入院生活 2



 からりと晴れた西の都の空。
 つい先日、地球が危機に晒されていた事など、まるで嘘のような気さえする。

 ミイラ男状態から、何とか普通のベッドに寝るまでに回復した悟空は、手足をギプスで固定した状態のまま、修行に励む……事はなく静かに横になっていた。
 は、悟空のベッドから向かって右側――窓の近くに座っている。
 あふ、と小さな欠伸をしてから大きく伸び上がった。
「んー……はぁ」
「暇だなぁ」
 悟空がボヤく。
 確かに、いつもならば修行をしている時間帯だ。
 入院生活なので致しかたない事とはいえ、悟空にはキツイだろう。
 動かず、じーっとしているなんて、が考えたって、悟空のキャラではないのだから。
 かく言うとて、暇でない事はない。
「なあ、おめえ暇だろ?」
「うーん……まあ確かに忙しくはないよね。どっちかっていうと暇」
「じゃあ、どっか出かけてきたらどうだ?」
 な? と言う彼には少し考え、ベッド脇に肘をついて、彼の側に顔を寄せる。
 少々ベッドが軋んだ。
「それって、私がいたら邪魔ーって事?」
「ち、違うって!!」
 発言に心持ち慌てながら、更に言葉を続ける悟空。
「オラと違っては動けっだろ? その……オラのせいで、つまんねぇ思いしてるんじゃ悪ぃなぁと……。オラは1人でも平気だしさあ」
 それに続けて、小さく付け加える。
「……そりゃ、いてくれた方が嬉しいけどよ」
 けろっと言いたかったのだろうが、少々照れが混じっているのを隠しきれていない。
 珍しい事もあるもんだ。
 は微笑み、元のように、椅子にきちんと座りなおす。
「大丈夫。私は私が好きでここにいるんだから。それに――」
 少し考え、
「それに、出かけても結局悟空が気になっちゃって、早々と戻ってきちゃうよ。きっと」
 苦笑いしながら言った。
 ただ側にいるだけに見えるし、事実その通りではあるのだが、それでも、悟空の側にいるだけで、自身が安心できるのだ。
 変に目を離すと、なにをしだすか分からない夫。
 重症患者だと言うのに、修行したいとごねる彼を、押し留めておかねばならないし、そういう意味では暇ではない。
 単純に側にいたいという面もあるし――確かに暇は暇なのだけれど、悟空1人を置いて、あちこち出歩いて遊ぶなんていうのは、ちょっと想像が付かない。
「……悟空は本を読むタイプではないしね……悟空のほうが暇じゃない?」
 は文庫本などを手に取って読めるが、両手をギプスで封じられている彼には、それすらできない。
 まあ、できたとしても本を読むタイプではないのだが。
 ただテレビを見ながらボーっとしているのは、それはそれで苦痛だろう。
「オラのほうが暇っちゃ暇かぁ……そうだなー。の顔ずっと見てるぐらいしかできねぇもんなぁ」
「……やめてよ」
 じっと顔を見られ続けたりしたら、恥ずかしいではないか。
 思わずそっぽを向く
 悟空は小さく笑んだ。
「冗談だって」
「……もう」

 昼食を食べ終わって暫くした頃、部屋のドアをノックする音がした。
「はーい」
 が返事を返すとドアが開き――見知った人物が入ってきた。
 髭を蓄え、飄々とした感のある男性。
 ブルマの父だ。
「やあ孫くんにちゃん。どうかね? ああ、これは手土産だ」
「ありがとうございます、頂きますね!」
 フルーツの詰め合わせ籠を博士から受け取り、サイドテーブルに乗せると、ベッドの脇側にある来客用椅子に座ってもらう。
 博士は座ると悟空の状態を見て、うむ、となにか納得したように頷いた。
「ははぁ……確かにブルマに聞いたとおり酷い状態だなぁ」
「まあなー。生きてるだけマシだけどな!」
 あははと笑う悟空。
 全く……笑い事じゃないというに。
 は博士にコーヒーを出した。
「お見舞いありがとうございます。……ブルマたちから連絡は?」
「ああ、まだ通信は入ってないなぁ。1ヵ月の道のりだからね、まだまだ先は長いだろうし、特筆するような通信もないという事かな」
 コーヒーをすすり、息を吐く博士。
 には、悟空がなにか考えているらしい事が見て取れた。
「悟空?」
「あ、いや……うーん。なあ博士、オラ用にもう一台宇宙船作っといてくんねえかなぁ」
「もう一台?」
 博士が目を丸くして悟空に問う。
 は首を傾げた。
「もしかして悟空……ナメック星に行く気?」
「なにがあるか分かんねぇだろ? 用心にこしたこたねえさ」
 確かに正論だ。
 しかし、
「悟空……そんな事言ったって、あの精度の宇宙船なんて、もうないじゃない」
 現実には、ナメック星へ行ける程の宇宙船など、地球上に存在しない――はずだ。
 悟空はニッと笑い、と博士の両名に告げる。
「オラの兄貴が乗ってきたっちゅー奴と、オラ自身が乗っかってきた宇宙船なら、まだ残ってっだろ?」
「あ! そっか! ……兄様のヤツは悟飯が壊しちゃってたけど」
 サイヤ人の星からやって来た悟空が、乗ってきた宇宙船――盲点だった。
 それがあれば確かに行けそうだが。
 悟空は更にお願いを付け加える。
「それでさ、博士……悪ぃんだけど宇宙船探して改造してくれっかなぁ。できれば中で修行できるように、重力コントロールできるのを付けて欲しいんだ」
「重力コントロール? どれ位かね」
「んー、大体100ぐれえかな」
 博士は髭を撫でながら上を向く。
「んー、まあ大丈夫じゃろう。人口重力装置自体はそう難しくはない。ただ宇宙船の方じゃな。早速探しに行ってみよう」
「たのんます!」
「す、すみません……なんか色々と……」
 は丁寧にお辞儀をした。
 いやいやと首を横に振る博士。
 悟空は亡き爺様から聞いた、宇宙船が落ちてきたらしい大よその場所を告げ、博士に全てを任せる事にしたようだ。

 博士が帰って後、は自分の体をマジマジと見やっていた。
「……、なにしてんだ?」
 不思議そうな表情で問う悟空に、体をあちこち見たまま返事を返す。
「ねえ、私もまだ強くなれるかな」
「オラが見たトコだと、まだ行けると思うぜ? 気はまだ上がるような感じがするしなぁ……」
 ただ、戦闘向きかと問われると微妙かもしれない――と思うのは自身。
 身体的能力でどうしても差がついてしまうし、かといって戦闘中の回復はおっつかないし。
 この間のベジータ位は、簡単にのしたい所であるが。
 ……悔しいし。
「うーん……星に行くかどうかはともかく、人口重力装置のお世話にはなりたいなぁ」
 呟き、窓の外を見やるのだった。



2005・10・14