――彼は地球で敵だったけれど、今でも腹が立つけれど、でも、こんな風に痛めつけられていいなんて、これっぽっちも思わない。 とても思えない。 フリーザ 3 フリーザのシッポが首に絡まり、背中を殴られているベジータ。 ――こんなのは、戦いなんかじゃない。一方的な暴虐にしか見えない。 助けなければ。 足を踏み出そうとしたと悟飯を、ピッコロが止めた。 行ってもムダだと。 は拳を握り締めた。 自分が幼い頃に暮らしていた地球にだって、暴力とか、戦争とか、殺戮とか、そういうものはたくさんあった。 テレビや新聞で見て知っていた。 ――知っているつもりになっていた。 見る事が苦痛で、視覚に訴えかけるのだって武器になる。サイヤ人と戦ったときにだって分かっていたけれど、でも、こんなの。 鈍い音、痛い音。 それは確実にベジータの命を削っていく音で。 一方的な攻撃を止める術を、力を、この場の誰もが持っていなくて。 動いても全く状況が変わらないであろう事実は、全員の足を地面に打ちつけてしまっていた。 唇を噛み締め、は夫の事を考えた。 彼がいれば、なにかが違うだろうか。 彼がいたら、自分はまだ動いて、戦う事ができただろうか。 こんな風に頼るべきじゃないのに、それでも考えてしまう。 想いを廻らせた時、物凄い勢いで山吹色の姿が視界に飛び込んできた。 驚いて目を見開き、呟いた。 「悟空……」 クリリンも悟飯も、ピッコロも驚いたように動かない。 他に誰も口を開かなかった。 悟空は静かに歩き出し、ピッコロに話しかける。 「そっか、不思議なでかい気の正体は、やっぱピッコロだったんか。ドラゴンボールで来れたんだな」 「あ、ああ」 するりと横をすり抜け、ふ、とに目線を動かす。 「……」 何を言えばいいのか分からず、ただ頷いた。 悟空はの首筋に手を這わせて微かに眉をひそめると、小さく息を吐く。 「――髪、切られたんか?」 「え、ああ、うん。体の方は問題ないけど……。髪は生きてさえいれば伸びるしね」 あははと笑うが、我ながら乾いた笑いだなとは思った。 結局、悟空に頼らざるを得ない状況が嬉しくない。 それが悔しい。 「遅くなってすまなかった。怖かったろ?」 ――凄く認めたくないけど、怖かったよ。 口に出さないで呟く。 それでも彼には分かってしまうだろう。 「後はオラがなんとかする」 の頭を軽く撫で、彼は真っ直ぐフリーザに向き合った。 悟飯が目をぱちぱちさせて、思わずクリリンに同意を求める。 「あ、あの……お、お父さん、ですよね」 「い、今までのあいつの気とは感じが違う……」 確かに悟空の気は、今までの物とは違っていた。 変容していると言っていい。 ひどく静かなのに、けれど物凄い威圧感というか。 彼はそんな自分に気づいているのかいないのか、ともかくフリーザと対峙する。 「きさまがフリーザか……。思ってたよりずとガキっぽいな」 「ふん。まだ雑魚が残っていたのか」 「ベジータはオラと闘う約束してんだ。邪魔すんなよ」 今まで首を絞めていた尻尾を外す。 ベジータの体が力なく地面に叩きつけられた。 かすれた声で悟空の名を呼ぶ。 「カ、カカロット……お、おまえ、は……」 名を聞き、フリーザの目がすぼめられた。 「カカロット……サイヤ人の名前だな」 フリーザはなにかに気付いたような表情を浮かべたが、『なにか』を口にする事はなかった。 随分と驚いているような感じだと、は思ったのだけれど。 フリーザはどうでもいい事だと思ったのか、ニヤリと笑うだけで終わる。 「ふん。サイヤ人は一匹たりとも生かしておかないよ。馬鹿だね、大人しく震えてりゃよかったのに」 「かもな……」 挑発らしき言葉にも全く動じない。 突然にフリーザが悟空に向かって鋭い蹴りを仕掛けた。 しかし、それ以上に素早い動きで、フリーザのそれが当たる前に悟空が蹴り返した。 頬に一撃が入る。 くるりと回転して何事もなかったように立ち、フリーザはにやりと笑った。 ぴ、と指を向ける。 「生意気だよ、おまえ」 「や、やばい! 避けろ悟空!」 言いながらクリリンと悟飯がその場から逃げ出すが、ピッコロとは動かない。 は障壁を張ることすらせず、ただ彼を見ていた。 フリーザの指から放たれた赤紫の光線が、真っ直ぐ悟空に放たれる。 悟空がすっと右手を持ち上げ――放たれた全ての力を弾き飛ばした。 弾かれた光弾は、てんで場違いな方向に飛び散る。 指を突きつけた状態のまま、フリーザは呟く。 「まさか……全部弾き飛ばした……片手だけで」 「ふ、はーっはっは!」 場違いな笑い声に、は悟空のすぐ側にいるベジータを見やった。 彼は、本気で笑っている。 「フリーザ、本気でやった方がいいぜ……こいつこそ、き、キサマが恐れていた、す、スーパーサイヤ人だ!!」 明らかにフリーザが驚愕の表情浮かべる。 「あ、あの……伝説の、全宇宙最強の……戦士、超サイヤ人、だ……。てめえは……もう、お終いだ!!」 瀕死状態ながら、ベジータはニヤリとした笑みを見せ付けた。 「ざ……ざまあみやが……」 ビッ。 一瞬、世界が静まり返った気がした。 