フリーザ 4



 はっきりと、悟空が敗北の道を辿っているのが分かった。
 疲労の色が一気に濃くなり、それでも攻撃を受け続けなければいけない悟空に、は我慢がきかなくなる。
 自分が行ってどうにかなるものではないのは重々承知だが、でも――それでも放ってなんて。
「私――」
「ぼ、ボクももう我慢できない!」
「待て!!」
 ピッコロが悟飯を止める。
 も悟空の動きに気付いて、今まさに飛ぼうとしていたのをやめた。
 両手を天に向け、無防備な状態で立っている。
「あれって」
 は散々見ていた。
 界王星で彼が何度も何度も繰り返していた、その技を。
「元気玉!?」
 の声に、クリリンが同意する。
「そうだ、元気玉だ!!」
「げんき、だま……だと?」
 怪訝な声を上げるピッコロに、が答える。
「うちの父さん――界王さまが教えた技なんだけど。この星にある草木とか動物とか人とか、自然にある全ての力を少しずつ分けてもらって、それでエネルギーの玉を作って攻撃するの」
「……畜生、界王の奴め。元気玉の事なんて、オレたちには黙ってやがった」
 でも――通じるんだろうか。
 悟飯も同じように疑問を浮かべている。
 この星はフリーザにたくさん傷つけられているし、生き物の数だってそう多くなさそうだ。
 だからといって、界王拳が通じないのでは、元気玉ぐらいしか勝てそうな見込みがないのも確かで。
「――?」
 ビリッ、と大気が震えた、気がした。
 なんだろうと周囲を見回すが、特に異常らしきものはない。
 悟空の元気玉は、形が見える程はっきりとは作られていないようだし――。
 ふ、と彼の上空を見たは、そのまま口を開けて固まった。
 その様子を見た悟飯とクリリンも上を向き、同じように固まる。
「な、な……あ、あの、でかいのが、もしかして」
「もしかしなくても、元気玉だよ、あれ」
 が呆然としながら、遥か上空に浮かんでいる巨大な玉を見上げる。
 玉なんていう、可愛らしい表現が通じる大きさじゃない。
 見ている間にもどんどん大きく膨らんでゆく。
 最終的にどの程度の大きさになるか、予想がつかなかった。
 ピッコロが上空を見上げたまま、
「そんなにでかいのか?」
 聞いてくる。
 悟飯が両手を広げながら答えた。
「地球での時は、このぐらい――両腕で抱えられるぐらいの大きさでした」
「今度のは、直径50メートルぐらいはあるぜ」
 この星だけでは、当然あんな大きな元気玉はできない。
 周囲にある星の気からも、元気をかき集めているのだろう。
 幸いにして、フリーザはまだ元気玉の存在に気付いていない。
「なぜ、さっさとあの玉で攻撃しないんだ」
 は首を振る。
「もっと大きくしないと、フリーザには勝てないって考えてるんだよ。――多分、間違ってない」
 今までのとんでもない闘い方で、フリーザが半分程度の力しか使っていないとなれば、それをそぎ落とすほどの力が必要だ。
 中途半端なものをぶつけても、フリーザは倒せない。
 ならば限界まで大きな元気玉をぶつけるしかない――。
 星が壊れない程度の、だが。
