ナメック星 1


 アラート音と共に、宇宙船の扉が開く。
 は髪を後ろで束ね、指先でぴんと弾いた。
 ――地球よりも全体的な空気が澄んでいるのか、遠くの方まで見渡せた。
 とはいえ、近隣に目立った建物の姿はない。
 誰も住んでいないのではないかと錯覚させられる。
 しかし気を探ってみれば、人の気配はある。
 数が物凄く少ない上、ナメック星人たちは戦闘タイプではないのが功を奏してか、目的の人物はすぐに察知できた。
 悟飯もクリリンも――分かりにくいがブルマもちゃんと生きている。
 だが。
「……悟空、悟飯の気が」
 かすかに震える指先を握りこむ。
 悟飯の気が、ひどく小さい。
「ああ。こっから近いから仙豆でなんとかできっだろ。――行くぞ」
「うん」
 頷き、物凄いスピードで先を行く悟空の後を追随する。
 殆ど周囲の風景が分からないような状態で、目的の場所へと向かった。

 が悟空からほんの少し遅れてその場についた時、悟飯は既に仙豆で復活していた。
 敵と思われる連中を横目にしながら、悟飯の元へ歩く。
 今、この状態で戦闘を仕掛けられるとは思っていないが、それでも警戒はしておいた。
 悟空のようにすぐさま対応できれば、こんな風にしなくてもいいのかも知れないが。
 息子の側に寄ると、彼は目を丸くしてビックリしていた。
「お、おかあさん……どうして」
「来ちゃった。――大丈夫?」
 ぼーっと立ち尽くしている悟飯に、は苦笑した。
 来ると思っていなかったのだろうか。
 私の性格を考えてみれば分かる気がするんだけどなぁ、と独白してみる。
 相変わらず目の前にいる悟飯は、どこかオロオロしていた。
「は、はい、僕は大丈夫です。お父さんに仙豆をもらいましたから……」
「うん、間に合ってよかった」
 微笑み頭を軽く撫でてやると、少しくすぐったそうに笑んだ。
「ふむ。一応聞くけど、あそこの人にやられたんじゃないよね?」
 ベジータを示しながら言うと、悟飯は首を横に振った。
 彼もまた結構なダメージを受けているようなので、おそらく逆側にいる人にやられたのだろう。
 悟空とクリリンの会話を耳にしながら、は敵と思わしき者たちを見る。
 ひとりは青の皮膚色をした長身の……おそらく男性。
 こういう宇宙人の方を見たのは初めてなので、イマイチ自信はない。
 いや、多分きっと男性だ。うん。
 ああいう女性がいたら、ちょっとビックリする。
 その横にいるのは、小豆色を明るくしたような皮膚色で、白い髪の、こちらは確実に男性。
 悟空やクリリンたちの一番近くにいるのが、今まで戦っていたであろう、がっちりした体の人物。
 オレンジ色の髪が頭皮に申し訳程度にくっついている。
 前歯はないし結構ボロボロだが、気の絶対量自体は減っていないのだろう。
 疲労というものは見えなかった。
 仙豆をもらったベジータがそれを口にし、体力と気を回復させて立ち上がる。
 とりあえず今のところ、彼に敵愾心を起こすのは止めようと決めた。
「さて、と」
 悟空が呟き、敵に向かって歩き出す。
 慌ててクリリンが止めた。
「お、おい悟空! ひとりでやろうってのか!?」
「ああ。こいつらはオラが片付ける」
「じょ、冗談だろ!」
「でえじょぶだって。、悟飯たちを頼むぞ」
「うん、分かった」
 こくんと頷き、悟飯とクリリンを下がらせる。
 ベジータには何を言っても聞いてくれなさそうなので、声を掛けなかった。
 それに彼は自分より、よほど戦闘に慣れている。
 余計なお世話だとケンカになる可能背もあるので、言葉をかけずにおいた。
「お、お母さん、お父さんを止めなくちゃ! ひとりじゃ……」
「こらこら」
 こつん、と悟飯の額を軽く叩く。
 目をぱちぱちさせての顔を見る。
「大丈夫。お父さん、すごく強くなってるんだから」
「で、でも――」
「危ないって思ったら、助けに入ればいい。でしょ?」
 ね、と諭すように言う。
 こうすればたいてい悟飯は意見を飲んでくれた。
「――大丈夫だから」
 頭を撫でてやり、悟空のほうを見やった。


 オレンジの髪の人(リクームというらしい)は、悟空に何度攻撃を仕掛けても全て避けられてしまっていた。
 挙句、大仰な技の名前を言っている間にノックアウトされる。
 ……技の名前は短い方がいいよ?

