ピッコロの登場により、状況は一変した。
 フリーザと互角か、それ以上の強さを保持しているように思えた。
 現状で言えば、ベジータより確実に強く、強力になっている。
 界王星で修行をしただけではありえない強さに、は目を瞬いた。
 フリーザは完全に苦戦を強いられ、少なくともピッコロにはフリーザを倒す自信があった。


 ――そう、『これまで』は。



フリーザ 2




 やられっ放しだったフリーザの浮かべた笑みを見た瞬間、の身体に悪寒が走った。
 違う。あれがフリーザの全力ではない。
 それは直感だったけれど、間違いではなかった。
 フリーザはにやついた笑みを浮かべながら、ピッコロに言う。
「勘違いしているようだな……今見せたのが本気だと思っているのか」
「なに?」
 怪訝な表情のピッコロに、なおもフリーザは続ける。
「きさまは、今のこのオレが変身した姿だという事を知らんだろう。きさまにも与えてやろう……絶望と、恐怖をな」
 ――な、なにそれ。
「へ、変身なんて反則じゃないの!?」
 が慌てて隣にいるベジータの腕を引っ張った。
 しかし彼は体を震わせてフリーザたちの方を見つめたままだ。
 なおもフリーザは衝撃的な言葉を発する。
「いいか。このフリーザは変身する度にパワーが遥かに増す。その変身をあと2回も残しているんだ。意味が分かるな?」
 嘘だったら、凄く嬉しい。
 クリリンは聞き取れなかったのか、ベジータに呼びかけた。
「な、なんだって!? あいつ何て言ったんだ!?」
 ベジータの代わりに悟飯が教える。
「……フ、フリーザは……ま、まだ2回も、変身、する……」
 それが死の宣告のように響く。
 辺りが一瞬で静まり返った気がした。
 冗談ではない。
 変身なんて、そんな――サイヤ人の特権じゃないの!?
 は引きつりながらフリーザを見やった。
 奴は高笑いをし、両腕に力を込める。
 そのまま体全体に力を込めた瞬間、
「かああああ……!!」
 背中に突起物が生えた。角だ。
 その間に攻撃を仕掛けようと思えばできるのに、一様に固まって動けない。
 空気の塊が、動く事をさせないほど濃縮されているみたいに。
 気合いのこもった叫びに呼応するように、フリーザの体は骨格からしてどんどん変わっていく。
 肩のショルダーのようなもの(あれも体の一部なんだろう)が横に張り出し、後頭部が伸びる。
「や、やだ……気持ち悪いーー!」
 は素直な感想を言った。
 こう言っては何だが、今のフリーザの姿は異世界の地球で見た、『エイリアン』そっくりだ。
 ――まさか卵を人の体に植え付けたりしないでしょうね!?
 それはともかく、ただでさえ大きかった気が、馬鹿みたいに膨れ上がった。
 熱風と間違うほどの気の本流が、奴自身は何もしていないのにやってきて通り過ぎた。
 ピッコロが拳を握り締める。
「ば、化物め!」
 フリーザは無言のまま、舌なめずりをした。
「た、たいして変わってないんじゃないか?」
 クリリンが言う。
 しかし無意識にか、体が強張っているのを考えれば、そんなのは彼ですらそう思っていないのだと知れるというものだ。
 ベジータが震える声で言う。
「ば、馬鹿め。潜在パワーを探ってみろ……さっきまでとは、ま、また別物だぞ!」
「しかも、何か、さっきより落ちついてない……?」
 の言葉に悟飯が頷く。
「ピッコロさんから……受けたダメージも、な、なくなってる……」
 どういう状況で、どういう遺伝子構造で、あんな人物が生まれてくるのか理解に苦しむ。
 サイヤ人といいフリーザといい、この世界の人たちは強力な武器より全然に性質が悪い。