無音の世界だと思ったのは、だけだったかも知れない。 ベジータの心臓部にあの赤紫色の光が向かい、それが一気に突き抜ける。 彼の体を貫いて――。 「ごはぁ……!」 が息を飲む間に、彼は後ろ倒しになっていた。 悟空がフリーザを睨みつける。 「おい! ベジータはもう殆ど身動きできねえような状態だったんだ! わざわざトドメを刺すこたねえだろ!」 「……ふん。超サイヤ人なんてただの伝説にいつまでもこだわってるからさ。ボクはくどい奴が嫌いなんだ」 心臓を貫かれたはずのベジータは、それでもまだ口を開く。 近寄り、回復をかけようとするがピッコロに制止された。 「ピッコロ、だって!」 「……ムダだ。キサマも分かっているだろう。それに、孫の邪魔にしかならん! 治療をしているキサマをフリーザが放っておくと思うのか」 「…………」 その通りだけれど、でも。 唇を噛み締め、ベジータを見つめた。 彼は必死に悟空に訴えかけている。 「カ、カカロット、きさまはまだ……そんな甘い事を……。ス…スーパーサイヤ人じゃ、な、なかったのか……。非常になれ! あ、甘さをなくせば……き、きさまはきっと」 悟空は首を振る。 「オラは……おめえみてえに非常に徹するなんて、どうやったってできねえよ。大体、その超サイヤ人てのが、よく分かんねえ」 「超サイヤ人てのは……ゴボッ」 ――もう、喋らないで。 の願いなど知らず、ベジータは口を開き続ける。 「よ、よく聞けカカロット。オレや……きさまの生まれた星、惑星ベジータが……消えてなくなったのは、巨大隕石の衝突なんかじゃなく……フリーザが攻撃して、ぶっ壊しやがったんだ……!」 父、界王から聞いた話では、確かに巨大隕石の衝突だと――。 でも実際はフリーザが攻撃を仕掛け、星ごとサイヤ人を消しにかかったらしい。 信じられない。 超サイヤ人が怖いのか、サイヤ人が目障りだったのか知らないが、そんなのは間違ってる。 フリーザの手となり足となり、働いてきた者たちへの暴虐。 ベジータの親も、悟空の両親も、全て屠られた。 残っているのは悟空たち一握りのサイヤ人だけ。 ――そのうちの1人が、今、事切れようとしている。 「……た、たのむ。フリーザを、倒してくれ。……サイヤ人の、手で――っ……」 ひゅ、とベジータが息を呑む音が聞こえた。 そのまま引きつるように顔が歪み、静かに目を瞑って横たわるだけになったベジータ。 瞳から、生きているかのように涙が溢れ、落ちる。 はぎゅっと瞳を閉じ、そうしてからゆるりと開く。 ベジータが悟空に頼みごとなんて、すると思わなかった。 本当に悔しかったのだろう。 悟空もそれはよく分かるのか、彼を埋葬し、約束した。 「オラは地球育ちのサイヤ人だ」 キッとフリーザを睨みつけ、拳を握る。 「おめえたちに殺されたサイヤ人たちのためにも、ここのナメック星人たちのためにも、おめえを絶対にぶっ倒す!」 ――す、と構える悟空。 それを見たピッコロが叫んだ。 「きさまら、この場から離れるんだ!! オレたちは邪魔だ!!」 は唇を噛み締め、ただ悟空の背中に声をかける。 「頑張って!」 「お父さん死なないでっ。フリーザをやっつけて!」 悟飯が叫び、は息子を引っ張ってその場を離れた。 フリーザと悟空の戦いは凄まじいもので、ピッコロもも、無論クリリンや悟飯もついていけるようなものではなかった。 どちらも本気ではなく、遊んでいるように見える。 フリーザものような異能力――ではなく超能力を使うようだが、悟空は力が炸裂した瞬間に、それまでかかっていた金縛りから、超スピードで抜け出して事なきを得た。 が小さく息を吐く。 「……ちょっとは私との訓練も役に立ってるのかな?」 宇宙船内で、散々ブロック(金縛り)をかけた事を思い出す。 無論、フリーザのように本気で殺しに掛かったりはしなかったが。 ウォーミングアップはこの程度にしようと言うフリーザに、悟空もニッと笑い返す。 ――自分もだ、と。 界王は悟空とフリーザの闘いを見ながら、その場にいるヤムチャと餃子、天津飯に状況を説明していた。 段々に悟空が押し負けてきているのを見て、界王は気が気ではない。 「ま、待ってください! 界王拳を忘れちゃいませんか」 天津飯が言う。 しかし界王は首を横に振った。 「今使っておるのが10倍界王拳じゃよ。限界のな。しかもフリーザは実力の半分ほどしか使っておらんらしい」 はぁ、と大きく息を吐く。 「だ、だからわしは、なにがあってもフリーザには手を出すなと……」 界王の脳裏に、の姿が過ぎる。 悪いが悟飯の母親、悟空の妻である前に、界王にとってはたった1人の大事な大事な娘だ。 今すぐに呼びかけて、界王星に転移して来いと言いたかった。 ナメック星から界王星に飛ぶ事が可能かは分からないが、このままでは確実にフリーザに殺されてしまう。 よしんば殺されなかったとしても、玩具かオブジェにされるかも。 逃げてきて欲しいが、実際それを彼女に言った所で、素直に聞いてくれるとは到底思えず。 「……わしは無力じゃ」 手を出せないレベルの戦いは、見守るしかない者にとって辛いです。 2006・5・1 |