一時休息 前編



 悟空をカメハウスの2階に運んでもらい、ともかく楽な格好をとらせることにする。
 ヤムチャに手伝ってもらい、道着を脱がせて布団に寝かせた。
 水とタオルを持ってきて、額に浮かんだ汗を拭う。
「それじゃあ、オレは下にいるから、なんかあったら呼んでくれ」
「うん。ありがとう」


 時折、苦しそうに心臓を掴む手。
 なにかできないかと、瞳を閉じて病気の経路を探してみるが、怪我ではないために全く分からない。
 傷が見えないと、は治療できない。
 筋肉痛や腰痛の類は分かるのに、どうしても風邪や――内科的なものは察知できない。
 こうして心臓病で苦しんでいる悟空に、なにもできないのが辛い。
「……悟空」
 そっと手を掴むと、彼がぎゅっと握り返してきた。
 予想していなかったのでちょっと驚く。
 悟空は苦し気に息を吐きながら、の手を掴んで離さない。
 苦しげな彼に、慌てて薬を飲ませる。
「……っは……
「苦しいの!?」
「……そば、に……いてくれ……」
 辛いだろうに、言葉を搾り出す彼。
 は大きく頷き、手をしっかりと握った。
「ちゃんといるから。だいじょぶだよ……大丈夫だから、ゆっくり休んで」
 彼は安心したように瞳を閉じ、手を握ったまま眠りに落ちた。
 息は整っている。
 片手で汗を拭いつつ、は悟空の傍で看病を始めた。

ちゃん」
 背後から声をかけられ、は振り向く。
 心配そうな表情で立っているのは、クリリンだった。
「クリリン、どうしたの?」
「オレ看病代わるよ。ちゃん、なにも食べてないだろ? それに、少しは休んだ方がいい」
「まだ、だいじょぶだよ」
 言うが、クリリンは首を振る。
「もう夜だし、胃の中が空じゃもたないよ。オレが診てるから、少し休んできなよ」
「でも……」
 ちらりと悟空を見る。彼は眠ったままだ。
 クリリンの言うことは正しい。
 このまま休みなく看病し続けて倒れれば、余計に皆に苦労をかけてしまうだろう。
 は苦笑し、立ち上がった。
「ごめん、じゃあ少しだけお願い」
「ああ。苦しそうだったら、この薬を飲ませればいいんだな?」
「うん。たぶん、もう大丈夫だとは思うけど……。クリリンもほんの少し、飲んだ方がいいよ」
「そうする」
 よろしく、とは手を振り、階下へと降りた。

 下には、亀仙人とヤムチャ、悟飯とトランクスがいた。
「お母さん、お父さんは?」
「静かに寝てるよ。いきなり苦しみ出すのも治まってきてるし、このまま良くなってくれると思う」
 はトランクスに、改めて深々とお辞儀をした。
 彼は少し困った風だ。
「や、やめて下さい、そんな……お辞儀なんて」
「本当に感謝してるの。なにもできないけど……気持ちぐらいは受け取って」
「……分かりました」
 トランクスは笑み、にお辞儀を止めさせた。
 は顔を上げて息をつき、軽く肩を揉む。
「仙人さま、なにか食べるものありますか?」
「メシならあるぞ。おかずも、クリリンが作ったもんがちびっとある」
「じゃあ頂きます。……悟空、なにか食べられないかな」
 固形のものは辛そうだが、食べないと体力が回復しないだろう。
 液体食料かなにかなら……?
「お母さん?」
「は、え? ああ、私固まってた? ごめん。ちょっと考えごとを」
 悟飯は笑む。
「お父さんが起きたら、訊いてみたら? 食べたいもの」
「そうする」
 とりあえずは自分の食事だ。