 なにやらゴソゴソと話をした後、フリーザはピッコロと戦いを再開した。
 しかしそれは『戦い』というより、単なる一方的な攻撃に思え、いたぶっているようにしか見えなくもない。
 繰り出される攻撃を避ける事ができず、ピッコロはなすがままになっていた。
「とっ、とんでもねえ速さだ! あんなの避けきれっこないぞ!」
 クリリンの言葉と同時に、と悟飯が同時に動く。
 敵うとは思えない。
 しかしこのまま放っておけば、ピッコロは間違いなくやられる。
 そうなれば地球で折角復活したドラゴンボールもなくなってしまうし、それ以前ににはピッコロを見殺しにする事なんてできなかった。
 悟飯を、息子の命を助けてくれた人なのだから。
 気合を入れて蹴り飛ばした――つもりだった。
 しかし実際は紙一重で避けられ、大振りしただけだ。
「っく……!」
 悟飯も同じように攻撃を仕掛けるが、弾き飛ばされた。
「っ……このォ!」
 殴りかかった拳をつかまれ握りつぶされそうになり、もう片方の手で裏拳を叩き込んだ。
 わき腹に入ったはずのそれは、けれどこちら側が痛いだけで。
 物凄く硬度のある、微妙に柔らかい岩石か何かを叩いているみたい。
「くっくっく。安心して下さい。握り潰したりはしませんよ。ただ少し――痛い目をみてもらいましょうか?」
「いー……ッ!!」
 自分の肉が潰されていくのが分かる。
 ぎり、と奥歯を噛み締め、痛みに耐えながら、潰そうとしているらしいフリーザの手に向かって、『物質破壊』の力を叩き込んだ。
「ぐあ! な、なんだ……手が」
 電気が通ったような音と、激しい衝撃で手が離れる。
 フリーザは驚いたようにを見やった。
 異能力は気で防御できないが、それでも奴ほどの力の持ち主になると、耐性のようなものがあるらしい。
 もっとも、異能力を全力で叩きつけた訳じゃないけれど、接触したままでの破壊能力は、にも負担がかかる。
 今も少し手が痺れて、上手く動かない。
 は小さく笑み、背後で見知った大きな気を練り上げた悟飯に場を譲った。
「お前なんかーーーッ!」
 悟飯の手から激しい気が放たれる。
 それはまっすぐにフリーザを目がけ、彼に当たった。
「ぐ、おぉぉお!!」
 ずるずると下に押されてゆく。
 大きな光の球体を抱えて地面に近づいていたフリーザだったが、今度は徐々に高度を上げ始めた。
 じりじりと球体を押し返し――ついには完全に悟飯に逆流させる。
「う、わぁ……!」
 ぶつかってしまうその少し前に、横合いからピッコロが気を打ち出し、悟飯からそれを逸らした。
「あ、ありがとう、ピッコロさん……はぁっ……」
「強くなったな、悟飯……」
 ニヤリと笑うピッコロに、悟飯は軽く笑顔を向ける。
 疲労色合いが強い笑顔だけれど。
「お、お母さんは大丈夫ですか?」
 手を握り、開く。
 ――うん、動く。
「大丈夫だよ。――それにしても、フリーザって化物だわね。自分が壊れるの承知で異能力全開ぶっ飛ばししてみようかな」
「だ、ダメですよ! お母さんが壊れちゃうんじゃ意味ありません!」
 そう言ってくれるのは嬉しいが、このままでは全滅間違いない。
 だったら、少しでも効きそうなものに希望を託してみてもいい気がするのだが。
 そうこうしていると、息を整えたフリーザが何やら大声で叫んだ。
「いいでしょう、大サービスですよ! わたくしの最後の変身を、真の姿を御覧なさい!」
「――!」
「早くやれーーー!!」
 ベジータが何事かを叫ぶ。
 それを受け、クリリンが――
「な、なに考えてるの!?」
 ベジータの腹に向けて思い切り気を打ち込んだ。
 気は彼の腹を付きぬけてゆく。
 唖然としている悟飯とに、ピッコロが叫んだ。
「その場から離れろ!!」
「――ご、悟飯、とにかくいこ!」
「はいっ」
 と悟飯はピッコロに肩を貸し、フリーザから離れた場所に着地した。
 悟飯は彼の肩を支えながら言う。
「お母さん、ピッコロさんを治して!」
「ごめん……時間がかかりすぎるよ。デンデ君の方がいい」
「あ、そうか……大丈夫ですよピッコロさん。デンデっていうナメック星人が治せるんです!」
「悟飯!」
 クリリンが側に降りてくる。
 は眉根を寄せた。
「一体なにがどうなって、ベジータを攻撃したの?」
「説明するけど、まずはベジータを……」
 ベジータが落下した場所に走りながら説明を聞く。
 どうも、サイヤ人は死にかけてから復活すると強さが激しく上がるという特性を利用し、デンデに復活させてもらって無理矢理実力を上げようという算段だったようだ。
 確かにフリーザに勝つ方法としてはアリなのかも知れないが、少々乱暴だ。
 この際、出来る事は何でもやっておけという感じなのだろうけれど。
「……あ、デンデ!?」
 悟飯が上を見ながら言う。
 も見上げてみると、確かにデンデが自分たちの向かう方向とは逆側――ピッコロ側に向かって飛んで行った。
 少し先に目をやれば、ベジータがひれ伏している。
「ど、どうなってんだ?」
「とにかく、あのままの状態じゃベジータは確実にあの世行きでしょ。私が何とか持たせるから、デンデくんをお願い」
