部屋から出て


 肉をミディアムに焼けるようになった悟飯。
 悟空と悟飯は常に超サイヤ人化することで、変化した際の興奮状態、身体的負担を軽くする方法を取っている。
 そうして延々と修行し出して何ヶ月か。
 そろそろ出ようと言い出したのは、悟空だった。

「え、でもまだ時間ありますよ、お父さん」
 驚いたように言う悟飯。
 もかなり驚いた。
 だって、セルと闘うのに目いっぱい修行しないなんて。
 それで敵う相手なんだろうか?
 自身はセルに会ったことはないけれど、彼のとんでもない気は、この部屋に入る前に感じ取っていた。
 不安になり、も思わず聞いてしまう。
「だ、大丈夫なの? もう少し色々やった方がいいんじゃ……」
 しかし悟空は笑った。
「いいからいいから。それに、セルはもうベジータたちが倒しちまってるかも知んねえだろ?」
 そうかなぁと眉根を寄せるの腕を引き、悟空は笑む。
「ほらほら。いいから、表出っぞ。悟飯もいいな?」
「え、あ……はい」
 ある種有無を言わさぬ勢いの悟空に、悟飯とは顔を見合わせた。


 扉を開けると、体にかかっている負荷が一瞬にしてなくなり、自分は今まで確かに負担のある場所にいたのだと感じた。
 大きく息を吸い、吐く。
 空気が少し冷えている気がするのは、おそらく精神と時の部屋内部の空気が蒸していたからだろう。
 中にいる時はそれほど気にならなかったが、こうして表に出てみるとよく分かる。
 それにしても。
 やっぱり物凄く凶悪な気がある。
 セルのものだろうが……丸1日経っていないはずなのに、部屋に入る前とは随分と気の大きさが違う。
、なにボーっとしてんだ?」
 悟空に声をかけられ、
「あ、うん……。ねえ悟空、これってセルの気?」
 は彼の後に続きながら話す。
 悟空はあっさり頷いた。
「だろうな。それに、なんでかベジータとトランクスの気もあるし」
 あんなに意気込んで出て行ったのに、倒さなかったのだろうか。
 それとも倒せなかったか――または、不慮の事態が起きたとか。

 神殿を出ると、その場にいた者たちがいっせいにたちの方を見た。
 悟空が呟く。
「やっぱしベジータもトランクスもいる……。どうなってんだ?」
 悟空の呟きに答える者はない。
 皆、驚いたように固まっている。
「なにがあったのか教えてくれ」
 一番近場にいたトランクスに聞くと――つまり、セルは既に完全体とやらになっており、物凄い強さで、ベジータとトランクスをものともしなかったと。
 完全体になるのに、ベジータが一役買ってしまったことに、は呆れた。
 サイヤ人の基本思考もあるだろうが、彼の場合は純粋にプライドが絡んでいる。
 そしてそのセルは、勝手に天下一武道会に似せたゲーム、『セルゲーム』とやらを開催すると、わざわざテレビで放送し、それが9日後に迫っているという。

