悟空治療中


 フリーザの宇宙船の中は、ブルマがいたら喜びそうなものばかりだった。
 壁はサイヤ人の宇宙船と同じく、つなぎ目が全くと言っていい程になかったり、機械でコーティングされていたりした。
 殆どが機械コーティングの部屋ばかりだけれど。
 手を触れると何かが作動しそうな気さえする。
 悟空を広い部屋につれてゆくと、ベジータは彼をなにやら大きなポッドの中に入れ、妙な機械をつけてスイッチを押した。
 ゴポゴポと音を立て、ポッドの中が水のようなもので浸されてゆく。
 全身すっぽり液体に覆われた悟空は、なんだかとても気持ち良さそうに見えた。
「このメディカルマシーンは旧型だが、キサマなら長い事かからず全快するだろうぜ」
「新型は?」
 が問うと、ベジータは壁の向こうを指差した。
「向こうだが、オレが壊したからな。使えん」
 液体に浸されている悟空を見やり、クリリンが呟く。
「お、溺れたりしないだろうな」
「酸素コードがついているから、きっと大丈夫ですよ」
 悟飯が示した通り、悟空の口には酸素補給用の太い装置がついている。
 回復するための機械で溺れていてはお話にならない。
 溺れる者続出なら、フリーザという人が使うとも思えないし。
 コンコンと悟空の入ったポッドのガラス部分を叩き、手をぺたっと付ける。
 彼も同じように、向こう側からの手に触れた。
 もちろん、ガラス越しなので実際には触れられないが。

「お母さんが治療してもよかったんですよね」
 悟飯が言うが、ベジータが首を振る。
「こいつがカカロットに掛かりっきりだと困る。恐らく、実力がオレに一番近いのがこいつだからな。こんな短期間に女がここまで力を付けるなど信じられんが……キサマ、サイヤ人じゃないんだろう?」
「ぜんっぜん違う。立派に地球産の女だもん。――まあ少し普通ではないかなと思うけど」
 悟空に笑みかけ、ポッドから離れる。
 少しばかり怪我をしている悟飯の腕や頬に治療を施し、すっかり綺麗にした。
「……さて。貴様らには戦闘服をくれてやろう。防御に関しては、すこしはマシになるだろうぜ」
 指で扉の外を示し、ベジータは先に廊下に出る。
 たちもそれに従って外に出た。

 廊下を歩いて、部屋をいくつか通り過ぎる。
「ここだ」
 ベジータが示したところは、ロッカーが壁伝いにくっついている場所だった。
 近くには洗面台らしきものがあるが、鏡はない。
 が女だからそういう事を気にするのかも知れないけれど、鏡がなくてどうやって身だしなみを整えるのだろうと考えてしまう。
 むしろ、身だしなみを気にするような人はこの船にはいないのかも。
 クリリンはあちこちを眺め、はぁーと気の抜けたような声を上げた。
「こいつらの文明って、地球よか進んでるよな……」
「そうみたいですね」
 悟飯が頷く。
 は苦笑した。
「私のいた地球なんて、こっちの地球より全然文明レベル低そうだけど……上には上がいるね」
 幼い頃育った地球など、車が空を飛んでいたらそれこそ一大事件である。
 宇宙へ行くと言ったら物凄いエリートが、長い間訓練を繰り返してやっと行くといった感じだし、当然ながらホイポイカプセルなんていう便利極まりないものだってない。
 宇宙を旅する事だってとんでもないのに、月より木星より、ずっと離れた星にいるのだから、サイヤ人たちの文明はとんでもないと思う。