「わ、分かった」
 頷き、クリリンと悟飯がピッコロの方へ戻る。
 は1人、ベジータの側に駆け寄った。
「……息はある」
 ひれ伏している状態のまま、とにかく治療を始めた。
 デンデのような力があればいいのだが……そんなに都合よくいかない。
 暫くかけていると流れ出る血は止まったが、傷は深いままだ。
 それに体内エネルギーの廻りが悪い。
 体内が気の力でズタズタにされているためだ。
 ひとつずつ切れた路(みち)を繋げていけばいいのだが、生憎と命を手放させないようにするだけで手一杯だ。
「うぅー。憎らしい奴は世にはばかるっていうんだから、簡単に死なないでよ?」
 すぅ、と息を吸い、吐きながら自分の力を注ぎ続ける。
 そうこうしている間に、デンデがやってきてくれた。
 彼はひどく複雑そうな顔をしている。……分かるなあ。
「ごめん、デンデくん。嫌いな奴なのは分かってる。でも、お願い」
「――分かりました」
 デンデが引継ぎをする。
 は手を離し、息を整えた。
 暫く後、ベジータは瞳を開いて立ち上がった。
「凄いねデンデくん。私もそういう力が欲しいよ」
「……このガキが!」
 ガツッと音を立て、ベジータがデンデを蹴り飛ばす。
 砂煙を立てて彼は転がった。
「あ、あんた!!」
 は怒りながらベジータの前に立つが、彼は鼻を鳴らして気にした風でもない。
「ふん。殺されなかっただけでもありがたいと思え」
「……最悪。性格悪い。お礼ぐらい言ったらどうなの」
「黙れ!」
 は無視して悟飯の側へ戻る。
「ベジータは復活しました?」
「うん。どうしたらあんな性格の人ができるのか知りたいよ。……あー、気分悪い」
「……そんな馬鹿げた話をしている場合じゃないぜ。フリーザのヤロウのおでましだ」
 ピッコロの言葉に、はフリーザがいる方向を見やる。
 もうもうとした砂煙の中から、フリーザが現れた。
 姿を見た瞬間に上から冷水をぶっかけられた――否、浸けられた気分になった。
 尋常じゃ、ない。
 口元に手をやり、思わずは静かに息を殺した。
 ――怖い。
 どうしてか、酷く怖かった。
 スタイルからすれば、今までの方がよほど怖いはずなのに、だ。
 スレンダーで無駄な装飾のない小柄な姿になったのに、それが物凄く怖い。
 ぴ、と彼が指を示す。
 その瞬間、の横を赤紫色の光が走った。
「――!!」
 振り向く前に背後で爆発音が。
 何を狙ったのかと理解した時には、既にその人物――デンデ――は屠られていた。
「デンデーー!」
「み、見えなかった」
 クリリンが呆然と言う。
「ただ……ただ何かが光ったとだけしか……そんな馬鹿な……!」
 遠目にフリーザがニヤリと笑うのが見えた。
 ピッコロが歯軋りをし、デンデの遺体を見る。
「く、くそ……オレたちがあいつのおかげで復活したのを見てやがったんだな!!」
「あっ、消えた!」
 フリーザが一瞬消えてなくなる。
 次の瞬間、たちの目の前にその姿を移していた。
「だーーーーっ!」
 悟飯が先発で攻撃を仕掛ける。
 クリリン、ピッコロ、そしても同じように次いで攻撃を仕掛けた。
 けれど全く当たらない。
 全ての攻撃は見切られ、気も弾かれ、避けられ、全く当たらない。
「ま、また消えたぞ!」
「後ろだ!」
 ベジータが叫んだ通り、フリーザがみなの背後に現れた。
 無表情のまま、フリーザは指を動かして例の赤紫色の攻撃を仕掛ける。
 ――2本!
「悟飯っ!」
 狙われている人物の1人を察したは、どうやら見えていないらしい悟飯を抱きかかえて倒れる。
 じゅっ、と焼け焦げる匂いがし、の長い髪がばっさり焼き切られた。
 地面に転がったと同時に遠くの島が消し飛んだ。
 何が起こったのか全く分からないらしい悟飯は、消し飛んだ島を見て呆然としていた。
「……あ……」
「悟飯、しっかりしなさい!」
「お、おかあさ……髪の毛」
 は立ち上がり、悟飯を引き起こす。
 首の辺りが物凄くスッキリしてしまった。
 息子の命の引き換えにしては安いものだ。
「気にしないで。後でちゃんと切りそろえるし、また伸ばせるんだから」
 笑顔を向けてやるが、悟飯の表情はすぐれない。
 もう1人、狙われていたのはクリリンだった。
 こちらはベジータが蹴り飛ばして助けたようだ。
 彼は自信満々にフリーザに拳を突き出す。
「ふん、フリーザ、今のうちにニヤニヤ笑っているんだな。ここにいるのが、キサマが最も恐れた、超サイヤ人だ!」
 以前も言っていた、スーパーサイヤ人とやらの事を口にし出す。
 スーパーと言うぐらいだから強いのだろうけれど……?
 フリーザはクツクツと笑った。
 ベジータは全く気にせず、
「カカロットの出番はないぜ!!」
 勢いをつけてフリーザに挑みかかる――が。
「な……!?」
「ふぅん。ちょっとスピードを上げただけでついて来られないようだね。それでも超サイヤ人なのかな」
「バ、バカな」


 ――その後、彼がどんな攻撃をしても、どんな技を使っても、フリーザには全く通用しなかった。





ヒロイン、フリーザによって強制イメチェン。
2006・5・2