父と喧嘩



「よっし、もうちょいだな!」
 元気玉をほぼ完全に習得して、やっと少しだけ気を抜いた悟空の耳に、いきなり愛する妻の声が飛んでくる。
 彼に向かって向けられた物ではない。
 声がする方に――界王の家の近くに顔を向けると、が父である界王に、眉根を寄せた表情を向けていた。

「冗談じゃないよ!」
「バカを言うでない!!」
 は凄く怒っている。
 同じように怒っているらしい、父・界王に負けないぐらい。
 悟空が不思議そうな顔をして側に寄ってきても、目は父を射るように見つめている。
「なあ、2人ともどうかしたんか?」
 険悪な雰囲気を出しまくっている2人に、軽い調子で尋ねる悟空。
 界王は視線を彼に向け、幾分か大きな声色で喋る。
「こいつがな、サイヤ人との戦いに参加するなどと言い出しおって……」
「サイヤ人が地球に来るっていうのに、旦那と息子と仲間だけを戦わせて、私1人だけが安穏としてられると父さんは思ってたわけ!?」
 の言葉に界王が呻いた。
 最早本当の父親とも言える彼は、の性格をよくよく知っている。
 だからこそ言葉に詰まってしまうのだが。
「じゃ、じゃが……お前が出て行っても足手まといになるじゃろう!悟空が戦いに集中できなくなったら、どうする!」
「そんなこたねえと思うけどなぁ」
 頭の後ろに手をやりながら、のほほんと言う彼に、界王は鋭い目線を向ける。
 悟空の笑顔が微妙に引きつった。
「オ、オラなんか不味いこと言ったか?」
「別に言ってないよ」
 笑顔でに言われ、そっか、と軽く納得するのは彼ならではだろう。

 とにかく、とは父に言葉を叩きつける。
「いくら行くなって言っても、私はもう決めたのッ!」
「ダメじゃ!!」
「ダメって言われても行くったら行く!」
 まるで子供のケンカみたいな言葉の応酬に、悟空は何も言わずに、ぽかんとその状況を見ていた。
 バブルスとグレゴリーも、同じように側で、親子喧嘩を見守っている。
「父さんが、私の事を心配してくれてるのは充分分かってる。でも、私だって何かしたい!」
……」
「死ぬかもしれないその場所にみんながいて! 私は離れた場所で、状況を見てればいいっていうのは、どういう了見!!」
 ブツンと切れそうな勢いでまくし立てるに、さすがの界王も怒りを潜めて困り顔になっていた。
 にだって、父が反対する気持ちは良く分かっている。
 けれど、前のときのように気絶だけして終わってしまうのは、冗談ごとではないのだ。
 自己満足だと言われてもいい。
 ただの<外野>でいるのは、たまらなく辛い。
「お願い父さん」
 真剣な表情で言うの視線を受け入れ、界王は暫く後に酷く疲れたような、大きなため息をついた。
「よいか。これだけは約束しろ。悟空の判断に従うこと。もう1つ。死にそうだと思ったら逃げる事」
 肩をすぼめ、界王は小さく笑む。
「それを守れるのであれば、許可しよう。ワシとて娘を、むざむざ死なせたくはないでな……」
「父さん、ありがとうっ!」
 一変して笑顔になり界王に抱きつく
 結局の所、界王が折れてくれるのは分かっていたのだけれど。
 ……のワガママに界王は酷く弱いから。

「私、今日からサイヤ人が来るまでは地球で修行するから」
「へ? なんで」
 悟空が不思議そうに首を傾げる。
 まだサイヤ人が来るまで、2週間以上時間がある。
 その間も界王星で修行をしていれば、もう少し強くなれるのに、と思っているのだろうとあたりをつけるが、には下界で確認しておきたい事があったのだ。
 息子――悟飯の事、そして仲間であり友達であるブルマの事。
 サイヤ人が来た場合、ブルマがどうするのかは先に聞いておきたかったし、息子の状況も少しは見ておきたい。
 というか、あわよくばピッコロに、訓練をつけてもらったりしたいとも思ったりしていて。
 ……まあ、悟空に今までの彼の状況を聞いているから、『一緒に修行させて』と言った所で、彼が良しと言うとはとても思えないのだが。
 死人ではないから仕事もしなくてはいけないし。

 きちんと説明すると、悟空は納得した。
「まだサイヤ人が来るまで間があっけどさ、気をつけろよ?」
 何に、とは聞かない。
 いろんな事を、心配してくれているのが分かるから。
 自分が側にいられない状況を、案じてくれている事なんて、分かりきってる。
「大丈夫、並の人よりは強いはずだから」
 ニッコリ笑って言うに、界王は呟いた。
「……並の人どころの話じゃなかろうに……」

 が立ち去った後、悟空は修行を再開しようとした。
 それを界王が声をかけて止める。
「悟空」
「ん?」
「……を、しっかり頼むぞ」
 まだ先だけれど、と言いながらも界王はサングラスの下で不安そうな顔をしていた。
 大事な娘。
 守ってくれているであろう悟空に、思わず念を押してしまうのは、やはり義理とはいえ、父親だからだろう。
 悟空はにかっと笑い、「ああ!」と答えた。
 彼にしてみれば、軽く答えただけかも知れないが、その言葉をこの状況下で言えるのは凄い事だと思う。

 以前が言っていた事があった。
 運命かどうかは知らない。
 けれど、魂の触れ合う相手って言うのが存在するのなら、私にとって悟空がそうなんじゃないかと思うし、そうであって欲しい、と。
 界王はこの場に来て、何となくその言葉の意味が分かった気がした。

「……まったく、見せ付けてくれるわい……」



パパと喧嘩してみました。パパ様は娘一番。
ちなみに。パパ様は娘に息子がいる事を知りませぬ。

2005・6・10