 聞き終わった悟空は小さく笑んだ。
「武道大会か……面白ぇこと考えやがったな」
「お、面白いだと?」
 ピッコロがぴくりと耳を動かす。
 確かに、悟空にしてみれば面白い事柄なのかも知れないが、そう堂々と言えるのも凄いと、は思う。
 なんにせよ、闘う力のない一般国民からしてみれば、セルの存在も、武道大会なんていうものも、ただ命を縮めるものでしかないだろうけれど。
 今のセルの気を目の前にすれば、自分も一般人も同様だと、は息をついた。
 悟空はミスター・ポポに道着を頼んで着替え、悟飯はピッコロに新しい服――彼と同じデザインのもの――をもらった。
 は残念ながら着替えがないため、家に帰らないとボロボロの格好のままだ。
「で、どうなんだ。完全体になったあいつを倒す自信はあるのか」
 着替え終わった悟空にベジータが聞く。
 悟空は素直に分からないと答え、これから会って来ると言い、瞬間移動で消えた。
 なにやら相談しているピッコロたちを横目に、悟飯が問う。
「……ねえお母さん」
「ん?」
「こんな状態で、大丈夫なんでしょうか」
「うーん……」
 腕を組んで考える。
「悟空は大丈夫だって思ってるみたいだけど」
「大丈夫だって思う、根拠があるわけですよね? でも……ずっと一緒にいたのに、僕らに分からない根拠なんて……」
「うぅーん……」
 思考を巡らし、そうこうしているうちに悟空が戻ってきた。
「どうだった?」
 が問う。
「正直、あそこまで凄くなっているとは思わなかった。その気になったらどこまで強くなるのか、ちょっと見当がつかねえな。やってみなきゃ分かんねえが……」
 彼は笑う。
「まあ、このままじゃオラは多分勝てねえだろうな」
 あっさりと物凄いことを言う。
 衝撃を受けたトランクスは、少しばかり乾いた声で呟く。
「そうですか……」
「孫」
 ピッコロに声をかけられ、悟空が振り向く。
「もう一度、精神と時の部屋を使うがいい。時間はあるんだ。今、順番を決めた。この後にオレが入り、次はベジータがひとりで。そしてトランクス……それからまたお前たちが入れ」
 天津飯は、とても戦える相手ではないとパスした。
 けれど悟空は首を横に振る。
「いや。オラたちはもういい。外界で修行する。9日もありゃなんとかなるさ」
 これには悟飯も驚いて悟空を見上げた。
「なぜだ。まだ丸1日は充分に入っていられるのに」
 ピッコロの言うとおりなのだが……悟空の表情は変わらない。
「あそこの中は相当に体にキツイ。なにもしていなくてもだ。充分に休めてやった方がいい」
「ふん。さすがのカカロットさんも部屋の過酷さにとうとう音を上げたか」
 嫌味ったらしく言うベジータ。
 には、悟空が部屋の過酷さでどうこうしたしたとは思えない。
 実際に中にいて、普通に修行できていたんだから。
 悟空は小さく笑った。
「かもな……。だがこれ以上、体を無理に鍛えてもただ辛いだけだ。そんなのは修行じゃねえ。でもおめえたちがまたあの部屋に入るのに、文句を言ってるわけじゃねえさ。まだ鍛える余地は残ってるみてえだし」
 その言葉にカチンときたのか、ベジータの声に険が混じった。
「なんだと。気に入らんな……今の言い方だと、きさまの方がオレより実力が上だと言っているように聞こえるぜ」
 随分上だと思う、と悟空はさらりと言った。
 間違いじゃないと思うが、ちょっと不安になる。
 わざわざ火に油を注がなくても……いや、ベジータの闘争心を煽って、強くさせる気だろうか。
 ……表情を見ると違うような気がするけど。
 単純に素直なのか。
「じゃ、お互い頑張ろうな。武道大会で会おう!」
 行くぞと言われ、慌ててその場にいるみんなに一礼をし、は悟空の後に続いて飛ぶ。
 悟飯もそれに続いた。
「2人とも、ちょっと寄り道するぞー」
 ひゅ、と落ちる勢いを止め、天界の下にある塔に着地する。
「こんちは、カリン様!」
 悟飯も挨拶をする。
「こ、こんにちは……はじめまして」
「お久しぶりです」
 確か筋斗雲をもらって以来、それこそ何度かしか来ていなかったは、丁寧にお辞儀をした。
 相変わらず可愛らしいカリン様に、ちょっと抱っこしてみたいとは言えない。
「うむ。息子は大きゅうなったな。嫁さんは相変わらずじゃのう」
「……成長してないと言いたいんでしょうか」
 苦笑する
 カリン様の脇にはヤジロベーがいた。
 彼にもお辞儀をし、それからはカリン様に聞く。
「カリン様、下の人たちは無事なんですか?」
「……うむ。大騒ぎになっとるが、今のところセルは動いておらんからのう」
「セルは完全体になって、更に完璧になっちまった」
 呟くように悟空が言う。
 しかし、とカリン様は、地顔の少し笑ったような顔で
「それにしては落ち着いておるのう。なんじゃ、精神と時の部屋で、凄い発見でもしたのか?」
「でへへ〜。まあな! カリン様、こっから見てセルの強さは大体分かんだろ? ちょっと比べてみてくんねえかな。オラ、これから気を入れてみっからさ」
 彼は足を肩幅に開き――気を入れる。
 爆風のように気が発せられ、塔全体がびりびりと振動した。
「も、もう止めろ! ここが壊れるっ!!」
 カリンが叫ぶ。
 すぅ、と気の風が収まった。
 ぷぅと息を吐き、悟空はカリン様に向き直った。
「どうだ? 今ので大体半分ぐらいだ」
「は、半分じゃと!? まったくお主は、どこまで強くなりゃ気がすむんじゃ」
 カリン様の言葉に、悟飯が少し不思議そうに悟空を見上げた。
 と視線がかちあうと、なにか言いた気にしたが、そのなにかを口にすることはなかった。
「セルと比べてどうかな」
「……さっきも言ったように、推測でしかないが……。はっきり言って、それでもセルの方がわずかに上だと思う」
「と、とんでもねえヤローだな、そのセルって奴は!」
 ヤジロベーが、悟空の気の風圧で転がったためについた、汚れを叩きながら言う。
しかし悟空は嬉しそうに笑った。
「やっぱそうか! おらの予想は間違ってなかった。サンキューカリン様! さて。2人とも行こうぜ」
 悟空は悟飯の手を掴み、の肩を抱いて瞬間移動した。


 家に戻ったは、まずはともあれ着替えに走った。
 さすがにボロボロの服のまま、行動するわけにもいかないので。
「……なに考えてるんだろ」
 悟空が考えていることが上手くつかめない。
 考えられることとしては、カリン様が言った通り、精神と時の部屋でなにかに気付いた――などだが。
 超サイヤ人2になれた、などという類のことではない気がする。
「……そういえば」
 ふと思い出す。
 悟空が、なにかに気づいたように、自信たっぷりの表情を見せたことがあると。
 彼が『それ』に気付いたらしいのは、精神と時の部屋で過ごした時間が、半ば以上過ぎた頃。
 悟空と悟飯が同等ぐらいに闘えるようになってから、暫くしてのことだ。
 傍目から見ている分にはなんら変わりはなく、だからこそ、今以てには、彼がなにを見つけたのか分からない。
 もしかしたら、自分が寝ている間になにかあったのかも――とは思うのだけれど。
「なんかモヤモヤするなぁ」
 うー、と唸って身支度を整えた。
 寝室のドアが開き、ひょこんと悟空が顔を出した。
ー?」
「わ! び、びっくりした。なに?」
「ちょっと弁当持って、外で飯くわねえか?」
「え、うん……いいけど……」
「オラも手伝うからさ」
 うん、と返事をしながら寝室の外へ出る。
 悟飯もリビングにいた。
「えっと……あとで買い物いかないと……」
 ここのところ家に帰っていなかったから、材料が足りない。
「それじゃ、飯くって少し休んだら買い物いくか」
「うん。……じゃ、とりあえずお弁当作っちゃうね」
 悟飯と悟空にも手伝ってもらい、はさくさくとお弁当を作って、重箱に詰めていった。
 ――こんなんで大丈夫なのかと不安になりながら。




修行は終わりの形ですが、も少しのったり続きます。
2006・11・4