おかえりなさい 1



 クリリンや悟飯、みんなが喜びに叫ぶ中、は細く長い息を吐きだし、安心感に負けないよう自分を保つのに一生懸命だった。
 このまま気絶してもいいような気さえしていた。

「あれ? なんでおめえたちがここに……」
 悟空は不思議そうな顔をしながらゆるりと飛ぶ。
「どうやって、オラの事が分かったんだ?」
 悟飯たちの側に着地し、ふぅ、と息を抜いた彼は、説明しようとするブルマをとりあえず押し止めた。
「ちょっと待った!」
「え、あ、ああ。はいはい。どうぞ」
 ブルマがにやにや笑いながら、悟空に道を開ける。
 背後で殆ど固まっているに向かって歩み、悟空はにっこり笑う。
、たでえま」
「お、おかえり、なさい」
 なにかを一生懸命に我慢するような表情の
 悟空は彼女を抱きしめ、背中をぽんぽんと優しく叩く。
 は彼の胸に顔を埋めた。
「……心配かけて、すまなかったな」
「うん」
「ごめんな」
「うん」
 ぎゅ、と服を握りしめる。
 胸がいっぱいで、泣きだしたいのに、泣けない。
 悟空の腕の中で小さく震える体を持て余し、ただ目の前の存在にすがりつく。

 悟空はの頬に手を沿え、そっと口付けた。
 周りを完全に考えていないなあと思いながらも、なんとなく流されて、側もダメだと言えない。
 ……こんな時ぐらいは、いっか。
 けれど。
「っん!!」
 何気なく滑り込んできた舌に目を見開く。
 逃げ出す舌を絡め取り、甘く吸い出された時にはさすがに胸を押したが。
「っは……ば、ばか!」
「ははっ。久しぶりだからさぁ。……髪、伸ばしたんだな」
「なんかね、ないとスースーしちゃって」
 フリーザの攻撃で焼き切れた髪は、すっかり元通りになっていた。
 笑むと悟空に、ブルマが咳払いをする。
「ご、ごほんっ。……もういいかしら」
「あ、ああ。わりーわりー」
 を手放し、悟空は青年と向き合った。

「で、孫くん、この子があんたがここに帰ってくるって教えてくれたのよ」
「知ってるんでしょ、お父さん!」
 紹介された青年を見て、悟空は首を傾げる。
「……? 誰だ??」
 ブルマが呆れたような声を上げる。
「へ? し、知らないって……全然?」
「ああ。オラ全然知らねえよ」
「孫くんが、この時間のこの場所に来るって知ってたのよ、この子」
 腕を組み、ふぅんと頷く。
「ホントか? 妙だなぁ」
 フリーザたちには宇宙船を発見されており、いつ悟空が地球へ到着するか分かっていたらしいが、他が知るはずはないと悟空は言う。
「それにしても、フリーザたちを倒したの誰だ? すんげえ気だったな。ピッコロか? それともベジータか?」
 聞いたベジータが舌打ちをする。
 ピッコロが静かに答えた。
「フリーザたちを倒したのはそいつだ。あっという間だ。貴様のように、超サイヤ人になれるんだ」
「え!? 超サイヤ人に!!」
 驚いたと同時に、表情が明るくなる。
「そいつは凄えや、若いのによ!」
 ……見た目では、悟空も充分負けないぐらい若いんだけど。
「それにしても、オラたちの他にもサイヤ人がいたとは知らなかった!」
「違う!」
 ベジータが反論する。
 自分たち以外に、絶対にサイヤ人がいるわけはないのだと。
 でも、超サイヤ人になれるという事は、どう考えたってサイヤ人なわけで。
「ふぅん。まあ、そんな事はどうでもいいや。とにかく、超サイヤ人なんだろ?」
「ど、どうでも良くはないでしょ。あんたって、相変わらず軽いのね」
 ブルマに言われて悟空は笑った。
 確かに軽いが、まあ……深く考えても仕方がない事なのだろうとは思う。
 今まで黙っていた青年が、突然悟空に話しかけた。
「孫さん、実はお話があります。ちょっと……」
 言い、彼は悟空を連れて離れたところへ移動して行ってしまった。


「……なんなのかしらね」
 ブルマが不思議そうに言う。
 も頷いた。
「まあ、話が終わるまで待てばいいじゃない。言っていい事は、悟空が話してくれるだろうし。 焦っても仕方ないというか」
「そうだけど。……それにしても、あんたたち相変わらず新婚みたいな抱擁よね。っていうか、新婚当時より酷くなってない?」
 ニヤーリと意地の悪い笑みを浮かべながら、ブルマが肘での腕を突付く。
 ちょっと頬が熱くなった。
「わ、私のせいじゃないもん……」
 指先をはじき、照れ隠しをする。
 確かに、ちょっと、人の目の前は……遠慮した方がいいよね。




 青年が立ち去った後、彼の話を聞いていたらしいピッコロが、悟空の代わりに皆に
説明する。
 彼は未来からやって来た人物で、今から3年後に現れる2人の人造人間が現れる事に警鐘を鳴らしに来たと。
 人造人間たちは強く、ベジータをはじめとする殆どの者たちが殺されてしまい、抗える人間がいなくなった世界になってしまったと――。
 にとってショックだったのは、悟空が今から間もなくして心臓病に侵され、この世の者ではなくなってしまうという事だった。
 幸いにして青年が未来から特効薬を持ってきてくれたので、それを飲めば悟空は生きていられると言う。
 心底ほっとしたのは、言うまでもない。



