帰ると、悟空の姿がベッドの上から消えていた。



入院生活 5



 昼を過ぎ、夕暮れよりはまだまだ時間がある頃合い。
 天気はよくて青々とした空が気持ちいい。
 そんな中、病院の一室で
「全く悟空の奴は……」
 丁度見舞いに来た亀仙人が大きくため息をつく。
 も同じくため息をついた。

 少しばかり断りきれない仕事が入ってしまい、病院を抜け、急いで戻ってきたが見たのは、もぬけの殻となったベッドだった。
 シーツに触れるとひんやり冷たく、大分前からいなくなっていた事を教えてくれる。
 看護婦も医者も気付かないのはどういう了見だと、普通なら文句のひとつも出るのだろうが、彼は人の気配(気)を読める。
 人がいない頃合いを狙って脱走など、お手の物なのかも知れない。
 窓の鍵はかかっているので、舞空術でここから飛んでいた可能性は低い。
 多分、歩きであろう。
 亀仙人が、かぶっていた黒い帽子をテーブルに置きつつ、に問う。
「どうするんじゃ?」
「どうもこうも、探して連れ戻すに決まってます」
 少々怒りを滲ませた声で言う。
 背中を向けられているが、声色で怒りを感じ取ったであろう亀仙人は、それでも
「まあ、悟空らしいがのう」
 の心中を察していないような言葉を吐いた。
 けれどその言葉は的を射ている。
 戦闘狂ともいえる彼だからこその行動。
 いつまたベジータ――サイヤ人――が襲い掛かってくるとも知れない状況で、いつまでものんびりしていられるはずもなく。
 ――が、は亀仙人を剣呑な目で見た。
「分かってます。彼らしいですけど、でも、心配する方の身にもなって欲しいです」
 ……心配する界王の言葉を、夫のために、あっさりと投げて捨てる娘の言う言葉とも思えない。

「で、どこにいるか分かるのか?」
 椅子に座って、完全にくつろいでいる亀仙人を背後に、窓の近くで頷いた。
「どんなに小さくったって、彼の気は分かりますよ」
 さらりと言い、は悟空の気を探し始めた。
 普段は暖かな波動を持つが大きい彼の気。
 今は弱々しいが、それでも常人のものとはかけ離れている。
 ――動いていない。
 倒れて動けないのだろうか。
 それとも急に具合が悪くなって――悪い方へと思考が飛んでしまい、は焦って亀仙人に告げた。
「仙人さま、私行ってきます!」
「お、おい、どう――」
 亀仙人が言葉を全て言い終える前に、彼女の姿は掻き消えていた。
 『空間転移』。
 悟空の側にならば、たいていの場所に行けてしまうという、便利な能力。
 それを使ったのだ。
「……どうやって連れて帰る気かのう」
 呟きに答える者は誰もない。

 跳んだ先は、茶色い岩山の上だった。
 乾いた風が地面に粉塵を巻き起こしている。
 ここは、亀仙人の気の位置から察するに、西の都から東南へ飛んだところだ。
 遠目には、均された道が見て取れる。
 開発区域から外れた場所である事は、間違いない。
「……悟空は」
 気持ちを落ち着け、気を探る。
 人が他にいないようで、あっさり位置を補足できた。
 岩山をひとつ飛ぶと、崖があった。
 その崖下に、彼はいた。
 大の字になって倒れている。
「――っ」
 死んでいるわけじゃないと分かってはいても、ベジータ戦での彼の姿と同視してしまい、背筋に寒気が上る。
「ご、く……悟空っ」
 慌てて下におり、彼の側に近寄る。
 地面に膝をついて、片手を取った。
 どの位こうしていたのか知らないが、かなり冷えている。
 動きはない。
「ねえ、悟空っ。起きてよ、ねえってば!」
 半ば叫ぶように。
 懇願するように、言葉を吐く。
 泣きそうになっている自分に、泣くなと何度も言い聞かせ、彼に声をかける。
 無意識的に、治癒能力を使いながら。
 ――ぴくん、と指が動く。
 それから肩が動き――目が開かれた。
 悟空はを見て取ると、ばつが悪そうに苦笑いをする。
……わ、悪ぃ。オラさぁ……」
「言い訳なんて聞かないからね!」
 半泣き状態で言うと、悟空はひどく怒られた子供より小さくなった。
 はゆっくりと治癒を施し、ある程度まで気を回復させる。
 これで、多少は動けるはずだ。
 彼は体を起こそうとしたが、動く事をが止めさせた。
 ギプスも取ってしまっている今、変に動かせばひどい事になりかねないからだ。
 怒りと泣きそうなのとで、肩を少しだけ震わせているにの頬に、彼はそっと手を伸ばした。
 治っている方の腕を上げただけで顔をしかめるのに、どうして修行なんてしようとしたのかと文句を言いたくなる。
「……ごめんな」
 言い、指先で頬を撫でる。
 は彼の手を取り、自分の手を絡ませた。
 俯いたまま、怒気を含んだ声で呟く。
「のんびりしてられないっていう気持ちは分かるよ。悟飯やクリリンやブルマがナメック星に行ってる状態で、修行もしないで、寝てばっかりいるのが辛いのも分かる。でも――」
 ああ、泣きそう。
 こういう時は、昔みたいに顔に出さないで泣ければいいのにと、本当に思うのだけれど。
 結局悟空には見透かされてしまって、意味がないかも知れないが。
……」
 ぽつん、と腕に落ちた雫に、悟空は本当に申し訳なさそうな顔をした。
「私は悟空が心配なのっ。――お願いだから無茶しないで。せめて入院中ぐらいは」
 片手でぐしぐしと目を擦り、涙を拭く
 彼は苦笑した。
「本当にごめんな。もう、勝手に出てったりしねえから――泣くな」
「……悟空が泣かせるから、私泣き虫になってる気がするよ」
 小さく笑み、は残った涙を瞳を閉じることでやり過ごした。

 2人から亀仙人の元に連絡が入ったのは、夕暮れを過ぎる頃だった。
 面会時間ギリギリで入って来た連絡に、亀仙人はため息をつく。
「――で、今どこにおるんじゃ?」
『今、西の都の東側にある村で電話借りてるんだけど……筋斗雲で運ぶのにも限界があって』
 なるほど、と亀仙人は頷いた。
 どこからか悟空を筋斗雲で、何とか運んできたのはいいものの、風が冷たくなってきて、さすがに上空で運ぶのに抵抗を覚えたのだろう。
「よしよし。それじゃあ今からブリーフ博士に頼んで、何か乗り物をまわしてもらうでな。暫く待っておれよ、よいか」
『はい、分かりました。ありがとう仙人さま』
 言うに、亀仙人は鼻の下を伸ばし――
「お礼ならぱふぱ……」
『……それ、悟空に言ってもいいですか』
「い、いや冗談じゃよっ! 冗談!!」
『ならいいです。それじゃ、お願いしますね』
 電話をピッと切り、亀仙人は嘆息した。
「……悟空に知られたら怖いからのう」
 ひとりごち、ブリーフ博士に電話をするのであった。




2006・1・10