最長老様が亡くなられてすぐ、は『空間移動』を使って悟空の側に出た。
 行きは時間がかかったが、この方法ならばすぐに悟飯たちの元へ出られる。
 もちろん、地球とは違う環境でどこまで正確に飛べるか分からなかったし、一種の賭けのようなものではあったけれど、無事に悟空の側へ出る事ができた。
 彼はまだ治療ポッドの中で瞳を閉じ、じっと傷が癒えるのを待っている。
「悟空、行ってくるね」
 ポツリと呟き、は駆け出した。


フリーザ


 遠目に、悟飯を踏みつけていた巨体が見えた。
 という事は、あれがフリーザなのだろう。
 あのままでは悟飯が死んでしまう。
 カッと頭に血が上ったは、物凄い加速を付けたまま、有無を言わさずその巨体――フリーザの頭に激しく蹴りを見舞っていた。
「ぐぁ!」
 不意の攻撃にフリーザが仰け反る。
 その隙に悟飯を離れたところへ下ろした。
 ――意識がない。
 治療をかけたいが、フリーザは許してはくれない。
 の腕を掴むと大きく振りかぶって空中に投げた。
 胸を張り、舞空術で風に逆らってきゅっと止まる。
 恐らく悟飯が起きていたら、逃げていて欲しかったと言うだろうけれど、息子や仲間を放り出して行けるものか。
 前のサイヤ人との戦いのときと同じだ。
 ただ――敵のケタが違う。
 少し離れて正面にいる角を生やした巨体を見て、じわりと汗が滲んだ。
 クリリンの姿が見えない。もうやられてしまったのだろうか?
「あなたがフリーザ?」
「そうだ。これはこれは。こんな殺伐とした場所に女が来るとはな。しかも滅亡した星の女じゃないか。とっくに絶滅していると思ったが」
「……ベルウリツ?」
 の問いに彼は楽しげに頷く。
 ……なるほど、最長老さまが言っていたのは、間違いではなかったみたいだ。
 フリーザは楽しげにの体を舐めるように見た。
「丁度いい。戦利品として持ち帰り、部屋に飾ってやろう。それとも命乞いをして忠誠を誓うか?」
「あなたに何も上げるつもりなんかない。どんなにあなたが強くてもね。それに間違ってもらったら困るの。私は地球人。なんとか星のなんとか人じゃない」
「それは残念だ。では、死体として持ち帰ろう。安心しろ、粉々にはせんでおいてやる」
 言った瞬間、フリーザはの間合いに入ってきていた。
 目も眩むようなスピードで腕を繰り出すフリーザに、しかしは落ち着いて対応する。
 腕が自分に到達する前に、体を仰け反らせて避けた。
 女だからと甘く見たのか、彼は腕を大振りしていたために腹に大きな隙ができる。
 はその場所に向けて拳を唸らせた。
 そのまま直接気弾を打ち込む。
「――っぐは!」
 空気の塊を吐き出し、フリーザはたたらを踏んで何とか体勢を持ち直した。
「……」
「気弾乗せて、直接叩いてこの程度なんだ……」
 ならば私の力は既にフリーザに通用しないと、は理解した。
 悟飯がやられた怒りが、目眩のように思考を乱しているけれど、それで全てを捨てて強引に闘えば仇など絶対に討てないと分かっている。
 実際問題、自分の力はフリーザに通用しない。
 ただ幸運な事に、彼の攻撃は見切れるスピードではあった。
 一応、体もついていく。
 しかしこちらの攻撃が効かないとなると、単なる消耗戦になってしまう。
 その辺りに利があるのは間違いなくフリーザの方だ。
 この中で一番強いはずのベジータは動かないし、当面何とか凌ぎきるしかない。
 フリーザは口についた血を手で拭い、鼻を鳴らす。
「女にしてはやるようだな。しかし、全ては怒りを買うだけだ。分かるか?」
「分かってたからって、どうにもならないでしょ。それとも今すぐこの星から手を引いて、静かに隠居でもしてくれる?」
 身震いしそうなほど、凶悪で濃厚な空気を目の前にしても、は引かない。
 引けば悟飯がどうなるか、自分がどうなるか分かっているから。
 悟飯をちらりと見やり、デンデが彼に何かをしているのが分かった。
「隠居だと? ふざけるな!!」
 ごう、と音を立ててフリーザの拳がの片腕を捕らえた。
 悟飯たちに気を取られ、反応が遅れた。
「っ――!」
 片腕を犠牲にし、体に伝わるダメージを軽減させる。
 鈍い音。
 全身を這いずるようにやって来た傷みに顔を歪めながら、それでも2撃目を避けた。
 腕を持ち上げようとしたが、ダラリと垂れ下がったままの状態で動かない。
「腕が折れたか。華奢な体だから仕方がないだろうな」
「――つぅ……!」
「折れた腕では動きも鈍くなるだろう。さっさと支配下に下れ」
「ざん、ねんだけど」
 の折れた腕に翠色の炎が走る。
