私の夫を返しなさい やって来たふたりの内、ひとりは確実に悟空だった。 だが、この違和感は一体なんだと、自分に問いかけてみる。 ――まさか。 一瞬浮かんだ考えに背筋が寒くなる。 クリリンはなんの警戒もしてない様子で、岩場から姿を現してしまった。 待って、という暇もなく。 少し話をしていたが、クリリンも妙だと気付いたのか―― 「なぁ、お前なんかちょっと変じゃないか? なんかその、雰囲気がさ。それにスカウターとかいうやつ付けてるし」 「知りたいか?」 ニヤリと笑う悟空――否――違う! 「クリリン! 悟空じゃない!!」 「クリリンさん! そいつはお父さんじゃない!!」 え、と声を上げた瞬間に、彼は偽悟空に殴られ、吹っ飛ばされていた。 体制を整えて着地する。 「……もう2匹いやがったか。スカウターにはなんの反応もなかった。戦闘力をゼロにする事も可能らしいな」 「な、なにをするんだ悟空」 がクリリンの横に立ち、言い放つ。 「悟空じゃないよ、アレは」 「そんな、どう見たって悟空じゃないか……どうなって」 悟飯もの意見に賛同した。 息子にも分かるのだろう。 雰囲気や立ち振る舞いが、どう見ても違う。 外皮は間違いなく悟空のものだが、中身はこれっぽっちも似ていない。 彼は笑むと、なんでもない事のように告げる。 「体を取り替えてもらったのさ。こっちの方が相当に強かったもんでね……」 バッ、となにやら妙なポーズを取るエセ悟空。 その後ろでジースがやはりポーズを取った。 「このオレは、ギニュー特選隊、隊長のギニュー様だ!!」 「悟空の体でそんな変なポージングをするなーーーーッ!!」 体が取り替えられたという衝撃もあるが、彼の体で、彼がやりそうもない事をして欲しくない。 にとっては凄く攻撃力がある。 ギニューはニタリと笑い、をねめつけた。 「どういう関係か知らんが、残念だな。それとも、オレのものになるか?」 「冗談言うとぶっ飛ばすわよ!!」 半分が不安、半分が怒り。 言い放つに、ギニューはクツクツ笑った。 「まあいい、早速この体を試させてもらおう。戦闘力18万以上のとんでもないパワーというやつを」 戦闘力がどうの、というのははっきり分からない。 しかし本来の悟空の強さを知っているにとって、彼の力がそのままそっくりギニューに移ってしまったら恐ろしい事になると理解していた。 「行くぞ!!」 考える暇もなくギニューが突撃してくる。 は意を決し、構えた。 矢次に攻撃してくるギニューの手を避ける。 クリリンと悟飯も必死に避けていた。 相手が相手なだけに、反撃もできず、ただ防戦一方。 しかし――なにか変だ。 ――悟空の強さをそっくり引き継いだみたいな事言ってたけど……これは。 は相手に合わせて避けながら考える。 そう、<相手に合わせて避けられる>事自体が問題だった。 もし本当にギニューが悟空の力をそのまま受け継いだなら、こんな風に避けられるはずはないのだ。 もちろん、彼が手加減(遊びとも言える)している可能性もある。 曰く、どんどん力を強くしていく――だそうだが、今時分ではもしかしなくてもの方が強い。 暫く避けていると、後ろにギニューの姿が見えた。 否、目の前にいる悟空がギニューだとすれば、ギニューの姿をしているあちらが悟空になる。 「隊長、あのやろうが追いかけて来ました」 「……ふん、よくここまで来れたな。もっと酷い傷をつけておくんだった」 「、ク、クリリン、悟飯、よく聞け! そいつはオラじゃねえ、体をとっかえやがったんだ!」 下にいるギニューの姿の悟空にはっきり言われ、は頭を抱えそうになる。 「そ、そんな……あれがお父さん……?」 悟飯が絶望感たっぷりの顔で言った。 「そ、そいつはギニューだ、遠慮なくやっちまえ! 今のおめえたちなら負けねえはずだ! ぶっとばせ!」 「そんな無茶な」 クリリンが呟く。 確かに戦闘力がそのままそっくり同じならば、大苦戦どころか誰も勝てない。 しかし悟空は心配ないと言う。 体が違うから、界王拳はおろか、気の使い方とて上手くはできないはずだ、と。 「ふん、ハッタリを! 今見せてやる!」 ギニューが気を溜め始める。 だが、スカウターを使って戦闘力を見たジースが呆然と数字を読み上げた。 「に、2万3千、ですが」 「2万3千だと!? そんな馬鹿な!」 「やっぱりね」 がニッコリ笑い、ギニューの頬を思い切りひっぱたいてやる。 激しい音がして、彼は吹っ飛んだ。 「ちゃん??」 クリリンが恐る恐る声をかけると―― 「……ウチの旦那になんてことさせんのよ」 ひっぱたいてしまった事を、ギニューのせいにしてみる。 確かに彼のせいなのだが。 心なしか、の背後には怒りオーラが立ち上っていた。 その怒気にクリリンの顔が引きつる。 「今降参して悟空の体を元に戻すって言うなら、とりあえず今あなたがその姿をしてるのを許してあげる」 ニッコリと可愛らしく笑っているのに、その笑顔からは優しさが全く漂ってこない。 ギニューは悟空の姿で怒り散らした。 「ふざけるなッ。このオレ様が降参だと!? 女相手にそんなことができるか!」 ぶんっと空気を裂き拳を打ち出すギニューだが、は軽く避け、彼の腹に重い一撃を喰らわせる。 