見知らぬ青年


 悟空を出迎えに行くと言う青年の後に続いて飛び、少し開けた場所で下りる。
 周囲を見回すが、とりあえず今のところ悟空の姿はない。
 少し遅れてきたクリリンたちは、青年の正体が全く知れないためか、どこか警戒心が抜けていない。
 としては、彼が悪い人には全然見えないし思えなくて、警戒心などどっかに吹っ飛んで行ってしまっているのだけれど。

 青年は胸ポケットから何かを取り出した。
 カプセルの箱だ。
 彼はカプセルを展開し、四角い箱にチューブのような物がついているものを出した。
 としては、未だにこの世界で作られる物の形――特に機械的というか、近代的、未来的なの――は理解し難いものがあるので、彼が取り出した物がなんなのかは分からない。
 ヤムチャが
「妙なものを出したぞ、気をつけろ」
 と言うあたり、彼らにとっても見慣れたものではないのだろう。
 箱に近づいた青年は、その四角いもののドアを開けた。
 ――あれって、冷蔵庫?
 彼はニッコリ笑い、まだ警戒心を解かない殆どの者たちに声をかける。
「孫悟空さんが着くまで、まだ3時間近くあります。飲み物、たくさんありますから、よかったら」
 どうぞ、と言いながら彼は取り出した缶のプルタブを開ける。
 警戒心たっぷりな一同の中、ブルマが冷蔵庫と彼に歩み寄った。
「頂くわ」
「うん。私ももらお」
「ぼ、ボクも」
 ブルマに続き、と悟飯も冷蔵庫に近づく。
 見た事があるようなないような飲み物ばかりが入っているが、どれも冷えていて美味しそう。
 岩山ばかりのこの場所は、お世辞にも涼しいとは言えないので。
「悟飯、どれにする?」
「えーっと。ボクはこれ」
 黄色い缶に青い文字が書かれた、スポーツドリンクのような物を手に取る。
「私どれにしようかなぁ。……あ、これにしよ!」
 異世界で飲んでいたものに凄く近しいものを見つけて、ちょっと嬉しくなって手に取る。
 スポーツドリンクだが、カラダって書いてある。
 こちらの世界ではCMすら見られない代物だ。
 プルタブを開けてちょっと口をつける。
「……うわぁ、味までそっくり!! ちょっと嬉しいかも」
 にこにこしているに、悟飯は首をかしげた。
「うちの製品でこんな冷蔵庫あったかな」
 彼が出した冷蔵庫をジロジロ見ながら、ブルマが言う。
「ブルマも覚えてないようなのがあるの?」
「まあねー。専属研究者だっているし、数を数えてたらキリがないわよ」
「ふぅーん」
 青年がブルマをじっと見ているのに気付き、とブルマは同時に首をかしげた。
「あんた、どこかで会ったかしら」
「え、い、いえ……別に」
 ブルマの問いに、凄く焦ったような答え方をする青年。
「どうして、お父さんの事を知っているんですか?」
 今度は悟飯が質問する。
 彼は苦笑し、それに答えた。
 話に聞いた事があるだけで、実際に会った事はないのだと言う。
 ではどうして3時間後のこの場所に、悟空がここへ来ると知っているのだろうか?
 問えば、彼は言えないと言う。
 うーん?
 悟飯が更に問う。
「あのー、フリーザを倒した時、あなたは超サイヤ人でしたよね」
「あ、はい」
 その言葉にベジータが噛み付いた。
「ふざけるな! サイヤ人の生き残りは、オレとカカロット、それから混血のそこのガキで全てのはずだ!」
 そんな事言ったって、とは眉を寄せた。
「だって実際、超サイヤ人になったじゃない。だったら、サイヤ人でしょ」
「ぐっ……。だ、第一、サイヤ人は全て黒髪のはずだ」
 ――そうなんだ、と横にいる悟飯の髪を見た。
 なるほど確かに。
 でもも悟空も黒髪なのだし、遺伝的に黒が生まれてくるのは当たり前な気もするが。
 それともこちらは血筋に関係なく、突然赤とか緑とかの髪の人が生まれてくるのだろうか。
 ブルマの両親とブルマの髪の色は一緒だし、そうではないと思うのだけれど。
 ……思考がそれた。
「あれ? それ……あんたの着てるの、カプセルコーポレーションのマークじゃない。なんで? うちの社員??」
 ブルマがジャケットの肩部分にあるCマークを見て言う。
 彼は少し腰を引いた。
「い、いえ。別にそういうわけじゃないんです」
 は腕を組んだ。
「うーん。名前も歳も全部秘密なのかー」
「と、年は17ですが、名前はちょっと……」
 まあ、人には事情と言うものがあるので、言いたくても言えないのかも知れない。
 ブルマの、彼が困ってるから余計な質問はなしにしましょう、という言葉に同意し、彼についての素性を調べるようなそれ以上の質問はしない事にした。

 ――。

 3時間が物凄く長い気がする。
 は小さく息を吐いて空を見上げた。
 ――まだかなぁ。まだだろうなあ。
 ふと視線を感じて目線を動かすと、例の青年がぱっと顔を伏せた。
 座っていた岩から腰を上げ、は彼の隣に座る。
「あのさ、私、なんかした?」
「……い、いえ、違います。その――オレの知り合いに、本当にそっくりなので」
「私が? へえー」
 こういう髪をしているのかな、と少し考える。
 髪の毛の先端を指先で弄りながら、小さくため息をついた。
 彼が優し気に声をかける。
「大丈夫、必ずあなたの旦那さんは戻ってきますよ」
「ありがと。……あれ? 私、悟空が夫だって言ったっけ?」
 怪訝な表情を向けると、彼は慌てたように手を振った。
「い、いえ。それも知っているだけで……あ、あはは……」
「まあいっか。ごめんね、変な事言って」
「いえ。言葉が足らず、すみません」


 そうして3時間が過ぎた。
 時計を確認した青年が立ち上がる。
 も立ち上がり――ふっと暖かな感覚が胸の前を過ぎった気がして空を見上げる。
「……悟空の気」
「お父さんの気だ!」
 悟飯が喜び、その横でブルマも上を見上げる。
「じゃあ、あの子の言った時間も場所も、ずばりだったわけ!?」

 空の一角に小さな光が走った。
 それは一直線にたちから少し離れた場所に向かって落ちてゆく。
 赤い塊のようになったそれは地表にぶつかり、振動と砂塵を巻き上げた。
 慌ててその場所へ移動すると、サイヤ人が使っていたような丸い宇宙船が、大きなクレーターの真ん中にちょこんとある。
 ほんの少しの時間を置いて、宇宙船の扉が開いた。
「……ぷはあ」

 出てきた顔を見た瞬間、は本気で自分以外の全てに感謝した。



2006・8・15