余裕のひみつ



 湖の側にシートを敷き、重箱に入った弁当などを並べてゆく。
 涼しい風が頬を撫でてゆき、お腹がいっぱいになったら眠くなりそうな環境だ。
 ……こんなんでいいんだろうか。
ー、腹減ったぞー」
「あ、はいはい。用意できたから食べよ」
 悟空と悟飯も、と同様シートに座る。
「そんじゃ、いただきます!」
「いただきます」
「はい、どうぞ」
 手を合わせて一礼し、がつがつと物凄い勢いで重箱の中身を食べつくしていく。
「んー、うめぇ!」
 骨付き肉を片手に、おにぎりをバクバク食べる悟空。
 悟飯もそれに劣らぬ勢いで食事をしている。
「精神と時の部屋じゃ、主に保存食を無理矢理に調理してる感じだったしね……」
 もおにぎりを口に運ぶ。
 うん。おいしい。
「ねえ悟空。今日は休み?」
「ん? ああ。3日休んで3日修行して、そんでまた3日休んで、武道大会に出ようと思ってる」
「だ、大丈夫なの? それで……」
 下界で修行すると言ったから、大会当日まで、ずっと修行しているものだと思っていたは、悟空の言葉に少なからず驚いた。
「まあ心配すんなって」
「心配するよ……」
 あむ、と大きく口を開けてロールキャベツを咀嚼。
「いいから、あんま考えすぎんなって。どうにかなるさ」
 ……なるかなぁ。


 なんやかんやと結局遊んで楽しんでしまった孫家の面々は、夕方になって戻ってきた。
 夕食を済ませ、悟飯は疲れているのか早々と眠りに落ち、リビングに残ったのはと悟空のみ。
 動こうとしない彼に、はお茶を出す。
「はい」
「サンキュー」
 は悟空の向かいに座り、カップの中の薄色をした紅茶を見つめた。
 かり、とスプーンで底をかき混ぜる。
 静かな家の中では、の小さなため息も、大きく聞こえた。
「どうしたんだ?」
「……ううん、別になんでもないよ」
「なんでもねえって顔じゃねえけどな」
 こくんと液体を飲み、悟空のノドが動く。
 超サイヤ人の状態で強度のないもの――たとえばグラスとかカップとか――を持つのは非常に難しいらしく、今日だけでいくつ陶器類を割ったか分からない。
 それでもこうして、1日で持つものを持てるようになっているのだから凄い。
 あんまり割られると、家計簿が大打撃を受けるので、止めて欲しいが。
 は無意味にカップの中身をかき混ぜ、中に入った紅茶がたわむ様子を見つめる。
「……うん。なんでもない訳じゃない。私、悟空がなにを考えてるのか、分からなくて」
 もちろん、夫であれ息子であれ自分ではないから、考えが分からないことは当然とも言える。
 人の全てを熟知することなど、それこそ仙人や神にだってできるとは思わない。
 ただ、なんとなくだが――悟空の行動が、を不安にさせている。
「界王星のときも、ナメック星のときも、ギリギリまで修行してたでしょ? だからこう……時間があるのって、凄く違和感があるんだよ、きっと。だから色々考えちゃうんだと思うんだけど」
 人造人間たちを迎え撃つための修行の時だって、確かに間に休憩を入れたり休みを入れたりしたけれど、結局最後の方まできっちり修行していたし。
 小さく息を吐くに、悟空は真剣な表情で言う。
。これだけは覚えといてくれ。もし――もしオラの考えが的外れだったら、セルに勝てる奴は誰もいなくなる」
 絶望的なことを口にされ、は思わず彼の顔を見る。
 嘘をついたりしない人だ。
 これも嘘なんかじゃない。
「で、でも……でも、的外れじゃないかも……。それに悟空が闘うんでしょ?」
「うーん。おめえに詳しく言うと怒られそうだし、泣かれるかもしんねえし……」
 ――語るに落ちている気がする。
 悪いがそんなに鈍くない。
 詳しく言わなくたって、ちょっとした片鱗ぐらいは掴めてしまう。
 はまっすぐに彼を見つめた。
「ねえ悟空。もしかして――その、『考え』って、もしかして……悟飯を闘わせるってこと?」
「い!!?? な、なんでだ?」
 驚く彼に、は苦笑した。
 語るに落ちたことに気付いてなかったか、やっぱり。
「悟空、さっき私に詳しく言うと怒られそうだし、泣かれそうって言ったでしょ」
「言ったけどさ」
「私が怒ったり泣いたりするのって、悟空か、悟飯のことぐらいしか思い浮かばないもん」
 ついでに、悟空が闘うかという言葉に対して、彼は答えを濁している。
 凄く分かりやすい。
「どうしてあの子なの?」
「――悟飯には言うなよ」
 言い、彼は悟飯に対しての考えを述べた。

 精神と時の部屋で、極限まで訓練し続けた悟飯は、倒れる寸前に物凄い気を発したのだという。
 その時は眠っていたため、様子を見ていない。
 だが、悟空が肌をあわ立たせるぐらいに、強い気だったという。
 自分より遥かに強い。
 現状でセルに敵うのは、悟飯以外にいないと――悟空は結論付けたのだ。

「もしかしたら、悟飯を戦わせずにすむかも知んねえ。オラやベジータや……仲間の誰かが勝てればそれでいいさ。でも――」
 もし、誰にも敵わないとしたら。
 は両の指をあわせ、ため息をつく。
「誰も敵わないとなったら、その不確定な潜在能力を持つ、悟飯に賭けるしかない……」
 悟空とて、他の方法があるならば、悟飯を出したりしないだろう。
 それが分かっているだけに、文句も、代案も出てこない。
 はテーブルに肘をつき、手に額を乗せて顔を伏せる。
 ――これまでとは状況が違う。
 今までは、悟空が助けることが出来る状況だった。
 でも、今度は違う。
 悟飯独りが闘わなくてはいけない状態に、なるかも知れない。
 無論、セルを野放しにしておけば、地球に人が1人としていなくなる事態が来るかも。
 そんなことはできない。
 できないけれど、母親としての理性は、悟空を止めるべきだと必死で言っている。
 けれど悟空の妻としては――彼が正しいことを言っていると、思ってもいる。
 自己矛盾で吐き気がしてきそうだ。
 俯いてしまったに、悟空が呟く。
……ごめん」
「――大丈夫。悟空だって、むざむざ悟飯を見殺しにしたりなんてしないでしょ。大事な息子なんだから」
「……ああ」
「言ってくれて、ありがとう」

 ――その夜、は悟空と抱き合って眠った。
 家族も仲間も1人として失いませんようにと、祈りながら。



ヒロインにだけネタバレの悟空さ。
2006・11・7