界王の修行 8 瞬間的に右に避けたの頬を、悟空の拳がかすっていく。 その手を左手の甲で上に跳ね上げると、彼の腕が少しだけ上に浮く。 瞬間的に開いた胴への空間を逃さず、力を込めた右拳を打ち出す。 みぞおちに真っ直ぐ向かったその拳は、寸での所で体をずらされ右脇の上あたりに入った。 入ったとはいえ、勢いを殺されて軽い攻撃になっているそれは、大きなダメージを与えることはできなかった。 悟空は肩を引き、の右手を引っつかむとそのまま放り投げる。 投げた彼女を追いかけるように、気弾を撃ち込んだ。 回避するか、退くか、弾くか。 どれにせよ、一瞬の隙は免れない。 は気合を込め―― 「波!」 勢い良く青白い気を撃ち出した。 「うわ!!」 気が着弾したら直ぐにでも追撃に移ろうと思っていた悟空は、との距離を大分詰めていた。 その距離を、彼女が放った気が激しいスピードで、悟空自身が放った気を巻き込みながら戻ってきたものだから、慌てて体を捻って弾き、避けた。 「あっぶねぇ……」 ぎゅん、と音を立てて彼女が突貫してくる。 悟空は体勢を立て直して足払いをかけたが、軽く避けられる。 だが。 「隙ありぃ!!」 「っぐ……!」 どん、という鈍い音と共にの腹に一撃が入る。 力を込めたそれは思いの他ダメージが大きく、は後に吹っ飛んだ。 地面に手を付いてくるんと回転し、構えを取り直すものの……膝から崩れ落ちた。 「そこまで!」 界王が声を飛ばすと、悟空は慌てて地面に膝をついているに駆け寄った。 「で、でえじょうぶか!?」 「あはは……ごめん。平気」 よっと立ち上がろうとするが、クラクラと立ちくらみを起こし、て倒れそうになる。 悟空は慌ててを支えた。 「全然大丈夫じゃねえじゃねえか……ほれ、ちゃんとつかまれ」 「……うん。ごめんね」 情けない、と唇を噛み締める。 悟空に助けてもらいながら、界王の側へと歩いた。 は界王から冷えた水をもらうとそれを咽喉に流し込んだ。 冷たい水が、彼女の喉を潤す。 「はぁ……生き返った……」 額に浮かんだ汗を拭い、隣に座る悟空を見やる。 彼は彼で水を飲んでいた。 界王だけはお茶だが。 「の気弾ってオラの気を巻き込んでるとはいえ、すっげえ重てぇのな。ビックリしちまった」 それを聞いたは小首を傾げる。 「そう??」 意識はしていないらしい。 界王は笑った。 「と気弾のラリーでもしようものなら、一発弾き返すごとに、どんどん気の圧力が増して手に負えなくなるぞ」 「そうなの?」 「お前の融合気は普通の気弾と少し違うでな。ま、普通はあんまり長くラリーすることなどありゃせんから、決定打にはならんが」 「へぇ……の気って、やっぱ普通じゃねえんだなぁ」 今更ながらに悟空が言う。 今日まで散々戦ってきたが、改めてそう聞くのは始めてだ。 は水を飲み、ふるふると首を横に振る。 「でも、もう全然悟空に敵わないや……悔しいな」 ため息混じりに言う。 悟空の格闘センスは並大抵のものではない。 サイヤ人の特性だと聞いてはいるけれど……こんなに差が出るものだとは。 が修行していた時間よりずっと短い修行期間。 だが悟空は既に彼女を抜いていた。 界王拳など使われたらひとたまりもないので、組み手をする時は使用禁止にしてあるが、それにしたってやはり頭1つ以上、実力の差がある。 良く付いていっていると界王は褒めるけれど、が悔しいと思う気持ちに、何ら変わりはなく。 護られるだけの存在という位置づけをされるのは、なんだかとっても情けない。 だから懸命に修行しているのだが。 沈むに界王は呆れた。 「、お前な……15時間も悟空と戦い続けて、それでもまだそうやって普通の状態でいられるというのは、既に超人領域なんじゃぞ……?」 自覚がないらしいところを突っ込む。 