悟飯が筋斗雲の上に乗っていた。
 目が霞んでいるのは、涙のせいなのか攻撃を受けたせいなのか分からない。
 けれど、これだけははっきり分かる。

 悟空が、来てくれた。


2つの脅威 4


 ナッパの<挨拶>と称した一撃を、あっさりとすり抜け、悟空は筋斗雲に乗った悟飯の側に、いつの間にか自然に立っていた。
「悟飯、こっちへ」
 ゆっくりと歩き、悟空はの側へと寄り、彼女を立たせてやる。
「でえじょうぶか?」
「あは……う、ん……なんとか」
 ふらつきそうになるのを、悟空が肩を抱いてやる事によって止める。
 そのままクリリンのところまで歩いてゆくと、悟空はクリリンと悟飯に、仙豆を差し出した。
 クリリンと悟飯は最初渋っていたが、
「食わないなら捨てちまうぞ」
 申し訳なさそうにしながら仙豆を口にした。
「わりぃな……おめえの分はねえんだ……けど」
「大丈夫だよ。二人に比べれば大したダメージじゃないから、自分で回復できるもん」
 言いながら、既に体の中で回復力を巡らせているのか、淡い緑の光が傷の周辺を優しく撫でている。
 悟空は頷き、キッと2人のサイヤ人を視線で射抜いた。
 ごくり、とノドを慣らす
 ――彼は酷く怒っている。
 当たり前だが、仲間を殺された事、自分が遅くなってしまった事に対して、激しい怒りを立ち上らせている。
 当初は、クリリンと悟飯も参戦しようと思っていたようだが、それは彼に一蹴された。
 は静かに言う。
 怒りを震わせている夫に対してではなく、その仲間と息子に対して。
「大丈夫、私たちじゃ邪魔になる可能性の方が高いから……ね、離れてよう」
 悟飯の頭をぐりぐりと撫で、クリリンを見やり、それから悟空を見る。
 彼は怒りの表情を緩ませ、笑んだ。
「……、悪ぃな」
「ううん。……情けないよ、怖くて力半減。もっとべこべこにできれば、よかったんだけど」
 などと言う無茶を言い、息を吐く。
 悟空はの頬をそっと撫でた。
「おめえ悟飯と一緒で実戦始めてだかんなぁ。気後れして当たりめえだ。……ほれ、いいからクリリンたちと離れて休んでろ」
「うん」
 頑張って、と静かに言い、はクリリン、悟飯と一緒に離れた岩場に身を預けた。
 岩に背を預けると、悟飯が心配そうにに問う。
「お母さん、背中、大丈夫……?」
 上服はともかく、インナーは界王があしらえたものだったので、破けたりはしていない。
 もし、破けているぐらいの気を受けていたら、かなりの大ダメージだが、ベジータが本気ではないにしろ、の防御壁を超えて来る過程で、相当威力をそがれたようだ。
 心配そうに見つめる息子に、精一杯の笑顔を見せてやる。
「大丈夫よ。治るから……」
 言う間にも、背中の傷は癒されている。
 仙豆のように失った体力を元に戻したりはできないが、表面的な傷を回復するだけでも、相当動きに差が出る。
 あのサイヤ人の攻撃を受けて、このぐらいでいられるのは、父との修行が効いているおかげだろう。
 非常に感謝する。

 悟空はといえば、ナッパの猛攻撃をあっさりとかわしていた。
 も目を向け、悟空の戦いを見守る。
 目にも止まらぬ――とはまさにこの事で、クリリンは思わず呟いていた。
「な、なあ……悟飯。今の、見えたか?」
「い、いえ……お母さんは?」
「え? 2人とも……見えない……の?」
 不思議そうに問う
 クリリンは悟飯に耳打ちした。
「……もしかしてお前の母さんって、実はとんでもないんじゃないか?」