「お母さん、お父さんの動き、見えましたか?」
 クリリンも悟飯も、悟空を見たまま固まっている。
 は苦笑した。
 横にいるベジータにはどうやら見えていたようだが、クリリンと悟飯には見えていないらしい。
「私は悟空と一緒に修行してたから……目が慣れちゃってるんじゃないかな。見えるけど」
「お母さん凄い!」
「いや、お父さんの方が凄いから」
 誇らしげに笑む悟飯の姿は、やはり年相応に見える。
 本来ならば、こんな戦場に出る年齢ではなかろうに。
 しかし彼自身が望むのならば、は最大限協力するつもりだ。
 それが間違いでない限り――たとえ自分の気持ちに反していようと。
 悟空は足元に転がっている敵を一瞥し、残りのふたりに声をかけた。
「どうするおめえたち! とっとと自分の星に帰るか! それともコイツみたいにぶったおされてえか!」
 声を張る悟空に、残り2人が挑みかかる。
「悟飯、あの人たちの名前って?」
「ええと……確か、ジースとバータって言ってましたけど」
「ふぅん」
 乳製品みたいな名前だなぁ。
 悟空に向かって攻撃を仕かける2人だが、やはり全ての攻撃を防がれ、逆に攻撃を受けている。
「やっ!」
 声と共に放たれた気合で、2人が吹き飛ばされた。
 驚くクリリンに、悟飯が呟く。
「ク、クリリンさん……あのふたり、思ったほど強くないような気がしませんか?」
「そんなハズないさ。ご、悟空が凄すぎて、弱く見えるだけだ……ベジータだって敵わなかったし、ふたりとも、あのリクームってヤツと同じぐらいの気を持ってるんだぜ?」
 確かに見てくれだけでは、相手が弱すぎるように見えるのだろう。
 今まで戦っていた相手が急に負け始めたのだから。
 何をしても防がれ、避けられているジースとバータ。
 悟空はバータの背中に蹴りを入れ、弾け飛んだ彼の頭に追撃をする。
 バータは地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「もう無駄な戦いはよせ、こいつもさっきの奴も死んじゃいねえ! さっさとこいつらを連れてこの星を出ろ!」
「カ、カカロット! 何をしている!! さっさとそいつらを――」
 止めを刺せと叫ぶベジータに、悟空は言い返した。
 こいつらはもう動けないから殺す必要などない、と。
 そうこうしている間に、残った方――ジースが逃げた。
「あ!」
 悟飯が声を上げるが、悟空は息を吐くだけだ。
「しょうがねえな……仲間置いていっちまった」
「な、なあ……お前本当に悟空なのか?」
 背後にいたクリリンが震えながら声をかける。
 悟飯ですら、どこか自信がないように見えた。
 ……そんなに変わったように見えるのかな、とは思うのだけれど。
 悟空が振り向いたと同時に気配が動いた。
 ベジータだ。
 皆が驚く間に、彼はバータの首の骨を折り、リクームに気で攻撃した。
 勿論、彼らふたりはこの世のものではなくなった。
「止めを刺す必要はねえって言ったろ!」
 悟空が叫ぶ。
 しかしベジータはさも不愉快気に眉を潜めた。
「てめえの甘さにはいつもながら虫唾が走る……。なんでわざわざ一匹見逃しやがった。今のてめえになら、簡単に奴にもトドメがさせただろう!」
 絶句するに、ベジータはなおも続ける。
「どうやらキサマは、完全なスーパーサイヤ人にはなりきれなかったようだな」
「……スーパーサイヤ人?」
 が呟く。
 サイヤ人にスーパーとか普通とかがあるのだろうか。
 普通に考えれば、普通のサイヤ人より凄いサイヤ人なのだろうけれど。
 ベジータは今の悟空でも、フリーザという奴には絶対に敵わないと言う。
 暫し無言の空間が流れた。
 悟空は落ち着いた声で問う。
「オラは自分で言うのもなんだが、随分強くなったと思ってる……それでもフリーザって奴には敵わないっちゅーんか?」
「そういうことだ。闘うつもりなら覚悟しておくんだな。フリーザの強さは、恐らくお前の想像を遥かに超えているぞ」
「い、幾らなんでもちょっと大げさなんじゃないか? い、今の悟空の強さを見たろ? あ、あいつらが手も足も出なかったんだぜ、悟空に勝てるヤツなんているもんかよ……」
