宇宙旅行路 4 「なあ、何ではそんなに軽々動けんだ?」 ウォーミングアップと称した腕立て伏せをしながら、悟空は文字通り、身軽に動くに問う。 ナメック星に向かっているこの宇宙船の中の重力は、今現在、修行のために80Gもの負荷がかかっている。 だいぶ体になじんでいるのだが、悟空との動きには差がある。 は走り回るのをやめ、胸を上下に弾ませて苦笑した。 「ほら、私は自分の能力で、体にかかる負荷を浮かせられるでしょ」 「もしかして、おめえ今、80倍の重力かかってねえってことか?」 「うん。さすがに悟空と一緒の重力だと、潰れて動けなくなっちゃうと思ったから」 ごめんね、と舌を出す。 悟空の修行の妨げになりたくなくて、重力を増やす事を了解したのだが、20倍程度から一気に50倍。 そこまではまだ良かったのだが、その後の80倍では、とてもではないがには付いていけなくなった。 少しだけ踏ん張ってみたのだが、動く事は到底無理に思えた。 目的地に着く前に、ボロボロになっていては、お話にならない。 は仙豆を自分に使う事を、良しと考えてはいないから。 ので、異能力『空間適応』を使わせてもらっている。 だから、悟空より軽く動けるのだが。 「って言っても、勿論全部をカットしちゃってるわけじゃないよ? 全部ナシにしちゃったら、修行にならないから」 「まあそうだなぁ……」 は悟空の横に立つと、神経を集中し、気を奔流と成し、立ち昇った気と異能力の混ぜこぜになったそれを、少し離れた所から己に向けて叩きつけた。 鈍器で体の内面から打たれているような、鈍い衝撃が体全体に走る。 「っぐ……」 「、あんま無茶すんじゃねえぞ……」 心配をかけるつもりじゃなかったのだが。 「大丈夫。ちょっとは打たれ強くならなきゃ。悟空に私を殴ってって頼んだって、無理でしょ?」 「無理だなあ」 苦笑する悟空。 組み手ならばまだ良いのだが、一方的な殴りとなると、修行とはいえ悟空ははばかる。 が幾ら気にしないと言っても、絶対に攻撃しない。 それは、彼が本気で殴ったらが壊れてしまうとか、そういう性質のものではなくて。 ただ単純に、彼女を一方的に傷つける事を是としない、というだけのものだ。 彼女は、隣で腕立てを続ける彼を見やる。 地球の80倍もの重力負荷がかかっているのに、そこで指1本で腕立てをしている。 自分には到底真似できないと思う。 悟空には悟空の、自分には自分の戦い方があるので、別段それを苦にしたりはしないが。 暫く修業した後、悟空はにひとつ頼みごとをした。 その進言に彼女は目を丸くしたが、彼はいつもの通り、飄々としている。 「なあ、オラそんな無茶な事言ったか?」 「む、無茶っていうか……私にそれをやれって?」 「ああ。だってさ、オラよりおめえの方が、気功波の威力たけえだろ?」 の気功波は、単純な気の放出だけではない。 元来持っている『物質破壊』の異能力と『気』を混ぜるため、全力で力を発揮すれば、それこそ悟空を吹っ飛ばす程度の力はある。 ただし、実戦では他にも気を散じるために、そう頻発できたものではないし、確実に威力が削がれるので、どれほど通じるかは敵の実力にもよるが。 腕立て――指立て――をやめて、反動をつけて立ち上がった悟空は、にかっと笑い、にもう一度お願いをする。 「なあ、頼むよ。オラの修行のためだと思ってさあ」 「……全力で1発。半分で2発。どっちがいい?」 腕を組み、顎に手をやって上目遣いに問う。 悟空は考えもせずに言った。 「全力で1発」 は嘆息し、正面にいる悟空を見やる。 彼までの距離は、大股で10歩という所。 打ち込む気弾は真っ直ぐ彼に当てるわけではなく、宇宙船の中にある柱を周回して、悟空に当たる事になる。 「よっし、いいぞ! 思いっきし頼む!」 「……うん」 瞳を閉じ、体内に脈々と息づく異能力を引っ張り上げる。 手を構え――気を溜めてゆく。 ゆるりと目を開き、息を整えながら手に集約する力を更に凝縮していく。 集まった光が収縮し、その周囲に覆い被さるようにまた新たな気が増える。 次第に光は大きくなり、電撃が迸る。 船内に風が吹き遊び、や悟空の頬を強く撫でた。 「……いくよ」 「ああ!」 全身に力を入れ、真正面から気功波を受ける体制の悟空。 は手に集約したそれを解き放った。 「行けっ!」 予想以上の力に、撃ち出したの体が押される。 反動で少しばかりよろけて、そのままストンと腰を落としてしまう。 異能力を爆発的に高めて解放したため、気が息切れを起こしていた。 一方で発射した気功波は、勢いをつけて悟空に迫った。 「っ!!」 最初は腹で受けていた悟空だったが、押し負かされ、だんだんに足が後退していく。 鋭い痛みと衝撃が体に苦痛を与え、たまらず両腕で押し返しにかかる。 青白い気弾とそれに纏わりついている黄金色の電撃が、悟空の体力を著しく奪う。 「っぐ、う……」 どんなに踏ん張っても、ほんの少ししか押し返せない。 ついには気に負けて体が吹っ飛んだ。 強かに壁に背を打ち、少しばかり咳き込む彼。 「ご、悟空……ごめ、ん……だいじょぶ?」 完全に床にへたり込んでいるは、心配そうな声色で悟空に声をかけた。 彼は後頭部をさすりながらゆっくり立ち上がると、の側に寄る。 「ああ。オラはでえじょぶだ。おめえは?」 「うん。私のは一時的な非情処置みたいなもんで……平気だけど」 「すっげえなぁ。オラ完全に負かされたぞ」 押し負かされてしまった悟空は、本当に感心したように言う。 力量はどう考えても彼の方が上だが、全力を使えばとて抗えるだけの力はあるという事の証明だ。 ……ただ、一度使うと暫く大した事が出来ないというのは、問題であるが。 「実戦じゃ使えないから、あんまりね。修行の助けになるならいいんだけど」 「なるなる! オラ、あれを苦なく防げるようになっからさ!」 は笑み、 「私だって負けないんだからね」 言ってのけた。 折角の宇宙だというのに、ロマンチックさなどカケラもない2人なのであった。 2006・3・7 |