宇宙旅行路 3




、そろそろ30倍いってみっか」
「うん。そうしよっか」

 悟空とがそんな会話をしている折、彼らの耳に――正確には心に響いてきた声があった。
 の義父、界王だ。

『悟空……聞こえるか? 悟空……あれ??』

 最後の『あれ?』が気になったが、とりあえず返事を返す悟空。
「界王様か!」
『お、おう。いかにも界王じゃが……もおるのか。お前たち、もしかしてそこは宇宙か?』
 と悟空は顔を見合わせた。
『お前たち一体宇宙なんかでなにを……あ、そうか! ドラゴンボールじゃな。見つかるといいのう』
 ひどく間の抜けたセリフに、は少しばかり肩を落とした。
 このぶんでは、ナメック星になにが起きているのかも知らないのだろう。
 界王の癖に鈍いなぁと、こっそり思ったりするである。
 悟空は呆れるに笑いかけると、界王に声をかけた。
「なんだよ〜、界王様なんにも知らなかったんか? ナメック星じゃあ、とんでもねえ事が起こってんだぞ?」
『まあ、それは後で聞くとして』
 ……後回しにするなよと突っ込みを入れたくなる娘。
『じつはな、ここに客がきおったんじゃよ』
「客? それがどうかしたのけ?」
 不思議そうに言う悟空。
 界王は声に笑いを含ませて言った。
『凄いぞ、今度の客はお前より遥かに短い時間で蛇の道をクリアーして、ここに到着しおった。しかも4人いっぺんにじゃ』
 4人。
 その数字に覚えがある。
 はもしかして――と思考を巡らせ、
「それって私たち、すごく知ってる人でしょ」
『当たりじゃ。みんな悟空がしたよりも厳しい修行を望んでおる』
 やはり間違いではないらしいと確信する。
 悟空も<4人>が誰かに思い当たったらしく、喜びの声を上げた。
「そりゃすげえ! みんな揃いも揃って界王様んとこに着いたってか!!」
 界王を通して話をしたところによると、辿り着いたのはと悟空の予想通り、ピッコロ、ヤムチャ、天津飯――最後の1人は予想と違っていたが――餃子だった。
 彼らは皆、死んでしまった神様から界王星のことを聞き、蛇の道をひた走り続けて辿り着いたのだと聞いた。
 は蛇の道を通った事がないのでよくは分からないが、相当苦労するようである。
 移動能力で、ぽんと星に行けてしまう自分を、ほんのちょっぴり申し訳なく思ったり。

『ところでお前達、なんで宇宙にいるんじゃ?』
 界王の質問に、悟空が説明をはじめる。
 ナメック星にベジータが現れたこと。
 クリリンたちはまだ生きているが、宇宙船が壊れて帰れなくなったこと。
 そして――
「おかしな奴らもドラゴンボールを狙ってるらしい。妙なことに、そいつらの格好はベジータとそっくりだったそうだ……しかも、そのうちのひとりは、ベジータの気を遥かに凌ぐって……」
『なっ、なにぃ!!』
 界王、それからヤムチャの驚きの声が響く。
 無理もない。
 悟空が手におえなかったベジータよりも強い人物がナメック星にいるなど、普通ならば考えたくもないことだ。
 界王は恐ろしい事実を聞くかのように、悟空に問う。
『そ、そいつはひょっとして、フリーザという名前では』
 は首をかしげた。
「父さん、冷凍庫がどうかしたの」
『違うっ! フリーザじゃ!! 冷凍庫ではないっ!!』
「……ふぅん?」
 場違いなセリフを口にしただったが、彼女はその名前に覚えなど全くない。
 悟空も同様で、知らないと口にした。
『そ、そうか……』
 界王が動揺している気配が、声から理解できる。
 そんなにヤバい人なのだろうか。
 途端に悟飯やクリリン、ブルマたちの安否が心配になり始める
 地球に来た際のベジータの様子を考えるに、同じような姿や考え方をした人物が、彼より温厚で、優しい性格をしているとは考えにくい。
 しかも強いとなると――嫌な想像が頭をめぐる。
『ちょっと待っておれ。い、いまわしがナメック星を調べてやる』
「ほんとか? 頼むよ」

 暫く時間が空く。
 その間、妙な胸騒ぎと共に、は沈黙していた。
 沈黙は、界王の叫びに似た声で破られる。

『フ、フリーザ!!』
 驚愕の声に続いて、界王は矢継ぎ早に口を動かした。
『い、いいか悟空! 今度ばかりは相手が悪い。というか、最悪の奴だ。とても手におえる相手ではない……ぜ、ぜったいに手を出すんじゃないぞ』
「な、なんだよそれ……」
 界王の発言に、悟空は眉を潜める。
 もどうしたのかと問うが、焦ったような叫びが返ってきた。
『界王の命令じゃ! 奴には近づくな! ナメック星に着いたら仲間の3人を連れて即刻脱出しろ!』
 お前のためだけに言っているわけではないと、界王は息もつかぬ勢いで言う。
 下手に手出しをすれば、地球のみならずナメック星、その他の星にも影響が出ると。
 そこまで言われてしまえば、普通は引き下がるのかも知れないが、相手は悟空だ。
「そ、そんなに凄えのか……ちょ、ちょっと見てみてえな」
『ぜったいに近寄るんじゃないぞ!! わかったか!!!』
 きーんと耳鳴りがするほど叫ばれ、思わずは耳を両手で押さえた。
「と、父さん、声おっきいよ」
『いいかっ。、お前も近づくんじゃないぞ!』
 こちらにまで飛び火してきましたか……。
 私はのこのこ会いに行ったりしないよと、ため息混じりに言う。
 わざわざそんな、超危険人物に会いに行きたいとも思わないし。
『悟空』
「……? ピッコロ?」
 声が変わったのに気付き、がその名を呟く。
 彼はいつもと全く変わらない口調で、意地でもドラゴンボールを集め、生き返らせろと告げた。
 そして生き返ってナメック星に行き、2人でその『フリーザ』をボコボコにしようと。
 それきり、通信は切れた。
 多分、界王が無理矢理ホットラインを切断したのだろう。
 変なことを言われて、悟空がその気になる前に。
 は息を吐き、彼を見やる。
「どうするの?」
「まあ、今は考えねえで修行する。強くなるに越したこたねえからな。一気に50倍でやってみっかな!」
「うわぁ、50倍かあ……うん」
 分かった、と頷く
 悟空が支柱についている重力装置を動かし、50Gにセットする。
 ぶぅんと羽音のような音が耳に入り――それから一気に体が下に引っ張られた。
 悟空は踏ん張っているが、はそのまま崩れ落ちる。
 彼の修行の邪魔にならないよう、ずりずりと壁の方へと移動した。
「で、でえじょぶか??」
 奥歯を噛み締めながら言う悟空。
 彼ですら相当厳しいのに、が立ち上がるなんて出来やしない。
 体全体が下に引っ張られ、床に手をついて息をゆっくり吸い、吐く。
 心配そうにしている悟空に、は顔を向けた。
 手を振るという芸当すらできないからだ。
「へーき、だいじょぶ。ほんっとにマズくなったら、私の体が勝手に防御反応してくれるから……」
「そっか……。じゃ、じゃあ……とにかく、修行再開だ……」

 それでも、は以前より立ち上がる事に時間を割かなかった。
 訓練のたまものである。


2005・2・28