 悟空からの攻撃を受け、確実にダメージを負っていくナッパ。
 下級戦士に圧し負かされているという怒りから、完全に頭に血が上っているナッパに、ベジータが激しい怒号を飛ばした。
「ナッパ! 冷静に判断すればとらえられん相手ではなかろう!! 頭を冷やせ、この愚か者め!!」
 空気を割らんばかりの声に、ナッパは少々冷静になったのか息を整えた。
 悟空に攻撃を仕掛けるが、先ほどまでとは多少違って、動きを捉えられている。
 上空で戦っているため、よくよくは分からないが、どう見ても悟空が優勢だ。
「勝てる……勝てるぞ!」
 興奮気味にクリリンが言い、悟飯が喜んで頷く。
 ナッパがかぱっと口を開き、悟空に向かって高濃度の気を発するも、かめはめ波によって切り返され、逆にダメージを受ける結果となる。
 それを見たベジータが、苛々しながら大声を出した。
「もういい、ナッパ、下りて来い! 貴様ではラチがあかん、オレが片付けてやる!!」
 なにやらもごもごと喋っていたナッパは、ゆっくりと下降してきた。
 しかし――ナッパの視線が、たちを捕らえた。
「し、しまった!! 3人を……!!」
 気付いた時には遅く、悟空はナッパの背中を追いかけるのが精一杯。
 はハッとして2人の前に出ると、瞬時に構える。
 気を叩きつけるとしても、サイヤ人を怯ませるほどの力を練る間に、攻撃を食らう。
 ならば――。
「畜生、っ……界王拳!!」
「っ!?」
 声と共に、ナッパの後ろにいたはずの悟空が、物凄いスピードで背中に攻撃を喰らわせる。
 普通ならば到底届かないはずのスピードが、一気に異常なまでの伸びを見せた。
 ナッパは攻撃を受け、完全に戦えない体になった。
 ベジータの横に投げられ、殆ど動く事もできないナッパ。
は小さく息を吐いた。
「界王拳……」
「凄いじゃないか悟空! ど、どうなってんだ、界王様って人に教えてもらった技なのか?」
 悟空は頷く。
「ああ、界王拳っていって、上手く行けば力もスピードも破壊力も防御力も、全部アップする」
「……な、なんだよ、人が悪いなぁ。それなら始めから……」
 がクリリンの肩を掴み、首を横に振る。
「ダメなの。界王拳は全身の気をコントロールして、瞬間的に増幅させる技で……つまり、 使い手の体に負担が大きくて……無理すれば悟空がまいっちゃう」
「へえ……って、なんでが知ってるんだ?」
「……あ、うん。ちょっと色々……後で説明する」
 一瞬後。
 ナッパの体が、ぶわりと大きく空に投げ出された。
 4人の視線が、一気にベジータとナッパの2人に引き寄せられる。
「べ、ベジータ!!」
 ナッパが叫ぶ。
 呼ばれた当人はニヤリと笑い、
「動けないサイヤ人など必要ない」
 物凄いエネルギーを放射し――爆発の後に、ナッパの姿はなかった。

 悟空はと悟飯を抱え、ベジータを見下ろす。
 クリリンはの手につかまっていた。
 は悟空と同程度の速度で上昇できるのだが、それでもやはり、彼は彼女を護らずにいられなかった。
 あの一瞬――舞空術で空中に逃れていなければ、エネルギーの余波でダメージを受けていたかも知れない。
 ベジータの力の片鱗を見た悟空は、3人をカメハウスへ戻す事にした。
 それに異議を唱えたのは悟飯だけ。
 は静かに諭す。
「悟飯、私たちがいると悟空は思いっきり戦えない。だから、戻る。いい?」
「お母さん……は、はい、分かりました」
「それと悟空、場所を変えて戦ってくれる?」
……いや、それは別に構わねえけど……なんでだ?」
 クリリンがハッとしてを見やり、後を引き継ぐ。
「みんなが生き返る可能性があるんだ。だから体が無茶苦茶になったら悪いだろ?」
 ピッコロがいなくなった事で、神様も消えた。
 ドラゴンボールはもう地球にはない。
 けれど、クリリンもも1つの可能性を頭に描いていた。
「詳しい事は悟空があいつに勝つ事ができたら……!!」
「そうだな……勝たなくちゃな」
 ふぅ、と大きく息を吐き、動きのないベジータを見やる。
 横からクリリンがそっと手を出した。
「……いつもお前にばかり運命を任せて悪いな。死ぬなよ、親友!」
「ああ。……悟飯、生きて帰ったらまた釣りにでも行こうな」
「はいっ」
 悟飯の頭をぐりぐりと撫で――それからを見やる。
 彼に対して、なにを言えばいいのか、には分からない。
 ただその胸に顔を押し付けた。
 悟空もの身体を受け止めるだけで、言葉を発しない。
 想いだけを残して、体を離した。

 ベジータと悟空が場所を変え、飛んでいった後に残された3人は、小さくため息をついた。
「……とにかく、カメハウスへ行こう」
 クリリンの言葉に従い移動し始めた。


 は悟空の飛んでいった方向を見つめ、暫くその場に浮いていた。
「お母さん?」
「今いくから」
 呼ばれ、口唇を噛み締め――振り切るようにカメハウスを目指した。




ベジと悟空との一騎打ち状態のところは、さすがにお邪魔できません。
と言う事で、一旦避難。

2005・7・5