「ちょっと嘘臭い話だよな。未来からやって来たって言われてもなぁ……」
「タイムマシンでー?」
 ヤムチャが軽く笑いながら言い、ブルマも少し笑う。
 ピッコロは表情を変えぬまま、信じない奴は勝手に遊んでいろと言い放つ。
「オレは修行をするぞ。……死にたくはないからな」
「あ、お母さん、あれ」
 悟飯に裾を引っ張られ、彼が指を示している方向――上空を見る。
 不思議な浮遊物が、少し上に飛んでいた。
 卵型のポッドのような感じで、その周囲に機械がごてごてとついている。
 青年は皆に向かって手を振ると、空気を振動させる音を残して、その場から一瞬で消えてしまった。
「わー。凄い!」
 これを見た皆は彼が未来から来たという事を信じ、それぞれ3年後に向けて修行をする事を決めた。



「カカロット、教えろ。貴様ナメック星でどうやって生き残った」
 ベジータの言葉に、ヤムチャが頷く。
「確か、フリーザの宇宙船はぶっ壊れてたんだろ? 界王さまも言ってた。助かるはずないんだって」
「オラもダメだと思ったさ。けどよ、運良くすぐ近くに、その玉っころみてえな宇宙船があってさ」
「そうか! ギニュー特戦隊のヤツらが乗ってきた船だ!」
 運のいいやつめと言うベジータ。
 悟空はとにかくその宇宙船に乗り込んで、がむしゃらにスイッチを押し、うまく飛び立ったらしい。
 しかし宇宙船は勝手にヤードラットという星に着いた。
 ベジータが言うには、ギニュー特戦隊はヤードラット星を攻めていたため、そこに着くよう、インプットされていたのだと言う。
「孫くんが着てる服は、その星のものなのね」
「ああ。仲良くなってさ、もらったんだ。ちょっとかっこわりい服だけど、オラのはボロボロだったし」
 ふん、と鼻を鳴らし、ベジータは険しい顔をする。
 ヤードラット星人は不思議な術を使う。
 それを習ってこなかったはずはない、と。
 なるほど、それで地球に戻ってこなかったのかとは納得した。
 ブルマが楽しげに聞く。
「ねえねえ、どんな術なの? 教えてよ」
「時間がなくてさ、教えてもらったのはひとつっきりなんだけど。そんでもえれえ苦労したんだけどさ。瞬間移動ってのが出来るようになったぜ!」
 は目をパチパチさせた。
「え、瞬間移動?」
「ああ。の空間移動とちょっと似てんな。ただ、オラのは場所じゃなくて、人を思い浮かべるんだ。そんで、そいつの気を感じ取る。だから、知った奴のいねえ場所とかは行けねえんだ」
 やはり、制約があるのか。
 はどちらかと言うと場所のタイプだから、根本的に移動の方法が違う。
 悟空の傍に跳ぶにせよ、確実に気を感じなければ、跳べないという訳でもないし。
「ちょ、ちょっとやってみせてよ」
「見たい? いいよ」
 悟空は人差し指を立てた。
 ――ふっ、と一瞬消えたかと思うと、ほとんど直後に同じ場所に戻ってくる。
 ベジータが皮肉気に口の端を上げた。
「ふん。なにが瞬間移動だ。超スピードで誤魔化したにすぎん……」
「……それって、亀仙人さまのサングラス?」
 彼の顔にかかっているサングラスを示しながら、が言う。
 悟空はそれをクリリンに渡した。
「これ、返しといてくれな」
「こことカメハウスは1万キロ以上離れてるぞ……」
「ふわぁ。ホントにできるようになったんだ」
 なんか、特技が取られたみたいな気分になるなぁ。
 ブルマがぽつりと呟く。
「あんた、今やもうなんでもアリね」


 とにかく、3年後のその日のために、皆それぞれ飛んで行った。
 ピッコロは悟空の誘いに乗り、一緒に修行する事を決め、クリリンとヤムチャは個々修行する事に決める。
「さてと。じゃあ行くか」
「うん」
 暫くぶりの自宅だなぁと喜び、飛んで行こうとし悟空が、思い出したようにブルマに言う。
「そうだそうだ。ブルマ、丈夫な赤ん坊産めよ。じゃあな!」
 ばしゅんと地面を蹴り、や悟空たちはパオズ山に向けて飛び立った。


「ねえ悟空。さっきのブルマの赤ん坊って?」
「あーいや。うん、別になんでもねえよ」
 あははーと誤魔化すように笑う悟空。
 首を傾げるに、彼はもうひとつ思い出したように言う。
「っと。
「なあに?」
「えーと。頑張って可愛い女の子を産んでください」
 ……は?
「お、お父さん、一体なにを言って」
「いやぁ。別に」
 …………。
 唖然とする、ピッコロ、悟飯の横で、悟空ひとりだけ凄く嬉しそうな顔をしていた。



2006・8・18