2つの脅威 5



 最初にそれに気付いたのは、クリリンだった。
「な、なんだ……あれ。俺たちがやって来た方向だ……やけに明るいな」
 言われ、止まってクリリンの言う方向を見ると、確かに明るい。
「星じゃないようですけど……」
 悟飯の言う通り星ではない。
 が戻るべきか考えていると――その明るい光のある当たりから、凶悪な気が膨れ上がっている。
「と、とんでもない気だ……」
「お、お父さん大丈夫でしょうか……」
 はなにも言わず、ただその場所を見ている。
 どうすればいいのかは、分かっている。
 どうしなければいけないのかも、分かっている。
「……迷った時は、自分の気持ちに素直が一番だよね」
 誰にともなく言い、悟飯と目を会わせる。
 悟飯はしっかりと頷いた。
「ボク、戻ります!」
「私も行く!」
 しかしここからでは相当の距離がある。
「ちょ、2人とも!!」
 クリリンがおろおろしている間にと悟飯はハイスピードで戻っていく。
「お、オレも行くよ!!」

 焦る気持ちが胸を焦げ付かせる。
 悟空の気が――暖かさが徐々になくなっていく。
 の体が冷え込んで行く。
 最悪の結末なんて想像したくもない。

 暫く進んだ後――は気付いた。
「っ……私のアホ!!」
「お母さん??」
 急に止まったに、悟飯が問う。
「私わざわざ飛ぶ必要ないじゃない!! 悟飯、クリリン、私先に行ってるから!」
 言うが早いか、意識を集中して――跳ぶ。
 『空間移転』だ。
 悟空の元へと移動するだけならば、大した苦労はいらない。
 ただ彼の元へ行きたいと、強く願えばいいだけ。
 焦って自分の<能力>を忘れていたなんて、なんてバカ。
 ――しかし、この場合攻撃の最中に出てしまうのは最悪だ。

「……!?」
 悟空の側に出たと思った瞬間、大きな茶色いものが目の前を過ぎる。
 思考よりも先に体が反応し、大きく後に飛びのいた。
「な……」
 飛びのきながら、過ぎった茶色いものに視線を当て、は心底驚いた。
 悟空は界王拳を使っているのか、赤いエネルギーの尾を引いて、あちこちを飛び回っている。
 その彼を追う敵――つまりベジータ――のはずなのだが、その姿は。
「大猿……?」
 もし、その大猿が、サイヤ人の着ていた、戦闘服のようなスーツを身につけていなければ、多分この猿がなんなのか分からなかっただろう。
 驚異的なのは大きさだけはなない。
 気の力も元より強い。
 大猿になっているのにスピードも速い。
 的が大きいのが有利とか、そんな状態ではない。
 悟空が弾き飛ばされるのを見て、は思わずその背中に気弾を撃ち込んだ。
 大猿はピタリと動きを止め――ゆっくりと後ろを向き、ニヤリと笑った。
「ほう……逃げたのではなかったのか?」
「そのつもりだったんだけどね……というより、やっぱりあなた、ベジータなんだ」
「サイヤ人は満月を見ると大猿になる……。カカロットは尻尾をなくしたために、この崇高な力を味わう事ができないがな」
 じんわりとした汗が額に浮かぶ。
 ベジータの向こうに見える悟空の姿は、最後に見たときと比べれば、酷く疲弊していてボロボロである。
 ……いや、実際ボロボロだ。
 限界ギリギリの所で戦っているのだろう。
 気は削がれてベジータに敵いそうもない。
「カカロットを心配するより、自分の身を案じたらどうだ?」
 ぐあっと大きな手がを捉えようとし、彼女は慌てて身を翻すものの、スピードに歴然とした差がある。
 気付いた時には握られ、そのまま悟空の横に叩きつけられていた。
!!」
 瞬間的に舞空術を使ったために、ダメージはない。
「だ、大丈夫……」
 口唇をきゅっと引き締め、ニヤつく笑いを浮かべているベジータを睨みつける。
 なんで戻ってきたとか、悟空には色々言いたい事もあるのだろうが、今はそんな場合ではない。
 悟空は視線をベジータに固定させたまま、にだけ聞こえる声で告げる。
……頼みがあんだ。アイツを倒すには元気玉しかねえ……でも」
「元気玉を作るには時間がいる。やる事は分かってるよ」
「……すまねえ」
 彼に小さく笑みかけ、
「出来る限り、やってみる」
 たん、と音を立てて地を蹴った。
 悟空とは逆に意識がいくように、ベジータを誘導する。
 向こうの方が圧倒的にスピードが速いため、避けるのも全力だ。
「やっ!」
 気弾を打ち込むが、ベジータは避ける事すらしない。
 当たった所で、毛ほどもダメージを負わない事を知っているからだろう。
 彼に体の正面を向けたまま、舞空術で後に進み、一気に気と異能力を混ぜ合わせた融力を叩きつける。
「当たれぇっ!!」
 ぎひゅんと奇妙な軌道を描き、洸弾がベジータに着弾する。
「ぐ……!!」
 防御するまでもないと、完全に力を抜いていたのか、ベジータが眉間にしわを寄せた。
 着弾した部分を見て、腹立たしそうに睨みつける。
「地球の女が……このベジータ様に痛みを与えやがって!」
「――!!」
 体に衝撃を受け、悲鳴を上げる間もなく岩に叩きつけられる。
「っかは……っ!」
 咳と共に、口の中に血の味が広がった。
 瞬時に片腕を犠牲にした事で、全体としてのダメージは少々薄くなったはずなのに、それでもこの衝撃。
 骨を折ったのだろうか、体を起こすのに時間がかかる――。
「!? カカロット……!!」
「ごく……っだめ!!」
 ベジータが、倒れたを見せ付けようと振り向いた時、悟空が元気玉を作ろうとするのを見てしまった。
 危険を察知したか、巨漢とは到底思えない動きで悟空に近づき、張り飛ばす。
「っぐああ!」
「はははは! なにを考えているか知らんが無駄骨だ!!」
 素早い動きに悟空は付いていけず、逃げる事も出来ない。
「う……っく」
 は岩に背中をこすりつけながら、膝の力で立ち上がると、舞空術でベジータと悟空の間に入る。
「女ぁ……!!」
、目をつぶれ!!」
 言われるままに目を閉じる。
 真横で悟空が叫ぶ。