と悟空は、15時間ぶっ続けの状態で今まで戦い続けていたのだ。 当人は、悟空との実力の差を感じて気落ちしているようだが、サイヤ人と地球人の特性の違いゆえ、こればかりは仕方がない。 だが悟空とでは、気の使い方に関して言えば、の方が上手い。 絶対量こそ敵わないが、そのコントロールの仕方は女性の細やかなところからか、隙がないとも言える。 肉弾戦では辛いけれど。 「……15時間も戦ってたんだ……時間気にしてる余裕なかったから気づかなかった」 仕事が休みだから、はりきって修行した結果だと頭を掻く。 戦いをやめたことで、休息に体に疲れがたまり、眠気も一気に襲ってきた。 疲れきっているらしいの肩を叩き、悟空は言う。 「、もう家にけえって休め。体ぶっ壊れちまうぞ」 「うん……」 目を擦り、ゆっくり立ち上がる。 「それじゃあ……また明日ね」 おやすみなさい、と軽くいい、は界王星から自宅へと飛んだ。 「まったく、あいつは無茶しおるわい……」 ため息混じりに言う界王に、悟空が告げる。 「界王さまー、オラ腹減ったぞ」 「……そう来ると思ったわい」 家に戻った界王は、すぐさま料理に取り掛かった。 悟空は悟空で、腹の足しにとテーブルの上にあったリンゴにかじりついている。 が作った作り置きと、新たに作ったものをテーブルに並べ、界王も一緒に食事にした。 「いっただっきまーす! んー! うめえ!!」 いつものように凄まじい食欲を見せる悟空の横で、界王はちまちまと食事を続けた。 ある程度をすっかり平らげてしまうと、デザートのフルーツゼリーをかっ込む。 が自宅で作ってきたものだった。 食べる悟空を見やり、界王は真面目な声を出す。 「悟空よ……おぬし本当にが好きか?」 その言葉に、彼の手がぴたりと止まった。 質問の意図が分からなくて、界王の顔を見てしまう。 「? 当たりめえじゃねえか……。どうしたんだ、界王さま」 「いやな。なんというか……今でもちょっと戸惑っとるんじゃよ。娘の結婚相手がサイヤ人というのは」 悟空という存在が問題なわけではない。 サイヤ人という人種が問題なのだ。 快楽と欲望、戦闘。 それがサイヤ人を定義するところだ。 自らが望めばなんだってやる。 悟空がそういうタイプでないということを界王はよくよく知っているが、それでも娘を嫁にもって行かれた父親としては、ちょっとしたことでも、何だか引っ掛かりを覚えてしまう。 ……というより。 いきなり結婚してました、という方が衝撃的なのだろうけれど。 眉根を寄せている界王に、悟空は真剣に言う。 「オラ、が何を捨ててきたのかよく分かってるつもりだ。あいつがこの世界に残るってことは、別の世界にいた友達とかと別れるってことだし、どんな理由をつけたって……向こうを完全に吹っ切ることなんて、まだできてねえはずだ」 彼は目を伏せ、お茶のカップに入った液体を見つめながら言葉を進める。 「だから……オラ、あいつを大事にしてえ。オラのこと選んで、こっちに残ってくれたんだ。だけは……家族だけは、なにがあったって絶対に守り抜いてやる……」 真剣なその瞳に嘘や迷いは微塵も見えない。 を護る――その延長線上に、地球を護るという大儀が存在しているのだと、界王はなんとなくだが理解した。 純粋に、強くなりたいという欲望。 その傍にある、好きな女を護りたいという願望。 サイヤ人としての特性と、地球人としての感覚が上手く混在しているようだ。 界王は小さく笑み、悟空の肩を叩く。 「安心したぞ。……は幸せ者じゃよ。思いが通じて、お主と一緒におれるのだから。……わしの大事な娘を、よろしく頼むぞ」 「ああ!」 にかっと笑い、残ったゼリーをかっ込むと、悟空は立ち上がって修行再開を申し出る。 界王も立ち上がり、彼に稽古を付けるために外へと出て行った。 2005・5・24 |