2つの脅威 6



 尻尾がなくなり、人型に戻ったベジータは、尾を切られた事に大激怒していた。
 悟飯の元へと飛んでいくと、彼は一撃を見舞う。
「どうした……サイヤ人と地球人の混血は、強いんじゃなかったのか?」
 見下ろして笑うベジータ。
 はやっとこさ体を横向きから仰向けにし、横目で悟空を見やった。
 ボロボロなんて表現では、飽き足らない状態だ。
 かくいうの方も、決して軽傷ではないのだが、彼に比べると雲泥の差がある。
 クリリンが吹き飛ばされ、暫く後に悟飯が投げ飛ばされてくる。
「悟飯……」
 悟空が悟飯に向かってなにやら話しかけるが、の意識はベジータの方に向かっていた。
 夫の言う事は分かっている。
 悟飯を戦わせ、クリリンに元気玉――殆ど消し飛んでしまったけれど――のエネルギーを渡し、彼にそれを完成させてもらって、ベジータに攻撃を加えるつもりなのだろう。
 が悟空の立場ならばそうする。
 そうするしか、ない。
 なにせ悟飯はまだ気を使いたてで、元気玉を練り上げるだけの気のコントロールは、難しすぎて出来ないだろう。
「ごは……っがは!」
「!!」
 悟空の腹に一撃が入る。
 ベジータは酷く残酷な笑みを浮かべて、悟空を蹴り、ウサを晴らしているように見えた。
 ただのウサ晴らしではない。
 確実に痛めつけて殺そうという――そういう思考の働いた攻撃だ。
 は、自分の体が傷ついている事などすっかり忘れ、ベジータの腕を掴んでいた。
 自分でもどう動いたのか分からないが、気付けばベジータの背後に回って彼の腕を掴み、振り飛ばしていた。
 確たる怒りが胸を燃やす。
「っぐ……きっさまあ……」
「私の……私の旦那様をこれ以上傷つけるなんて、許さないっ!!」
「ならばキサマから始末してやる!!」
 肩を上から殴りつけられ、地に叩きつけられる。
 すぐさま追撃しようとするベジータは、に拳を振りかざすが――急にその姿が消えた。
 ――否、消えたのではなく、気を受けて思い切り後退したのだ。
「悟飯……」
「お母さん、ボクも戦います!」
 後ろに立っていた悟飯がを立たせる。
 彼女は小さく微笑み、悟飯と一緒に、ベジータに向かって攻撃を仕掛けた。
「悟飯っ!」
「はい!」
 なにを言わずともベジータに向かう悟飯。
そ の横では棚に手を付き、悟飯が攻撃されそうになった瞬間に、石を投げ、異能力を使い、ベジータの真横で破裂させる。
 目くらましにぐらいはなるはずだ。
「邪魔だ!」
「邪魔してんのよ!!」
 怒りに燃えているのは、ベジータだけではない。
 とて同じ。
 攻撃目標をに絞ったベジータは、女と見くびって突っ込んできた。
 す、と手を後の大岩棚に当て――単純な異能力を使う。
「な、なんだこれはっ!」
 岩が次々と、それこそ意思を持ったように、ベジータに襲い掛かる。
 鋭い刃のように尖った岩は、目くらましにもなる。
「邪魔だ、この……っ」
「はっ!」
「ッ……!!?」
 ベジータの腹にの一撃が、背中に悟飯の一撃が決まる。
 岩は、の意志によって空に浮く事をやめ、バラバラと下に落ちていく。
 腰を重心にして回転し追撃しようとするも、さすがにそこまでは許してくれない。
 ベジータは憎々しげにを見やると、腕を振り上げ、みぞおちに一撃を喰らわせる。
「っかは……」
 一瞬息が止まる。
 前かがみになった後頭部をベジータが狙うが、
「お母さん!!」
「チッ」
 悟飯の攻撃によって救われた。
 もし後頭部に攻撃を見舞っていたら、最悪、気絶していたかも知れない。

――どの位の時間戦っていただろう。
 は暖かなエネルギーの波動を感じていた。
 多分、元気玉がクリリンの手によって、なんとか出来上がったのだろう。
 それを当てられるか――成否はそこだ。
「うわあっ!!」
「悟飯!」
 ベジータが悟飯を殴りつける。
 彼は笑いながら、悟飯に最後の止めを刺すために走った。
 止めに入ったが、気弾を打ち込まれ、弾き飛ばされる。

「ばっきゃろー! さっさとそれやっちまえ!!」

 戦いに必死で気付いていなかった。
 が振り向いた時には、クリリンの手から、元気玉がベジータに向かって進んでいた。
「はーーっ!」
 片足を上げそれを避けるベジータ。
 ヤジロベーの声が、結果的に敵に攻撃を知らせる事になってしまった。
 元気玉は後ろにいた悟飯に向かう。
――当たる!
 だが、元気玉は悟飯の手を経由して、ベジータに当たった。
 閃光が走る。
 遥か上空に向かって、ベジータの体をそっくりそのまま持っていった。