 物思いにふけっていると、ベジータがポンポンと服のような、スーツのようなものを投げてよこした。
「そいつを着ろ。悪いがカカロットの女が着れるサイズはない」
 ……カカロットの女って。
 は顔をしかめた。
「ベジータ。私はっていう名前があるんだから、名前で呼んでよ。カカロットの女なんて長い呼称は嫌」
 言ってやると、彼は明らかに面倒くさそうな顔をして舌打ちした。
 とっても失礼だ。
 悟飯とクリリンはアンダースーツを身につけ、投げられた戦闘ジャケットを着ようとした。
 しかし、サイズがどうも合わないように見える。
「こ、これってどうやって着るんだ?」
「頭が入っても手が通らない……」
 しげしげとジャケットを見つめる2人。
「強引に着てみろ。そいつは柔らかくて、引っ張れば幾らでも伸びる。地球でオレが大猿になった時も敗れなかっただろう。だが衝撃には相当強い」
 確かにベジータが大猿化した時、彼はその戦闘ジャケットを身につけたままだった。
 普通であれば間違いなくはちきれるはずだ。
 悟飯が大猿化した時、着ていた服が全て千切れたように。
「……あっ、本当だ!」
 ジャケットの両端を持って引っ張った悟飯は、その伸びっぷりにちょっと嬉しそうな顔をした。
 モゾモゾと着込む。
 ――うーん。イメージの問題だが、息子がサイヤ人化したようでちょっと複雑。
 着終わったクリリンが2度ほど軽く跳ねた。
「うはー軽いなー。ほとんど重さを感じないぞ」
「特殊素材っていう奴かな。それともサイヤ人たちにはコレが普通なの?」
 ベジータに聞くと、
「一般的だ。貴様らは文明が低すぎる」
 あっさり答えた。
「悟空はどれぐらいで治るかな」
 クリリンに問われ、ベジータが少し考えてから答えを出した。
「そうだな。奴なら40分から50分程度で完治できるはずだ」
「そうか。――悟飯、俺、最長老様のところに行って来る。フリーザがいるかも知れないが、神龍を呼び出す合言葉を聞かないとどうしようもないからな」
「私もついてく。最長老様が怪我でもしてたら大変だしね」
 の申し出にクリリンは頷いた。
「それじゃあ、すぐ出発しよう。悟飯、あと頼むな」
「はいっ。2人ともお気をつけて」
 頷き、とクリリンは最長老宅ヘ向けて勢いよく飛び出した。


 最長老宅を目指し、ただひたすらに飛ぶ。
 眼下に見える風景といったら、ゴツゴツした岩山に繁った緑、薄いエメラルド色をした海だけだ。
 街どころか、集落すら見えない。
「クリリン。ナメック星って誰も住んでない、なんて事ないよね?」
「元々人が少ない上に、フリーザがドラゴンボールを手に入れるために滅ぼして回ったみたいだからな」
「……そう、なんだ」
 天変地異から何とか抜け出して、自分たちの星をよりよくして行こうと頑張っていたナメック星人達の事を思うと、ひどく憤りを感じる。
 元々を正せば地球にドラゴンボールがあると分かったから、こうなってしまった訳で。
 余り考え込みすぎると思考にはまってしまいかねない。
 無理矢理、考えを他所に捨てた。
「とにかく今は最長老様から――あれ?」
 クリリンがふと視線の先に光るものを見た。
 それは急速にこちらに近づいてきていて。
「誰かな。フリーザっぽくない気配だけど」
 呟く間に、その光はすぐ傍を通り過ぎようとして急停止した。
「あっ、デンデ!!」
「お知り合い?」
 急停止した小さなナメック星人(ちょっと驚いた。ピッコロそっくり!)は、最長老に言われてクリリンたちに合言葉を教えに来たのだと言う。
 ナメック星のドラゴンボールは、ナメック語でないと反応しないのだと知った。
「早くしないと、最長老様の寿命がきてしまいます!」
「……うん。デンデくん、私は最長老様のところで、治療かけてくる」
「え!? 治療、ですか」
 コクンと頷く。
 さすがに寿命を延ばすことなど出来ないが、時間を延ばす程度は出来るかもという考えからだ。
「わ、分かりました。最長老様の家はこの方向を真っ直ぐです」
「じゃあクリリン、頼むね!」
 軽く手をヒラヒラさせ、はスピードを上げて飛んだ。
 物凄いスピードにクリリンは目を瞬かせる。
 そういえば、とデンデは首をかしげた。
「あの方は一体誰ですか?」
「ああ。悟飯のおふくろさんだよ」
 ……。
「そうなんですか。地球の方はみんな飛べるんですね」
「い、いや、違うけどな」



2006・4・8