最長老



 柱のように屹立した岩の上にある家が、視界の中に入って来た。
 全体的に丸みを帯びた家は、上部が壊されている。
 は入口に降り、失礼しますと丁寧にお辞儀をしてから中へ入った。
 中へ入ってぎくりと足を止める。
 大きな椅子に座った、大きなナメック星人。
 本当に何ていうか……大きい。
 ピッコロと同程度の大きさを想像していたのだが、これはそれを遥かに超える大きさだ。
「あ、あの……最長老様、で、いらっしゃいますよね」
 目覚めているのか、そうでないのか分からない。
 彼はの声に何度か咳をし、唸った。
「あ、あなたは……ごほごほ」
「悟飯の母親のと言います。――失礼しますね」
 言うとはすぐに最長老の傍へより、治療を施し始めた。
 焼け石に水の状態なのは分かっているけれど、少しでも時間を延ばせればそれだけ悟飯たちがやり易くなる。
 純粋な人助けではないのが、申し訳ないところだけれど。
「……お、おお……これは」
 薄翠色の光が最長老の体を撫でる。
 少なくとも、多少口を動かす程度で咳をする事はない。
 さすがに老衰はどうしようもない気がするけれど……それでも少しの望みがあるならば、治療をし続けよう。
「デンデは……辿り着いたのでしょうか」
「はい。クリリンが――仲間が今、ドラゴンボールの所へ案内してます。ご迷惑をかけてしまってすみません」
「謝る事はありません。我々の方があなた達に寄りかかっているのですから」
 は首を横に振る。
 この星が侵略されたのは、地球にドラゴンボールがあったからで。
 もし、なんて過程の話は意味がないのだけれど、こうも被害が大きいと考えてしまう。
 しかし最長老は考えを読んだかのように軽く笑った。
「気に病む事はありませんよ。あのフリーザはいずれこの星をしたかも知れません。それに、地球の方々が来てくれなければ、最後の望みを託す事すら叶わなかったでしょう」
「最長老さま」
 大きい人だな、と思う。
 こういうかたが最長老として星を見守っているのだから、平和な時のナメック星はさぞや平和だったろうに。
 それだけに現状が悔やまれる。
「あなたは、地球人ですか?」
「え、はい。そうですよ」
 唐突に言われ、は頷いて微笑みかける。
 地球人に見えませんか? と。
 最長老は何かを考えているのか、口を閉ざした。
 ぶわ、と風が大きく開いた穴を通って室内に流れ込んでくる。
 優しくはない風に、何となく不安がせり上がってきた。
 悟飯は、クリリンは――悟空は大丈夫だろうか。
 今更だがこの場にはフリーザがいない。
 なれば確実に悟飯たちの元へ向かっている。
 が出遭わなかったのは、すこぶる幸いな事だ。
「最長老さま、ご気分はどうですか? 老衰は自然のものだし治療なんてできないですけれど……時間稼ぎには」
「ええ。こうして喋っている事が出来るのは、あなたのおかげでしょう。少し、失礼しますよ」
 彼はゆるりと片手をあげ、の頭に手を置いた。
 少しビックリするが力を流す事を止めはしない。
「あのー?」
「……眠っている力を解放して差し上げます」
 数瞬後、体の中から何かが引っ張り上げられる感覚が。
 ――驚いた。
 目を瞬かせ、は自分の体を見やる。
 肉体的には何ら変わりはないけれど、闘う力がぐんと上がった。
「あなたの息子さんとお仲間にも、これをやりました。少しでもフリーザと闘う力になればと思います」
「ありがとうございます!」
「残念ながら、もうひとつの力の方には手出しをできませんが……」
 もうひとつの力。
 異能力の事だろうかと考え――納得する。
 アレは鍛えてどうなるものではないようだと、最近気付いたからだ。
 そもそもの絶対量のようなものが決まっていて、そこから引き出す術は自分で見出すしかなく、そもそも生まれつき特性や強弱が決まっている感じがする。
 息子の悟飯に、異能力を使えるという兆候は全くないし。
 先天的なものだろう。
 故に、最長老の力も及ばない――のではないか。
「異能力の方は自分の力で何とか」
「……あなたは地球人だと仰いましたが、わたしには別の感じを受けます」
「別?」
 眉根を寄せて問うに、最長老は声色を全く変えず話を進める。
「悟飯さん、クリリンさんとも違います。――そして、その容姿」
 姿は確かに、この世界の地球人っぽくない。
 けれどそれはあくまで『異世界の地球』に住んでいたからだと思うのだけれど。
 口に出す事はせず、ただ視線で先を促す。
 最長老はふぅと息を吐き、それからまた話し出した。
「以前やって来た事がある、ベルウリツ星の者にそっくりです。力も、姿も」
「……ベルウリツ?」
 聞いた事がない。
 まあ、の知識では知らないことの方が多いだろうし、そもそもナメック星だとてブルマすら知らなかったのだから、宇宙に様々な知性と星があったって不思議ではない。
 しかしは確かに本当の両親の元に生まれ、そして捨てられた。
 義理の父――今では本当の父親になった――界王が見たのだから間違いない、気がするのだけれど。
「その、ベルウリツの人と私がそっくりだと?」
「勿論、顔などは個々違いますが、特にはその特徴的な髪」
 風にそよぐ髪。
 黒く、絹糸のように細いそれ。
 確かに地球の物ではない。
「もしかしたら、あなたの先祖がベルウリツ星人だったのかも知れませんね。彼らはまっとうな状態では、生きてはいないと思いますが」
「……?」
 どういう意味かと問えば、彼はかつて、以前のナメック星に訪れたベルウリツ星人から聞いたと言う。
 ――彼らは特殊な能力を持っていた。そう、のように。
 能力以上に稀有なもの、つまり見目麗しい容姿は一部の強力な力や金を持つ宇宙人たちの、格好の餌食になったのだという。
 星は侵略され、逃げ遅れた者は永遠の若さを無理矢理に与えられた。
「永遠の若さ、ですか?」
「そうです。と言っても、生きてはいないと言っていました。内面から氷付けにしたり、処置を施されて眠り続けたりして、玩具になったのだと」
 単なる標本――つまり、人形、おもちゃ、オブジェ。
「逃げ出した人々は、宇宙のあちこちに飛び――けれど連絡の取り様もなく、消息不明になるのだと言っていました。もし貴方がそうならば、地球にベルウリツの人が降りたことになりますね」
「……そうですね、でも」
 はきっぱりと言い放つ。
「事実はどうあれ、私は私です。という女で、大事な人がいるだけの人間。過去は関係ありません。――私は過去に生きているわけじゃないですから」
「おお、余計な話をしてすみませんでした……ごほっ」
「いえ。平気ですよ。それより、安静にして下さいね」
 微笑みかけ、治療に集中する。
 最長老も笑み、ただ静かに息を吐いた。


 そうして、悟飯たちがポルンガを呼び出して暫く――最長老は亡くなった。




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開始当初は、なんとか星人なんて設定は皆無でした。DB悟空ヒロインさんは、物凄い色々設定詰め込んでます。
2006・4・18