「……時間がかかりすぎる」
 ぎり、と指を噛み、は眉根を寄せた。
 完全に出来上がるまで、ばれないでいてくれるだろうか。
 思った瞬間、フリーザが悟空を蹴り飛ばした。
「バ、バレたのか!!??」
「まだだ!」
 焦ったクリリンにピッコロが答える。
 攻撃されはしたが、フリーザの視線は全然上に向いていない。
 恐らくはまだ発覚していないだろう。
 しかし攻撃されながらでは、元気玉の完成は遠い。
 悟空が手を上に向けている間だけ、元気は溜まってくる。
 攻撃され、手を下げればその間は元気を集められない。
 元気を集めきる前に、悟空当人が倒れされてしまいそうだ。
 ピッコロが悟飯とクリリンに声をかけた。
「きさまらの残った気をオレによこせ!」
「え?」
「いいから、さっさとよこすんだ!!」
 2人が気をピッコロに譲る間、は悟空とフリーザの様子をじっと見ていた。
 気をぶつけられ、悟空が海の中へ突っ込む。
 近づいたフリーザがなにかに目を留め――
「バレた!!」
 が叫んだ。
「よし、もういい。自分達のために少しは残しておけ。――いいか、絶対に来るんじゃないぞ」
 言い残し、ピッコロは3人を置いて悟空のもとへと跳ぶ。
 悟空を殺そうとしていたフリーザの頭を蹴り飛ばした。
 ――ダメだ。
 いくらピッコロでも、今の不意打ちが精一杯。
 はぐっと拳を握り、地面を蹴った。
 後ろから悟飯たちが呼ぶのが分かったが、このままじゃ共倒れだ。
 突っ込んだ水の中から、怒り心頭のフリーザ飛び上がる。
 高く飛び上がった彼に、は異能力を放った。
「――閉じて!!」
 青い光がフリーザに迫る。
 円を描いたそれは収縮し、彼を包み込むと一切の動きを封じた。
 けれどフリーザほどの力の持ち主では、障壁がいつまで持つか分からない。
 押し返そうとする力に、は全身の力を込めて抗う。
 腕の筋肉が切れそうなほどの力。
 踏ん張っているが、弾かれるのは時間の問題。
「ご、くう……はや、く……!!」
 目を閉じ、必死になってフリーザを押し止める。
 ピッコロがもう撃てと叫ぶが、悟空はもう少しだと苦しげに言った。
 みし、との骨が軋んだ。
 障壁の一部が綻びると同時に、の体に激痛が這い登ってきた。
(――絶対に、こっちから解いてなんてやるもんか!!)
 体の悲鳴を無視して更に圧力をかける。
 青い光の壁の綻びと同調するように、の腕の薄皮が斬られて血の玉ができあがる。
 もう少し、もう少しと必死に力を保っていたが――ばりん、と音がして障壁が一気に崩れた。
 弾かれ、背中から地面に叩きつけられる。
「っつ!」
 フリーザのいる方向へ、が倒れると同時に気が飛んできた。
 起き上がって目線を向ければ、悟飯とクリリンが残り少ない気で攻撃を仕掛けてくれたのだった。
「もうここまでだ! この星もろとも、きさまらをゴミにしてやるーーッ!!」
 星を壊そうと気を指の先に集めたフリーザ。
 同時に悟空の元気玉が出来上がる。
 悟空の手が、下に向かって大きく振り下ろされた。




