――セルゲームまで、あと7日。


セルゲームまで 1



 必要な物を揃えつつカメハウスに向かおうと、悟空の運転で出かけたはいいが。
「うーん。どこも店もみんな休みだなぁ」
 ハンドルを握りながら悟空が呟く。
 も道なりに店を探してみるが、開いている気配がある店はない。
 これではカメハウスへ、土産を買っていけなさそうだ。
 パオズ山の付近ですらこれなのだから、都市部では相当な混乱具合だろう。
 ゴーストタウン化した村や、町も多いと聞くし。
「しょうがないよ。あと何日かで死んじゃうかも、って時だもん。かなり肝が据わってないと、堂々と仕事なんて、できないんじゃないかなぁ」
 シートベルトとイスに体を挟まれたまま、は窓の外を見やる。
 この周辺では、車で、大慌てで出て行く人は少ない。
 出て行こうとするのは割合若い人たちで、老人たちは堂々と座り込んでいる。
 さすがに年季が違うからだろう。
「お母さん、あの人たちどこいくんでしょう?」
 悟飯に示され、顔をそちらに向けると、物凄い荷物を背負って山の方へ走っていく、カップルらしき者たちが見えた。
 随分と山なれしていない様子で、は思わず悟空に車を止めさせた。
 窓を開けて声をかける。
「あなたたち、どこ行くのー?」
 女性の方が答える。
「山に隠れるのよ!」
「セルから身を護るんだ! あんたたちも車なんて乗ってないで、さっさと隠れた方がいい!」
 言うが早いか、すぐさままた足を進める。
 はため息をつき、窓を閉めて車を出してもらった。
 悟空が前を向いたまま口を開く。
「こう言っちゃなんだけどさ、セルがその気になったら、いくら隠れてもムダだって分かんねえのかな?」
「普通の人たちは気なんて分からないし、隠れればそれだけ、生存確率が上がると思ってるんだよ」
 それこそ、岩山の奥に隠れようとする人々もいるそうだが、それでセルから逃れられるとは思わない。
 しかし、たいていの人々は、自分を護るために、必死にそうした行動を取る。
 誰かが助けてくれる日を、ずっと待ち続ける。
 ただ脅威が立ち去る日を、ずっと待っている。
 非難する気は全くない。
 とて、もし悟空と出会っていなければ、恐らくそうした行動をしていただろうからだ。
 もっとも、彼に出会わなければ、こちらにはいなかっただろうけれど。

『突然ですが臨時ニュースをお伝えします』
「お、働いててる奴がいたぞ」
 ラジオから流れてきた声に、悟空が笑った。
「そりゃあ、アナウンサーだもん。……まだそこまでひっ迫してないってことかな?」
 けれど、ラジオから流れるアナウンサーの声は緊張していて、嫌な予感がした。
『セルと名乗る怪物を倒すべく、28KSの5地点に向かった王立防衛軍の攻撃が、間もなく始まる模様です』
「な……バ、バカ!! なに考えてんだ!! ムダに殺されるだけだってわかんねえのか!!」
 ラジオに向かって叫ぶ悟空。
 車を路肩に止めてラジオの音を大きくした。
「今から止めに……行ってもダメだよね」
 は絶望的な気分で呟いた。
 ラジオからは爆撃音が轟き始める。
 やめてくれと願うが、それが届くことはないと分かっている。
 王国防衛軍の者たちは、セルが爆撃や銃撃で倒せると本気で思っているのだ。
 人は撃たれれば致命傷を負うが、それは人の枠組みから外れてない世界の話であって、セルや、悟空のような、人からはみ出した強さを持つ者には、意味がない。
 ――それに気付かないのだ、気を理解できない者たちは。
『物凄い一斉攻撃が始まりました。この轟音をお聞き下さい! 凄まじい攻撃です。まだ、まだ続いています! これほどまでの攻撃をまともに受けては、とっくに肉片すら残っていないでしょう!』
「逃げろ……早く……っ」
 拳を握る悟空。
 俯くの肩に、悟飯が優しく触れた。
 轟音ばかりが続き、そうして攻撃の音が止まった。
 ノイズ交じりの音声だけが流れ、
『し、信じられません!! 生きています!! セ、セルは何事もなかったかのように……』
 ――爆音。
 そして、ブツンとなにかが切れるような音。
 それから先は、ノイズだけになった。
 取材していたクルーたち全てが、セルの攻撃により、一瞬でその場からいなくなってしまったのだろう。
「……ち、ちくしょう……」
 悟空は息を吐いて気を静めると、車から降りた。
「悟空?」
「悪ぃけど、2人で先に行ってくれっか。オラ、ちっとピッコロに用事があるんだ」
 言うが早いか、彼は瞬間移動でその場から消える。
 ピッコロに用事ってなんだろう?
「……えっと。じゃあとりあえず、行こうか」
「はい」
 しーん。
 悟飯が首を傾げる。
「あの、それはいいですけど、お母さんって車の運転、できましたっけ?」
「……………できないね」
 あははーと笑い、2人で車から降りる。
 車をカプセルに戻してケースの中へしまった。
 今度、時間がある時に免許を取りに行こうと思いつつ。
「それじゃあ、飛んで行こ。……あ、そうだ。しょうがないから、パオズ山で買い物してこう。確か開いてたはずだから」
「はい」


 パオズ山の山村で、食料と土産を買い込んでいたと悟飯は、店の奥がいつもより騒がしい事に気付いた。
「誰かいらしてるんですか?」
 が馴染みの店主に問うと、女性は頬を緩ませた。
「ええ。都にいた息子夫婦が、マゴを連れて帰ってきたんですよ。こんな状態だからねぇ……素直に喜べないけども」
「そうなんですか……」
 女性は深い息を吐くと、が購入した食材を大きな葉で包んだ。
「セルってのを倒すために、ミスター・サタンが動いてるっていうけど。あたしは、あの人はあんまりねえ……」
「ミスター……サタン?」
 誰? と頭の上に疑問符を浮かべていると、悟飯がそれに答えた。
「確か、格闘技の世界チャンピオンだって、近年有名人の欄に載ってました」
「……格闘技の世界チャンピオン〜?」
 物凄く呆れたような顔をするに、女性が苦笑する。
「確かに世界チャンピオンかも知れないけどね。それであの化物が止まるとは、とても思えないのよねえ……。はい、おつり32ゼニーだよ」
 おつりを受け取り、荷物を抱えた。
「ミスター・サタンより、おたくの旦那さんの方が強そうだしねえ」
 はぁ、とため息混じりに送り出され、2人は店の外へ出る。
 家に向かって飛びながら、は大きく息を吸い込んで、吐いた。
 青空は凄く綺麗なのに、その下にはセルがいる。
「ねえ悟飯。がんばろうね」
「はい」
 彼は、笑顔で答えてくれた。
 今はそれが救い。



世界が破滅するかも知れない時に、普通に生活できるのは凄い事だろうなあ……。
2006・11・10