 は喜びよりもなによりも先に、悟空の元へと走った。
 抱きつきたかったが、完全に体の自由を奪われている彼の姿を見ては、躊躇してしまう。
 側に膝をついて精一杯笑う。
「悟空……ごめん、こんなにボロボロじゃ私の力じゃ治せないよ……」
「は、ははっ……生きてるだけいいさ。おめえこそボロボロだな……でえじょぶか?」
「うん、だいじょ……」
 ドスン、という音と共にベジータが地に落ちてきた。
 驚いては声を詰まらせた。
 受け身も何もない。
 元気玉の強烈なエネルギーに全身をやられ、ただ地面に仰向けに倒れている。
 クリリンが何気なく近づき、小さく息を吐いた。
「……とんでもねえ奴だったけど、墓ぐらい作ってやるかな」
「――キサマらの墓をか?」
「!!???」
 聞こえるはずのない声にぎょっとする。
 体がはっきり強張った。
 ベジータは、元気玉を喰らって尚、生きていた。
 クリリンが殴り飛ばされ、殴り飛ばした者など気にもせずに、ゆっくりと近づいてくるベジータに、は体が底冷えした。
 ――レベルが、違う。
 諦めない、諦めたくない。
 けれど、コレは一体どうすればいいのか。
「ゴミどもめ……いい加減にしてくたばっちまえ!!」
 ベジータの力が膨張するのを感じ取った悟空はに言おうとした。
 逃げろ、と。
 しかしそれが声になる前に、衝撃が体を襲う。
 圧縮された空気が一気に爆発して、爆心地であるベジータ以外の者たちは、吹き飛ばされた。
 体に蓄積したダメージも手伝って、は動く事が出来ない。
 他の仲間がどうなったのかを確認しようと、目を必死にこじ開けるが、見えたのは地面だけ。
 悟空は――皆は――?
 気配が動く。
 ベジータのものが、悟飯の気に近づいていく。
「おね、がい……っ」
 なんとかしたい一心で、体を持ち上げる。
 気を保つ事を止め、全力で己の体に回復を掛ける。
 背後で起こっている事を止めなければ、悟飯が――。
 脂汗を浮かべ必死に体を起こした時、ヤジロベーの声が届いた。
 悲鳴ではなく、攻撃の際の叫び。
 ある程度自由になった体を捻って、状況を見やると、ヤジロベーが攻撃したのか、ベジータは地面に伏していた。
 しかし彼はすぐに立ち直り、ヤジロベーを攻撃し始める。
 元々の驚異的なパワーは削がれているため、一撃で死を蒙るような事はないようだ。
 他のメンツを確認すると、とてもじゃないが動けそうにない。
 かく言うとて、戦えるかどうかと言われれば、多分――。
「悟飯!! 空だ! 空にある光の玉を見るんだ!!」
 悟空の声が響き渡る。
 仰向けになっていた悟飯が、それに従って空を見――そして、変貌を始めた。
 息子の体が大猿に変化していく様を、この状況にあっても、冷静に見れる母親がいるとは思いがたい。
 驚きに目を瞬かせ、大猿化したそれが息子なのかと本気で訝る。
 大猿にならせまいと、ベジータは必死にシッポを引っ張っていたが、焦っていたのもあってか、彼はそれに失敗した。
 大岩を持ち上げ、凶暴に吼え猛る息子。
 は暴れる息子に、一筋の願いを込めて叫んだ。
「悟飯! ベジータを……サイヤ人を攻撃して!!」
 暴れていた悟飯が、ぴたりとその動きを止めて声のした方――つまり、を見た。
 恐れもなくひたと息子を見つめ、再度叫ぶ。
「サイヤ人を攻撃してーーっ!」
 声を限りに言うの言葉が通じたのか、悟飯は標的を絞った。
 ベジータに向かって岩を投げつける。
 クリリンはその様子を見て小さく笑った。
「は、はは……っ……悟飯は……半分は地球人なんだもんな……!」
 悟飯はなおも暴れ、ベジータを踏み潰そうとしたり、殴りかかったりする。
 疲弊したベジータは、それを避ける事が出来ない。
「く、くそっ……!!」
 大猿の悟飯は、なにかの戦略に基いて行動しているわけではない。
 や悟空、クリリンに被害が及ばないとも限らないけれど、今の状況では只1つの勝利の可能性なのだ。

「グォオオオーーーン!」

 大きく吼え、悟飯がジャンプした。
 シッポが重力で下に垂れ下がる。
 そこを狙って、ベジータがクリリンの気円斬のような物を作り出し――
「くそったれーーー!!」
 ――投げた。
 まっすぐな軌道を描き、シュパン! と音を立てて尻尾が切れる。
 だがベジータは、小さくなりながらも、まだ大猿の状態が続いている悟飯の体の下敷きになった。
 虫の息状態で、それでも彼はなにかリモコンを操作し、宇宙船を呼び出した。

「くそ……このオレが撤退する羽目になるとはな……」


2005・8・30