「けほっ、げほっ!!」
 は思い切り水を飲んでしまい、気管に入った水分に痛みを感じて咳き込む。
 すぐ傍で、ピッコロが悟空を陸に引きずり上げた。
「し、死ぬかと思った……」
 軽く笑い、はピッコロに笑みかける。
「悟空を助けてくれて、ありがと」
「……ふん」
 悟空はピッコロの手を借りて立ち上がり、苦しげに息を吸い、吐く。
 大きく深呼吸してから、なにを思ったかの頬を軽くぺちんと叩いた。
「ご、悟空?」
「――無茶すんなよ。おめえ、さっきフリーザを止めるんで、ボロボロんなっちまっただろ。……でも、サンキュな」
「あ、あはは……」
 彼の言うとおり、確かにボロボロの状態だった。
 ガラスの破片であちこち腕を薄く切られたようになっているし、異能力を無茶して使ったので、自分の治療すらできない状態だ。
 フリーザを倒せたのだから、別にどうってことない気もするが。
 やって来た悟飯が、悟空との手を握る。
「お父さん!! お母さん!!」
「悟空、やったな!」
 クリリンも満面の笑みで、親友をねぎらった。

 暫くその場で息を整えていた一同。
 ともかく終わったのだから帰ろうという話になった。
「オラとが乗ってきた宇宙船なら、5日で地球に帰れっぞ」
「あっ!」
 クリリンが驚いたような声をあげ、彼以外の全員が体を引きつらせる。
 は瞬間的にあちこち見渡したが、別にフリーザはいない。
「な、なんだよクリリン」
 悟空が代表して聞くと、クリリンは
「ブルマさんの事をすっかり忘れてた……」
 と言い、息を吐いた。
「お、脅かさないでよ。またフリーザが出たかと思ったよぅ」
「あ、あはは。ある意味じゃブルマさんの方が、フリーザより怖いよ……」
 みな、ボロボロの状態で笑う。
 ダメージの大きい悟空など、笑うだけで体が悲鳴を上げるが、やはり笑ってしまうものは笑ってしまう。
 ピッコロは空を見上げ、ふ、と呟いた。
「ナメック星もひどい事になってしまった……。だがこれで最長老さまや、死んで行った皆も安らかに眠れるだろう」
 クリリンがピッコロを見上げる。
「なんでお前が最長老さんの事を知って……」
 ピタリと言葉が止まる。
 どうかしたかと顔を見ると、彼の表情は完全に固まって――青ざめていた。
「そ、そんな……そんな」
「――クリリン?」


「フリーザだーーーー!!」


 叫んだとほぼ同時。
 悟空の横に立っていたピッコロを、光が刺し貫く。
 ピッコロは体勢を保持する事が出来ず、悟空の方に向けて倒れかかった。
「ピ、ピッコロさん……」
 震えながら悟飯が倒れたピッコロに近づく。
 悟空とは背後を見やった。
 ――信じられない!
 なんであんな馬鹿でかい元気玉を受けて、無事なわけ!?
 乱れた息を整えながら、フリーザは悟空たちを睨みつける。
「さ、さすがのオレも、今のは死ぬかと思った……このフリーザ様が死にかけたんだぞ……」
 怒りの隠せない声。
 悟空が叫ぶ。
「逃げろおめえたち! オラが最初にやってきた所のすぐ近くに宇宙船がある、ブルマを連れてこの星を離れろ!! 、宇宙船までこいつらを案内するんだ!」
「で、でも……」
「さ、さっさと行け、邪魔だ! みんなそろってここで死にてえのか!!」
 必死の形相にさすがに反論などできず、は頷いて急いでピッコロの側に寄った。
 しかし――フリーザは完全に頭にきていて、そんなのを許してはくれない。
 足止めのためにの足元に気弾を打ち込んだかと思うと、超能力でクリリンを拘束した。
「!! クリリン!!」
「う、うわぁあっ!」
 上空に浮かぶクリリン。
 フリーザがにやりと笑った。
「や、やめろフリーザーーー!!」
 クリリンが悟空の名を叫ぶ。

 ――直後、彼が、ばくはつ、した。

 はその場に膝をつき、クリリンがいた場所を見上げる。
 粉々に、なんて。
 嘘だ、目の錯覚か間違いだ!
 止まらない体の震えを押し止めようと自身を抱きしめるが、全く意味がない。
 奥歯がかちかちと当たる音がリアルに響く。
 なんで、どうして?
 考えても結果は同じなのに、何度も考える。
 ――クリリンが、フリーザの手で、粉々に。
「ゆ……許さんぞ、よくも……よくも……っ!!」
 ぞわ、と産毛が総立った。
 悟空に目線を移すと、彼は――
「――悟空?」

 金色のオーラ。
 逆立った金の髪。
 青緑色の瞳。

 一瞬で変化した悟空に、は驚きを隠せない。
 気配もいつもの彼ではなくて、物凄く荒々しい。
 驚いているのはだけではなく、悟飯も――フリーザもだ。
 悟空は静かにと悟飯に言う。
「ピッコロを連れて、さっさと地球へ帰れ! まだかすかに息があるはずだ」
「……あ」
 悟飯が口を開こうとする。
 けれどそれを寄せ付けず、悟空は叫ぶ。
「オレの理性がちょっとでも残ってるうちに、とっとと消えるんだ!!」
 怒声に、びくりと体を震わせる
 悟飯と一緒にピッコロを担ぐ。
「さっさとしろ! ピッコロが死ねば神様も死ぬ! どういう事になるか分かるだろう」
 は不安気な瞳を向けた。
「でも、悟空――」
「オレの事は構うな! 必ず後でオレも地球に戻る!」
「で、でも……でも……」
「ゴチャゴチャ言うな! オレを困らせたいのか!!」
「……うん、分かった」
 頷き、は悟飯を引き連れて飛ぶ。
「お父さん、ありがとう……ありがとう」
 絶対に生きて戻ってきて。
 祈りだけを背中に預け、と悟飯はその場を後にした。




後1話でフリーザ編終了です。
2006・5・17