「太陽拳!!」

 目を閉じていても、瞼のシールドを通して光が入ってきそうな程の光量。
 ぐんっと手を引かれて目を開けると、ベジータから大分離れた岩場の上に立っていた。
 悟空は既に元気玉の作成に入ってる。
 は彼の前に立ち、ベジータからのアクションを極力妨害しようと構えた。
 後ろにいる悟空の体に、地球の気が収縮していくのが分かる。
 温かい――。

「そこか!!」

 視力が戻ったらしいベジータは、あっさりと2人を見つけた。
 しかしまだ距離はある。
「できた……よしっ!」
 が彼の邪魔にならないようにと、少しばかり横に移動した瞬間――
「そこか!!」
「「――!!」」
 ベジータの口から、エネルギー波が放出された。
 防御壁を張るが、バキンと言う音と共に壁が崩れる。
 急作りの壁では、殆どエネルギーを削ぐ事が出来ず、は悟空と一緒になって吹き飛んだ。
「……っ……う」
 軽く脳震盪を起こしている。
 自覚しながら、無理矢理は頭を起こした。
 途端に聞こえてくる悲鳴に、体が一気に熱を持った。
「悟空!!」
「邪魔だ!」
っ」
 無謀にも殴りかかろうとしたは、大猿化したベジータの分厚い手の平に叩き落とされた。
 背中を打ちつけ、悟空の横に転がる形になる。
「ぅ……げほっ」
「邪魔が入ったが……カカロット、これからお前の心臓をうっかり潰してやる。惚れた女の隣で死なせてやるオレの優しさをありがたく思え」
 指を、心臓に突きたてようとしたベジータに、悟空が気を放つ。
 油断していたのか、ベジータは目に気を直に受け、大きな傷が出来た。
 血が流れ出る。
「きっさまぁ!!!」
 怒りに燃えたベジータが悟空を掴み、力を込めた。
 骨が折れるリアルな音がの耳に届く。
 耳を覆いたくなる程の、悟空の悲鳴。

「やめろーー!! お父さんを離せ!!」
「ごは、ん……?」
 霞みそうな目を瞬き、しっかりとその姿を見る。
 確かに息子の姿が、少し離れた岩場にあった。
 クリリンの気もある。
 よくよく探してみれば、もう1つ――別の気がある。
 面識はそう多くないけれど……ヤジロベーと言う人の気ではなかったか。
 ベジータは気付いているのだろうか?
 悟飯が気を惹き、クリリンが気円斬を作り出す。
 狙いはベジータのシッポのようだ。
「だあっ!!」
 気合と共に気円斬を投げつける――が、ベジータは後を見ず、ジャンプして避けた。
「バカめ、気付いていないとでも思ったか。シッポの事を知っていたらしいが……残念だったな」
 ぐぐぐ、と悟空の頭部に力を入れるベジータ。
 カッとの頭に血が上る。
 その血の上った頭で、その状況をしっかり把握できたのは偶然だった。
 ヤジロベーが剣を構え、ベジータのシッポに切りかかる所を、視界に捕らえたのだ。

 斬。

 小気味のいい音がして、尻尾が切れた。


2005・7・29