2つの脅威 3



「ふん、待っても無駄だったようだな……」
 は歯噛みしながら、ゆっくりとピッコロ達の元へと戻る。
 クリリンは焦りの色濃い声で、に問う。
「な、なあ……悟空なんで来ないんだ!?」
「クリリン……多分まだこっちに着いてないんだよ……」
 蛇の道は長いと聞く。
 はそこを走っていないのでよくは分からないが、悟空は半年掛かったと聞いている。
 ――今の彼なら、少なくとも2日程度で飛んでくるだろうが――。
「この世に来てるなら、直ぐに気で分かるでしょう? まだあの世にいるという事だから……」
「くっそう……」


 サイヤ人を現状の戦力で倒す方法というのは、そうとう難しい事だろう。
 ピッコロはその辺を一番よく分かっているようで、ひとつの提案を出した。
 サイヤ人は尻尾が弱点……なのだそうだ。
 は、悟空に尻尾が生えていた事すら知らなかったから分からないのだが、ともかく、ピッコロはその尻尾を狙う事にしたようだ。
 クリリンが、ナッパの注意をめいっぱい引く。
 その隙を狙ってピッコロが尻尾を掴み、悟飯とが弱ったナッパを攻撃する。
 算段は上々。
 しかし――。

「ピッコロさん!!」
 悟飯が叫ぶ。
 は動きを完全に止めて、その状況に見入ってしまった。
 ――サイヤ人というのは、シッポが弱点なんじゃなかったの!?
 聞かされた情報との相違に体が強張る。
 ナッパは尻尾をつかまれたまま、ピッコロの頭部に肘鉄を落として攻撃した。
 崩れ落ちるピッコロを楽しげに見やり、ナッパは悟飯の腹に攻撃を喰らわせる。
 反応速度以上のスピードで、悟飯は蹴りの力を受け流す事も出来ず、後に吹っ飛んだ。
 なんとか立ち上がるものの、咳き込んで軽く血を吐いてしまっている。
 更に猛追するナッパの横っ面に、クリリンの蹴りが炸裂したのを横目にしながら、は急いでピッコロに軽い治癒をかけてやった。
 短時間しか手当てが出来ないために、全回復など程遠いが動けはするはず。

「ナッパ避けろ!!」

 ベジータのおかげで気円斬をなんとか避けたナッパは、クリリンに向かって気弾を打ち出す。
「うわああっ!!」
 浮き上がるクリリンに、は瞬時にシールドを張るものの――気のこもっていないそれは、ナッパの攻撃に押し負かされてしまう。
「ピッコロ、お願い!!」
 叫ぶの横から、ピッコロはナッパの背中にエネルギー弾を発した。
 直撃したために攻撃が止まる。
「くそったれ……貴様はドラゴンボールの事があるから殺されないと思って……!!」
 悪態をつくナッパ。
 このままでは、皆死んでしまう。
 絶望感すら漂っているその場所で、ふわり、暖かな感覚がの体を包む。
「……悟空?」
 思わず口をついて出た言葉。
 気を感じたわけではなかった。
 けれど、強く守られている気がしてならない。
 ――次の瞬間に感じたのは、しっかりした強い気。
「悟空が来る!!」
「なに!? ――確かに……とんでもないが、これは奴の気だ」
「お、お父さんの気だ!」
 一様に喜ぶ地球勢を見て、ベジータがスカウターをつける。
 機械を操作し、眉根を寄せた。
「おいベジータ、こいつらの言っている事は本当か?」
「……カカロットかどうかは知らんが……」
 一旦言葉を切り、きつい目を向ける。
「戦闘力5000ほどの奴が向かってきている」
「な……バカな!」
 驚くナッパ。
 しかしその後に発したベジータの言葉の方が、にとっては衝撃だ。
「4人を殺してしまえ! 手を組まれると厄介だ!!」
 ドラゴンボールの事は、ピッコロの故郷ナメック星へ行けばもっと強力な物があるとか何とかいい、ベジータはナッパに皆を殺させるように指示した。
 動けないクリリンに変わって、動いたのは悟飯だったのだが、強力な気に立ちすくんだ悟飯は、ナッパのエネルギー弾をそのまま受ける形になった。
 死を目の前にした悟飯を守ったのは、ではなくピッコロで――。