 クリリンが薄笑いを浮かべながら言うが、ベジータはそれを静かな目で流した。
「だったら闘ってみるんだな。おまけに……」
 眉根を寄せ、苦々しい表情でフリーザが去った方角を見やる。
「今頃フリーザのヤロウは、ドラゴンボールで不老不死を手に入れてしまっているはずだ。これでどう考えても勝ち目はあるまい。ヤツに会わんように祈るだけがせいぜいだ」
「い、いや!」
「クリリン?」
 が首を傾げると、彼は先を話し出した。
「ここのドラゴンボールも地球のと一緒なんだったら、神龍が出る時に暗くなるはずなんだ……でも」
「まだ、それがない?」
ちゃんの言う通り、ないんだ。明るいままだから、多分――まだなんじゃないかと」
「シェンロンだと? なんだそいつは。ドラゴンボールが揃うと何かが出てくるのか!?」
 ベジータの疑問の声に、悟空は明るく声を上げた。
「そうか! あいつら合言葉を知らないんだ! 7個全て揃えればそれだけで願いが叶うと思ってたんだ。まだオラたちの願いを叶えるチャンスはある!」
 合言葉と聞いて歯軋りをするベジータに、喜ぶ地球陣。
 もホッと息をついた。
「何とか上手くボールを取り返せるといいんだけどね」
 呟くに、悟空が頷く。
「ベジータ、お前ならあいつらのこと詳しいだろ。何かいい方法はねえかな」
 ふん、と鼻先で笑い飛ばすベジータ。
 ……そんな悪笑いしないでよ。
「フリーザを倒すつもりじゃないのか?」
「できればそうしてえトコだが……まずは、おめえに殺された地球の皆を生き返らせるのが先決だ。界王様にも、フリーザとは絶対に闘うなって言われてるしな」
 一応守るつもりはあったのかと、ちょっと感心。
 状況にもよるだろうけれど、と付け加えつつ。
「そんなくだらない願いを叶えても、そのうち地球ごとフリーザにぶっ潰されりゃ、何にもならんだろ。それよりこのオレに不老不死の願いを叶えさせろ」
 あのねえ、とは眉間にしわを寄せた。
「それじゃあ、私たちにとって不利な事に変わりはないでしょ。だめだめ。却下します」
 きっぱり言い放つと同時に、気の乱れを察知した。
 2つの大きな気がこちらに向かって来ている。
 先ほど逃げたジースが、ギニュー体調とやらを連れて来たのだとベジータが言う。
 ふ、と彼が何かを思いついた。
「どうかした?」
「いや……ギニューのヤツがボールを持って行ったんだぞ。宇宙船の位置にフリーザがいたはずだが……アイツは今どこに」
 悟空が指で方向を示す。
「あっちの方角の高い位置に強い気がある。そいつが多分フリーザだろ」
 示された方角を見た悟飯とクリリンが驚愕の声を上げた。
 突然の事に、は少し驚くが、告げられた内容の方が衝撃的だった。
 フリーザがいる方向は、最長老とやらがいる場所で、おそらくは願いが叶わないから 直接ナメック星人に聞き出しに行ったのだろう、と。
「あ、あいつ願いの叶え方を聞き出したら、絶対に最長老さんたちを殺しちゃうよ!!最長老さんが死んじゃったらドラゴンボールもなくなっちゃうのを知らないんだ!!」
 悟飯の言葉に、は冷や汗が流れるのを感じた。
 ――なんて残酷で短絡的な!
「お、お父さん来たよ!」
 悟飯が上を向く。
 邪魔者でしかありえない2人が現れた。
 宇宙人さんのディテールって、ほんとによく分からない。
 サイヤ人の尻尾なんて全然可愛いもんだ。
 悟空はギニューとジースから視線を外さず、後ろのたちに話しかける。
「おめえたち、ドラゴンレーダーでボールを探してくれ。あいつを倒す事が出来たら、オラもすぐ行くから」
 は頷く。
「宇宙船にそのまま置いてあるとは思うけど」
 彼はベジータにもうひとりを倒せと頼んだ。
 サイヤ人の特性――死にかけて全快すると、力が物凄く増える――で、敵わない相手ではなくなっているはずだからだ。
「よし、行ってくれ!」
 頷き、達はその場から飛び去った。
 まずはドラゴンレーダーを取りに行かなければならない。


2006・3・17