歯を噛み締めて堪え、連打を繰り出す彼。 それら全てを受け流し、今度は往復ビンタを喰らわせた。 往復ビンタといっても力を込めているため、生半可ではない。 彼は吹っ飛び、後ろからクリリンに蹴りで追撃された。 「ほ、ほんとに勝てるな、これ」 「こ、こんなはずは……こんなはずはない!!」 叫ぶギニュー。 は彼を睨みつけた。 「さっさと元に戻ってよ! 悟空を殴りつけるのって凄く痛いんだからね!」 何故か殴っているの方が半泣き状態になっている。 ギニューは顔を歪めた。 「う、うるさい!」 あてつけのように悟飯に打ち込んだ気弾は、彼の両腕であっさりと防がれる。 やはり悟空の体を使いこなせないようだ。 どうしたら元の状態に戻るのだろうか――。 考えていると、背後で大きなエネルギーが爆発する音がした。 振り向くとジースという人がベジータによって屠られていた。 ――そこまでしなくても。 爆発音は、ベジータがジースを木っ端微塵にした音で。 同じ事を考えたらしい悟空がベジータに 「そこまでしなくてもよかったじゃねえか!」 叫ぶものの、彼は全く気にした風でもなくニヒルな笑みを浮かべている。 「ふん。やはりキサマは一生かかっても超サイヤ人になれん。資格があるのはこのオレだ」 彼はをジロッと睨みつけ、舌打ちした。 「外見がカカロットなんで思い切り攻められんようだな。代わりにオレが始末してやる」 ベジータはを突き飛ばし、ギニューに向かう。 激しくラッシュを繰り返し地表に叩き付けた。 地面をえぐるほどの衝撃で、ギニューの動きが完全に止まる。 それでも彼は攻撃するつもりなのか、体に大きな気を纏い始めた。 「も、もうやめて!」 が叫ぶが彼は口の端を上げて笑うだけ。 ――完全に息の根を止める気だ。 握った拳にじっとりと汗が滲む。 止めるべきだ――足を動かした瞬間に、ベジータはギニューに向かって真っ直ぐに突っ込んだ。 「チェーンジ!!!」 声と共に、ギニューの体から閃光が迸る。 周囲は光の奔流で視界が利かなくなり、もたまらず目を瞑った。 ――! 最悪の事態を頭に浮かべそうになり、首を振って思考を乱す。 大丈夫、大丈夫――。 ゆるりと目を開けると、 「……悟空?」 今までチグハグだった悟空の気配が、いつものものに戻っていた。 悟飯とは顔を見合わせる。 「悟空、元に戻ったよね!」 「はいっ。いつものお父さんです!」 「なに!? じゃあ今度はあっちか!」 ベジータが鋭い視線を元の体に戻ったギニューに向ける。 彼は自分自身がつけた傷で、たいした動きをすることができない。 もっとも元の体に戻った悟空は手酷いダメージを受けていて、それ以上にまともに動くことができないが。 「くそっ。しかし今度は邪魔できんぞ……チェンジ!」 また、ギニューの体から光が放出される。 ベジータの体に乗り換える気だ。 「っ……ぐあっ!」 目を閉じる寸前、の視界に悟空が何かを投げた様子が映った。 暫くして光が納まると、 「……あの人一体なにをしてるんだろ」 ギニューはカエルのような動きをしていた。 ぴょこぴょこ跳ねる姿はかなり滑稽に見える。 はともかく悟空の側により、クリリンと一緒になって彼を助け起こした。 「い、いてて……」 「悟空ごめんね、ごめんなさいっ」 泣きそうになりながら回復をかけてゆくと、ほんの少しだけ悟空の動きが軽くなった。 完治させるにはもっと時間が必要だ。 彼は苦笑し、重い動きでの頬を撫でる。 「気にするなって。あの場合、しょうがねえさ」 「うぅー……悟空を殴っちゃったー、ひっぱたいちゃったー! 自分の夫に暴行したよー!」 ひぃぃんと気持ち的に泣くと、横にいた悟飯がの頭を優しく撫でた。 「お母さん泣かないで……」 よしよしと自分の息子にされるのは安心する反面、こんな所でこんなことをしている場合ではないと思い出させてくれる。 ベジータは舌打ちした。 「家族ごっこはいいが。ギニューの奴はどうなった」 悟空は視線を横に流し、緊張した面持ちでいるように見えるカエルを示した。 「あいつがギニューさ。んで、さっきギニューの姿して逃げてったのがカエル」 「ふん。踏み潰してやろうか」 「止めなよ。あの状態じゃもう何も出来ないでしょ。声も出せないし」 が咎め、ベジータは鼻を鳴らした。 「まあいい。確かにあいつのこれからの暮らしを想像すると同情するぜ。……さて」 クリリンは肩を貸しながら悟空に問う。 「なあ。もう仙豆は」 「まいったな。もうねえんだよ」 悟飯が困ったように唸った。 「じゃ、じゃあお母さんが治すのは?」 「確かに時間かければできるけど」 野ざらしの状態では色々とまずい。 フリーザという本元の敵がいきなりやって来たらそこでアウトだ。 皮肉気に笑うベジータ。 「今なら邪魔なキサマをあっさり始末できる。……が、ドラゴンボールの件もあるし、フリーザと闘うのは特にカカロットの力が必要だからな。宇宙船の中へ連れて来い」 たちは顔を見合わせ、ベジータの率先に素直に従い宇宙船の中に入ることにした。 ……悟空を殴っちゃってゴメンなさいの気分です。 2006・3・31 |