「ピッコロさん、死なないで!!」
 クリリンの回復をそこそこに、焦って彼の元へと飛んでいくが、死に限りなく近い場所にまで追い込まれた人物を復活させる力は、にはない。
「……ピッコロ!!」
 泣きそうな声で、は必死に力を込める。
 しかし彼は――悟飯に言葉を残し、静かに息を引き取った。
 彼は最後まで、悟飯を心配し続けていた。
 厳しく、不器用な優しさを持つその人は――もう、動かない。
 ――悟飯の気が膨れ上がる。
 熱気にも似た、それ。
「ご、ごは……」
 隣を見れば、自分の息子の何処にこんな気があるのかと、驚くばかりの力が溢れていた。
 手を頭の上にかざし、悟飯が叫ぶ。
「魔閃光ーーーーっ!」
 カッと光り、迸るエネルギーを一気に放出する。
 だが、ナッパはそれを力一杯叩き落とした。
 それと同時に悟飯が膝をつく。
「ご、ごめんなさい……ピッコロさん……僕、カタキうてないや……」
「……へへへ、どうする。後はお前だけだ」
 ナッパがニヤついた笑いでを見やる。
 彼女はゆっくり立ち上がると、悟飯の前に進み出た。
「や、やめろ……ちゃん……!! 逃げるんだ!!」
 クリリンが地面に伏したまま叫ぶ。
 しかしこの状況で逃げれるものか。
 もう少し持ちこたえられれれば、悟空が来る。
 悟飯を――息子を目の前で死なせてたまるものか。
「カカロットが来る前に、妻の死体を転がしておいてやるか!」
 風を巻き上げながらナッパが攻撃してくる。
 天津飯の腕を切り落とした時よりも、強い気を纏わせ、に殴りかかる。
 そこにいる誰もが、彼女の腕がなくなるのを――もしかしたらもっと酷い惨状を想像した。
 だが。
「ごはっ!」
 ナッパの即頭部に衝撃が走る。
 彼は何が起きたのか、良く分からないようだった。
「て、てめぇ……」
「女だからって馬鹿にしないで」
 すぅ、と気を高め――至近距離から気を叩きつける。
 大きなナッパの体が後に吹っ飛んだ。
「ぐはぁっ……きっさまぁ……!!」
「す、すげぇ……」
 クリリンが呟く。
 一見余裕に見えるだが、その実、必死だった。
 本来ならばとても敵わない相手に1人で挑んでいる上、少しでも気を抜けば、足だろうが手だろうが、簡単に切り落とされる気を持つ相手。
 全力で体を防御しなければならない。
 同時に攻撃を仕掛けているため、体力はただ立っているだけでもそぎ落とされている。
 父との修行をしていなければ、今こうして立っている事すらできなかっただろう。
 ナッパは憎々しげに血の混じった唾を吐き、構える。
 その後方にいたベジータが舌打ちした。
「チッ……バカめ。面倒だ……女!!」
「な……!? っ!!!」
 ベジータの手から、気が放出される。
 ナッパのものとは格段に大きさの違うそれ。
 直撃すれば、大ダメージは必至だ。
 それも、気の軌道は自分にではなく――悟飯に向いている。
「悟飯!!」
 は悟飯に向かうそのエネルギーを、正面から受け止める。
 腕を交差して、力を受け流そうとするが、段々に押し負かされていく。
 このままでは悟飯もろとも吹っ飛ぶと思ったは、力一杯気を押しのけ、一瞬できた隙間を利用して背を向け、息子をしっかりと抱きしめた。
「おかあさ……!!」
「っ………!!!」
 悲鳴を上げる余裕もないほどの強い痛みが、背中に走る。
 体中を気で覆ったものの、その殆どは悟飯にまとわせているために、は薄い防御壁しか張っていない。
 背中がジリジリ焼ける。
「おかあさ……お母さん!!」
「……ほう、オレ様の気を受けて生きているか。なかなかだな」
「お母さん!!」
「……だい、じょぶ……?」
 地面に伏したは、それでも息子を心配して声をかける。
 無理矢理作った笑顔が、悟飯にはよほどこたえたのか、涙がぼろぼろ零れていた。
「泣いて……ないで……しっかり、しな……さい……」
「お母さんまで死なないで!!」
 死んだりしないよ……。
 気絶だってしない。
 もう少しすれば悟空が来るんだから……。
 背中に力を集め、動けと体に鞭を打つ。
 ぐぐ、と持ち上がった時、わき腹に痛みが走った。
 ナッパが蹴り飛ばしたのだ。
「っ……った……」
「順番が狂うが、まずは息子を殺してやるか。女、怨むならお前の旦那を怨むんだな」
「やめ……」


 悟飯が潰される――。


 全身に力を入れて止めようとした時。
 視界の端に黄色い物が入った。


「……悟空」



母様奮闘。…戦闘シーンだけで凄い時間を喰った覚えがあります。
2005・6・28