 お握り2つに、残り物の野菜炒め少しを平らげ、それからシャワーを浴び、寝支度を整えて息をつく。
 寝支度、なんていうものの、実際寝る気は全くないので普段着のままだ。
 悟空が今度目覚めて、苦しそうでなかったら飲めるものを用意しておいた方がいいかな、なんて考えながら、とりあえず冷えた水とストローを持った。
「悟飯、あんまり夜更かししないで寝なさいね」
 言うと、悟飯は分かっていると、こっくり頷いた。
 ヤムチャが頬杖をついて苦笑する。
「すっかりお母さんだなー、ちゃんも。オレも早く彼女作って結婚したいよ……」
 亀仙人がテレビに目を向けたまま、ふん、と鼻を鳴らす。
「じゃったら、お主はその浮気癖をなんとかせんとな」
「む、武天老師さま……」
 がっくり肩を落とすヤムチャに、も悟飯も、トランクスもが失笑する。
 ――ちょうどその時。
 2階からドン、という、重たいものが倒れたみたいな音が聞こえて、は慌てて2階へ駆け上がった。
 他の面々も後に続く。
 まさか、人造人間がここを見つけて襲ってきた――?
「悟空、クリリンっ!」
 が勢いをつけて扉を開けると……クリリンが必死で悟空を押し留めている姿が。
「な、なに? どうしたの?」
 慌てながら膝をつき、半ばクリリンにもたれ掛かっている悟空に手を伸ばす。
 すると彼はに抱きつく。彼女はいきなりの行動で、背中から床に倒れた。
「ご、悟空? どうし……どうしたの、ねえ」
「……はぁっ……ぐ……」
「悟空!」
 苦し気な息に、は慌てて彼を押し戻そうとする。
 だが抱き込まれている状態では、どうにも身動きが取れない。
 状態を見て取った他の面々が、なんとか悟空とを引き剥がす。
 嫌がる悟空を横にさせ、は彼に薬を飲ませた。
 急激に動いたためなのか、顔色がどことなく悪い気がする。
 悟空は手を伸ばし、の手をぎゅっと掴んだ。
 は不安になり、クリリンに理由を訊いた。
「悟空のやつ、目が覚めてちゃんがいないって気付いて……オレさ、下にいるんだって言ったんだよ。そしたら下へ行くって言い出して」
「さっきの凄い音は?」
「オレが悟空に振り払われて、床に頭ぶつけた音」
「……ご、ごめん」
 は謝り、片手でクリリンの頭にあったタンコブを治療した。
 悟空はまだ息を弾ませているが、徐々に落ち着いてきている。
「後は私が診てるから。ありがとね、クリリン」
「少しは寝ないと駄目だぞ」
 ヤムチャに進言され、頷く。
 心配そうにしている悟飯やトランクスを、亀仙人たちは押し出すみたいな形で出て行った。

 は息をつき、ぎゅっと片手を握ってる悟空の額に浮いた汗を拭ってやる。
「……悟空?」
 呼びかけると、彼は少しだけ目を開く。
 の姿を見止めてか、淡く、嬉しそうな表情を浮かべる。
「水飲む?」
 こくりと頷く彼。
 は彼を支えながら起こしてやり、ペットボトルにストローを入れて、少しずつ飲ませた。
「もう……心配させないでよ。ビックリしたじゃない」
「………が」
「なに?」
が……側に、いなかった、から」
 ひどく切なげに言われて、は思わず詰まる。
 悟空は切れ切れに言葉を続けた。
「おめえが、いね、と……オラ、死んじまう……っ。おめえに、触れてねえと……っ」
 ぎゅっと、彼女を掴む手に力が入る。
「オラの前から……消えねえでくれ。ガキの頃みてえに、消えねえで……くれ……」
 病気になって、色々なところから不安が上がってくるのか、悟空は小さい頃のことまで思い出しているようだ。
 あの時は、お互いの気持ちが通じ合っていたわけではなかろうに、それでもこうやって、今、消えないでくれと懇願されると、なんだか胸が詰まる。
 痛いほど掴んでいる悟空の手を、は被うように自身の手を触れさせた。
 微かに震えている気がした。
「大丈夫。私、ちゃんといるから。悟空と離れてるのなんて、嫌だもん」
 安心させるように、ゆっくり、優しく言葉を綴る。
「悟空が大好きだよ。早く元気になって。無事に問題が片付いたら、デートでもしよう! ね!」
 一生懸命に言うに、悟空の表情が和らいだ。
 ゆうるりと、瞳が閉じていく。
 薬が効いて、眠くなったらしい。
 はふわりと笑みかけた。
「お休み、悟空」



2006・9・22