一生懸命、知恵の輪に取り組んでいる悟空。
 はそれを横から見ながら、なんとも懐かしい気分になっていた。
 頭脳労働は苦手な悟空は、当然のように苦戦している。
「……教えようか」
「解き方知ってんのけ?」
「小学校の時、由依――友達が持ってきて、一緒にやってた。だから解けるけど」
 どうするかと聞く前に、でも、と悟空の方が真剣に言う。
「教えてもらったらズルだもんな。うん、オラやっぱり自分でやる!」
 ……やはり。
 騙されている事に気付いているのかいないのか、とにかく彼は真っ直ぐだ。


 結局、明け方前に知恵の輪を解き終わり、ドラゴンボール2つを手に入れた。
 現在までで計5個。
 残りの2つもこれ以上ないほどに順調に見つかり、その日の昼過ぎには7つ全てが揃った。



2006・11・21

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