入院生活 3





「はい、食事ですよー」
 配給係の人が、食事を運んでくる。
 礼を言い、はそれを笑顔で受け取って、悟空の前に出してあるテーブルの上に乗せた。
「相変わらず少ねぇなあ……」
 膳の上に乗っている食事を見つめて、単純に感想を言う悟空に、は苦笑いを浮かべ、自分の持ってきた荷物の中から重箱を取り出した。
 悟空の食事量は、病院が用意するそれをはるかに超えているため、は毎日家で重箱詰めの弁当を持参している。
「そっち綺麗にしちゃってからね」
 はい、あーん。
 と語尾にハートマークをつけながら、食べさせるような状況なのだろう。
 ……普通は。
 だがと悟空のそれは、普通とは少々かけ離れている。
「はい」
 口の中に入れてやった、病院食である魚が、あっという間に消える。
 ご飯を差し出せばそれも消える。
「はい次」
 味噌汁を口元に持ってゆけば、ずぞーと凄い勢いで飲み干してしまう。
「はい、はいっと」
 その要領で、玉子焼きやらお新香やら、ささーっとすっかり空っぽになる容器。
ー、次。おめえの弁当食わしてくれー」
「はーい」
 ぱか、と重箱を開けると、病人に食べさせるとは思えないような品が詰まっている。
 おにぎりはまだ良いとして、骨付き肉はどうなのか。
 野菜も入れなければバランスを崩すだろうという事で、どどんとでっかいロールキャベツ(肉なし)も入っている。
 悟空は骨付き肉をねだり、はそれを受けて彼にそれを食べさせる。
 あっと言う間に、彼の口の中に消えていく肉。
 スピードが速いため、丸呑みしているかのようだが、彼曰く、『ちゃんと食べている』だそうだ。
 ちゃっちゃと全てを食べ終える。
 重箱5段で、腹八分目にも少々届かない彼の胃袋は、かなり驚異的だ。
「はい、おしまい」
「ぷはぁ、美味かった。ごっそーさん!」
 本来なら手を合わせるところだが、両手が骨折で塞がっているために、それはできない。
 第一、両腕を骨折していないのであれば、が食わせてやる事もないし。
「悟空の食べるスピードについて腕を動かすのって大変」
「そっか? おめえは少食だかんなぁ」
「私は普通だと思うんだけど」
 苦笑いし、テーブルの上を占拠している重箱や膳を片付ける。
 ミネラルウォーターを飲ませ、キャップを閉めてサイドテーブルに乗せた。
のメシは?」
「私はいつもの通り、来る前に食べてきちゃった」
 悟空のベッド脇にある椅子に座り、一息つく。
 彼が入院しているため、寝たり起きたりは病院でしている。
 家に戻るのは、自分や悟空の身支度のため程度だ。
 幸いながら、都で簡易的に仕事をしていたりするために、収入面で対して苦労はないけれど。

 午後、が一度外で簡易的な買い物をして、悟空の病室に戻ってくると、彼は看護婦に体を拭いてもらっていた。
 ちょっとドキリとしながらも、荷物をテーブルの上に置いて椅子に座る。
「おけえり」
「うん、ただいま」
 看護婦は、人のいい笑みでに話しかける。
「どちらへお出かけだったんですか?」
「ええ、私の夕食と――それから果物を少し」
「奥さんも看病で大変ですね」
 いえいえ、と首を横に振る
 看護婦は悟空の体をタオルで拭いたり、当てたりしながら綺麗にしていく。
「なあ看護婦さん。これってがやっちゃダメなんか?」
「これって?」
 が不思議そうに問うと、悟空はタオルを目で見た。
 体を拭くのを、妻にやらせてはだめかと、質問しているのだと気付いたらしい看護婦はくすくす笑った。
「適当にやっているように見えて、きちんとした手順があるんですよ。さんが覚えてくれれば、私どもは手間が省けて良いですけど」
 それを聞いた悟空の目がを真っ直ぐに見た。
「なあ! 覚えてくれよー」
「い、あう……そんな急には無理だと……」
 ねえ? と看護婦に目を向けると、大丈夫ですよと軽く言われてしまった。
 仕方なくは手順を習い、その後は毎日体を拭く事になった。

 看護婦が立ち去った後、は問う。
「ねえ悟空、なんでいきなり体拭いてなんて言い出したの?」
 彼はベッドに横になったまま、顔だけを彼女に向けた。
「だってオラ、にやって欲しかったからさあ」
「えー……と、それは」
 理由なのだろうかと首を傾げる。
 悟空はにっこり笑った。
「おめえが怪我したら、オラが拭いてやっかんな!」
「……あ、う……と、あり、がとう」
 恥ずかしいよという言葉が、彼の笑顔に負けて出てこないであった。



2005・11・15