 驚くフリーザの目の前で、の腕は傷すら見当たらないほど綺麗に完治した。
 軽く息を吐いて驚きの眼差しを向けている敵を警戒する。
 ――自分の体ならば、いくらでも治せるのに。
「もう少し踏ん張らせてもらうよ」
「なるべく傷つけたくはないが。今度は両腕を粉々にしてやろう!」
 そう宣言され、宣言のとおりに腕を狙われる。
 フリーザは手の中で作った気弾をに向けて真っ直ぐ投げる。
 凄まじい勢いで接近するそれを、すんでのところで避けた。
 弾きかえす事も可能だったが、弾いている間に間を詰められたら避けられない。
 その考えの通り、間をおかずに攻撃を仕掛けてきた。
 早すぎて幾つもの手が同時に何本も見えるその攻撃を、は的確に判断して避けていく。
 避け続けていても、いつかは当たる。
 は歯を食いしばり、フリーザの顔に蹴りを繰り出した。
 ほとんど紙一枚の状態で避けられ、尻尾で殴りかかられた。
 慌てて身を捻ってよけるが、タイミングを合わせて気を放たれる。
 間近で撃たれたそれはを飲み込む。
「お、オンナ!!」
 ベジータが叫ぶ。
 奔流に押し飛ばされ、はベジータの横を通り過ぎて弾き飛ばされた。
「はははは!!」
 フリーザは楽しそうにそれを追う。
 ぎゃうんと音を立てて押す気から何とか脱出する。
 服は完全にボロボロになってしまった。
 気にしている場合ではないが。
「ほう。よく死ななかった。褒めてやろう。バラバラになると思ったが」
「どうも。……簡単に死にたくはないので」
「まだ腕は健在だな。ようし、もう少し本気で遊んでやろう」
 はぐっと構えた。
 額に汗の珠が浮く。
 ――力の差もそうだが、戦闘経験のなさがこの場に来て酷い不利になっている。
 相手がどう手を出してくるか予測するのは難しい。
 事前の動きで多少分からなくもないが、尻尾の動きは邪魔だ。
 上手い事予測が出来ない。
 あんなぐねぐね動かなくてもいいのに、とかなり悠長な事を考えているが、事態は悪化していくばかり。
 フリーザはにやついた笑みを顔に貼り付け、に向かって苛烈な攻撃を仕掛ける。
「っ、くぅ……はっ!」
 幾度となくも反撃する。
 渾身の力を込めて攻撃を仕掛ければ、さしものフリーザとはいえダメージを食らう。
 しかしながら彼に攻撃をする自分の手のほうが、先に壊れそうだ。
――このままじゃ。
 負ける、という言葉が脳裏を過ぎった瞬間――フリーザが奇妙な悲鳴を上げて突然上空から落ちた。
 何事だと下を見ると、彼の尻尾の先のほうが切れている。
ちゃん!」
「ク、クリリン、よかった、無事だったんだ!」
 今までどこへ行っていたのか、クリリンがの横に飛んできた。
 彼は頷き、フリーザに視線を落とす。
「ね、ねえ、今の……気円斬?」
「ああ。効きそうなのがそれしかなかったからさ。もう少しでデンデが悟飯を全快させる。オレはフリーザに太刀打ちできる実力なんかないが、時間稼ぎぐらいは……!」
 クリリンの言葉が止まったのは、フリーザが怒り心頭の状態で目の前に戻ってきたからだった。
 気円斬を何度も何度も打ち込むが、全て避けられる。
 も一緒になって気を放つけれど、致命傷ではもちろんない。
「くっそ……ちゃん、目を!」
「え、あ、はいっ!」
 ぎゅ、と瞳を閉じる。
 その瞬間――
「太陽拳!!」
 瞼を通してなお明るい光が周囲を包み込んだ。
「ぐあ!」
 目が眩んだフリーザを置いて、クリリンはの手を引っ張ってベジータの元へ走る。
「ベジータ! 今だ、攻撃してくれ!」
「…………」
 しかし彼は動かない。
 何をしているのかと思えば、デンデと悟飯を見ていた。
「な、なぜあのナメック星人のガキにあんな能力がある事を黙ってやがった!」
 が見てみると、確かにデンデは何かしらの回復を終え、悟飯を復活させていた。
 クリリンは黙っていたわけじゃない、と言い返した。
「そうだよね。知ってたら悟空をとっくに治してもらってるもん」
 ひゅ、と音を立て、悟飯が隣に並んだ。
「お母さん、大丈夫ですか?」
「私はね。悟飯の怪我が治ってよかった」
 和やかな会話は一瞬で終わる。
 見据えた先には、悟飯がなぜ復活したのか分からないという表情のフリーザ。
「さぁて。ほんの少しだが……運が向いてきやがったか?」
 決して余裕とはいえない表情で言うベジータが、何かに気付く。
 ほとんど同時にも、悟飯も、その場にいた全員が気付いた。
 激しいスピードでやって来たその人物に、悟飯が喜び、は目を瞬かせる。
「……待たせたな」
「ピッコロさん!」
 ドラゴンボールで願いをかなえたらしい、とは頷いた。





2006・4・30