息子とその師匠と



「やだ! じゃない!!」
 リビングに入るなり『やだ』などと言われ、は少々苦笑いする。
「久しぶり、かな? 一応」

 界王星から戻ったは、すぐさま、カプセルコーポレーションにいるブルマに会いに行った。
 カメハウスにいる事も考えられたのだが、カプセルコーポに電話してみたところ、まだ自宅にいるという返答だったので、西の都に吹っ飛んできた次第だ。
 ソファに座り、コーヒーをちみちみと飲みながら、は一息ついた。
 ブルマはスプーンで、カップの中身をくるくると回している。
「それにしても、孫くんが死んじゃってからずっと会ってなかったもんねぇ……。気にしてたんだけどさ、家に電話しても殆ど出てくれないし」
「ごめんね、出かけてばっかりだったし……夜は夜で修行疲れで」
「……修行疲れ?」
 そのフレーズに怪訝な表情を向けてくるブルマに、は小首を傾げた。
 どうかしたのか? とでも言いた気な彼女に、ブルマはテーブルを叩く。
 衝撃で、ソーサーがちょっとばっかし浮いた。
「アンタ、まさかサイヤ人と戦いに行くつもりなの!?」
「そ、そのつもりですが……」
 思わず敬語になる。
 目を吊り上げるブルマに、どうにも腰が引けてしまうのは、仕方がないだろう。
「死ぬ気!? 孫くんとかヤムチャとか、ピッコロとかに任せておけばいいのよ!!」
「イヤ。ぜぇったいにイヤ」
 きっぱりはっきり言うに、彼女は肩を落とす。
「言うと思ってはいたわよ……。悟飯くんだって戦うんでしょうしね、アンタの性格上、大人しく座って待ってるなんて在り得ないとは……思ってはいたけど」
「父さんにも散々言われたけどね。でもやっぱりヤなの。なんにもしないで、ジーっとしてるのは」
 死にそうになったら潔く撤退すると笑むに、ブルマは言う。
「……死にそうになったら、じゃ遅いんじゃないの?」
……ごもっとも。
「ブルマはサイヤ人が来たらどうするの? カメハウス? それともここ??」
 2杯目のコーヒーを口に運びながら問うと、ブルマはあっさりカメハウスだと答えた。
 悟空の兄・ラディッツから拝借したスカウターで、ある程度の状況把握はできるだろうということで、戦わないいつものメンバーは、カメハウス集合ということになっているらしい。
 天界で修行をこなしていたらしい仲間たちは、今はバラバラになって各地で修行をしているが、神龍が悟空を復活させるという前兆もあるし、気を察知して集まってこられるだろう。
 は、カメハウスで大人しくしているという前提は、既に蹴っ飛ばしてしまっているけれど。
「じゃあ私そろそろ行くね」
 暫くのんびりした後、立ち上がったに、怪訝な表所を向けるブルマ。
「行くって、どこへ」
「ピッコロと悟飯のトコへ行ってみようと思って」
「ばっ……!! や、やめなさいよ!! 殺されるわよ!!」
 物凄い言われようだ。
 確かにブルマからすれば、ピッコロは今でも恐怖の対象かも知れないけれど、は彼が悪事を働いたところを見ていない。
 見ていないからいいとかではなく、単純にカンのようなものだ。
 ……彼はきっと、以前ほど酷くはない、と。
 悟空もそんな事を言っていたし。
 たとえそれが緑色の人物であろうと、わざわざ自分の息子を強くしてくれているし、以前会った時、悪意を感じはしなかった。
 だから。
「まあほら、邪険にされるとは思うんだけど、下界じゃピッコロが一番の使い手でしょ?」
「そりゃまあ、そうだろうけど……」
「大丈夫だってば。それじゃ、またね!」
「あ、ちょっと!!」
 ブルマが止める間もなく、は窓から舞空術で飛び去った。
「……わざわざ窓から出て行かなくても」


「何をしに来た」
 会った瞬間、そんな風に言われてさすがにたじろぐ。
 ピッコロは、に背中を向けたままだった。
 悟飯の姿はとりあえず見えない。
「息子を甘やかしに来たのか」
「違いますっ。……私も、ピッコロに修行してもらおうと思って。というか、お相手願いたくて」
「フン、断る」
「言うだろうと思った。でもお願い」
「……貴様、まさかサイヤ人と戦うつもりなのか」
 こくんと頷いたのを気配で察したのか、ピッコロが少し気を荒げた。
 だからといって退くなんて事は、やっぱり考えてないけども。
「その通り。旦那と息子だけ戦わせて自分がのんびりなんて、性に合わないもので」
「……ならば、貴様の実力を見せてみろ」
 静かなピッコロの声。
 しかしいきなりしてきた攻撃は、かなり本気だった。

「ふん、なかなかやるじゃないか」
「あはは……お褒めに預かりまして」
 ボロボロ、とまではいかないにしろ、結構無茶苦茶をしたとピッコロは、そこはかとなくボロくなっていた。
 ピッコロは、己の服を自分で直ぐに直せるようだが、は家に戻らねば替えの服がないので、へろっとしていても容赦願いたい。
「お、お母さん!!」
 戦っている内に、悟飯が食料調達を終えて帰ってきたらしく、きらきらした目が自分を見つめているのに気付き、はゆっくりと側に寄った。
 ピッコロは渋面を貼り付けているが、特に止めるような事もしない。
 彼女が、息子に甘いだけの女ではないと、知っているからかも知れないが。
「お母さん!! どうしてここに!?」
「うん、私もサイヤ人と戦おうと思って、色々修行してね。今ちょっとピッコロと稽古してたの。……悟飯……たくましくなったね」
 本当にたくましくなった。
 少し前とは大違いだ。
 ピッコロがどんな訓練をしたのか知らないが、とてつもなく過酷だったに違いない。
 そうでなければ1年も経っていないというのに、この体つきにまではできまい。
 幼少時の過度な筋力強化は成長を妨げると言うが、身長もそれなりに伸びているし、サイヤ人と地球人を同等に見てはいけないだろう。
 まして、は異次元育ちであるし。
 悟飯は久しぶりに母を見て、何となく涙腺が緩んでいるようだが、泣くまでは行っていない。
 ……本当、ピッコロはどんな訓練をしたんだか。
「おい悟飯、母親が側にいるからといって甘ったれるなよ。少しでもダラダラと甘えてみろ。貴様の首をへし折ってやる」
「……だってさ、悟飯。……よく耐えてるね」
 感心したように言うに、悟飯は小さく笑んだ。
「ピッコロさんイイヒトですよ、お母さん」
「チッ」
 ピッコロは舌打ちして
「さっさとメシを食え。食い終わったら即刻修行だ!」
 苛々した感じに言い、背中を向けてどかっと地面に座った。
 悟飯はそれに従い、しっかりと食事を済ませ、凄まじい修行を始めた。
 はそれを見物しながら、己の修行をこなす。
 手の空いたときにはピッコロと組み手をし、そうしてサイヤ人襲来までの少ない時間を過ごした。




2005・6・14