カリン様印の仙豆 晴れた日の午後。 はちょっとした買い物を終え、悟空のいる病室に戻ってるところだった。 病院受付を抜け、病棟へと入っていく。 ――ふと、見慣れた人物を見つけて声をかけた。 「仙人さまー?」 悟空の病室へ向かっているのであろう仙人は、後ろから声をかけられて振り向き、の姿を認めるとその場で足を止めた。 早歩きで仙人の前に立ち、会釈する。 「こんにちは。お見舞いに来てくれたんですか?」 「おお。それもあるんじゃが。……ちぃと話があっての」 妙に神妙な顔をしている仙人。 は嫌な想像を巡らせてしまいそうになったのだが、おしりの辺りに伸びてきた気配に、回避行動を取っていた。 気配の場所を見やれば、亀仙人の手が。 「……仙人さま」 真面目な顔をして何をしてくれるのだ、この人は。 とうに百歳を越えた老人のする事とも思えない行動は、相変わらずではあるけれど。 亀仙人は仕切りなおし、とばかりに、わざとらしい咳払いをひとつ落とす。 「詳しくは、病室に行ってからにしようかの」 分かりましたと頷き、仙人の後ろを歩く。 前を歩いていると、またいかがわしい手が伸びてきそうだったので。 ブルマのように鉄拳制裁できないのは、の性格であろう。 病室に戻ると、悟空は看護婦と主治医に、なにやらお説教をされていた。 話を聞くと、どうもがいない間に腹筋をしていたらしく。 発見した医者と看護婦に、強制的にベッドに戻されて、お叱りを受けていたのだそうだ。 は丁寧にお辞儀をする。 「お、お手数かけました……」 「手のかかる患者さんですなー、ははは」 軽く笑って流してくれる医師に、もう一度お礼を言い、買って来た荷物を置いて、悟空の隣に座った。 彼は入り口付近にいた亀仙人に気付くと、にかっと笑ってみせる。 「じっちゃん、来てくれたんか」 「おお。ちょっと話もあったんでな……見舞いのカステラじゃ」 「サンキュー」 ことんと荷物を備え付けテーブルの上に置くと、亀仙人は悟空のベッド脇による。 は聞きたかった事に話題を向けた。 「で、その話っていうのはなんですか?」 「実はさっきな。――2時間程前になるが、ブルマたちから通信が入っての」 その言葉でと悟空は顔を見合わせた。 悟空はがしようとしていた質問を、先に口にする。 「無事、ナメック星についたのけ?」 「きゃっ!」 小さな悲鳴が上がり、は眉根を寄せて仙人の横にいた看護婦を見た。 それから直ぐに、亀仙人を剣呑な目で見やる。 多分、看護婦のおしりを触ったのだろう……大事な話の最中に、なに考えてるんだ師匠。 激しく突っ込みを入れたくなった。 突っ込みを入れて話が脱線すると、またそれはそれで厄介なので、睨みを効かせるだけに留めておくが。 咳払いをした医師に妙な弁護を入れた後、亀仙人は話を続け出した。 「確かにナメック星にはついた。しかし、ブルマたちだけではなく、ベジータというあのサイヤ人も、どうやら星にやって来たようじゃ」 それを聞いた悟空が叫ぶ。 「ベジータが!」 は思わず握り拳を作っていた。 ベジータがいるという事は、明らかな危機がそこに存在するという事で。 だが、それだけで済まなかった。 仙人はひどく神妙に、先の言葉を続ける。 「それだけではない。いまさっき、ウミガメから連絡が入った。新しいブルマの情報じゃが、それによると――ナメック星には、ベジータのほかにもヤツの仲間が10数人はいるらしい。乗って行った宇宙船は、そいつらに壊されて航行不能なんじゃと」 「そんな――」 拳に、心持ち汗が滲む。 どうしようかと気を揉んだところで、ここは地球。 ブルマたちはナメック星だ。 どうしようもない。 不安がじわじわ溢れてくるに、仙人は更に酷な言葉を告げた。 「しかも、少なくともそのうちひとりは、ベジータを超える気を持っておったと」 フラつきそうになる足を、しっかり地面につけておく。 そもそも、ナメック星の情報を持っていたのはベジータだ。 少なくとも、ベジータがあの星を訪れる事を、もっと危機的に考えてもよかった。 已むに已まれぬ事情でナメック星へ向かったのだから、仕方ない事ではある。 けれど、やはり悔やまれてならない。 自らの友人と息子を、むざむざ危険に晒してしまっているのだから。 俯くに、悟空が心配そうな瞳を向ける。 「……」 「よう、生きてたか」 場違いなまでに慇懃無礼な声。 時と場合が違えば、友好の言葉以外の何物にも聞こえなかったのだろうが、間が悪かった。 突然の訪問者、ヤジロベーは手に布袋を持ち、ふてぶてしく入り口付近に立っていた。 「なんだよ、せっかく来てやったのにシケたツラしやがって」 ……あの話を聞いて、意気揚々としている人物は、悪いがここにはいない。 事情を知らない、看護婦さんや医師はともかくとして。 ヤジロベーはずかずか中に入ると、片手に持ってる布袋を軽く上げた。 「ほれ。仙豆が出来たからよ。カリンさまがよ、おめえに出来た7粒全部もってけって」 「ほんとか! グッドタイミングってやつだな!! は、はやく食わせてくれ!!」 焦りと喜びの入り混じった表情で、ヤジロベーにせっつく悟空。 ヤジロベーは1粒仙豆を取り出すと、ぽいっと彼の口の中に放り投げた。 彼はカリカリと音を立てて仙豆を噛み、それを飲む。 「よっし」 意気込み、ニッと笑うと、悟空は空中前転してベッドから床に立った。 へ? と、ひどく間の抜けたような顔をする医師と看護婦をよそに、彼は腕と足にはまっていたギプスを粉々に砕く。 くるりと振り向き、 「、界王様が送ってくれたオラの道着どこだ?」 「うんと、そこの棚の中にしまってあるよ」 示された場所をがさごそと探す。 入院着を脱ぎ捨てて、山吹色の道着に着替えた。 となると、次に来る行動はには簡単に予測できる。 「よし、オラこれからナメック星に行ってくる!」 ヤジロベーから残りの仙豆を受け取り、窓側に移動した。 仙人は困惑したまま問う。 「ど……どうやって行くつもりじゃ?」 それにはが答える。 「前、ブリーフ博士に宇宙船作っておいてくれって頼んだんです。出来ててくれるとありがたいんですけど……とと、悟空ちょっと待って」 は買い物した袋と、以前から持ってきていたバックパックを急いで手にし―― 「仙人さま、後の事お願いします」 丁寧にお辞儀をした。 悟空は、彼女がどうするつもりかなど分かっているのか、なにも言わない。 ただ、手を差し出した。 「んじゃ、行くか」 「うん!」 手を取り合って、窓から外に躍り出た。 ひぃっと後ろで恐怖と驚愕の声が上がるが、そんなもの全く気にせず悟空は筋斗雲を呼ぶ。 の腰に手を回し、落ちないように支えてカプセルコーポレーションへと急いだ。 2006・1・24 |