界王の修行 5



 ここ半年の過激な訓練と毎日の仕事に、元々体力が有り余っているような人ではないは、さすがにダウンした。
 2週間ほど寝込んだが、それでも毎日軽い修行――気と異能力の融合――だけはやっていた。
「……はー、随分時間ロスしちゃった。今日からまた頑張ろう」
 日中の仕事を済ませ、冷たいお茶を咽喉に流し込むと、彼女は修行の場――界王星へと飛んだ。


 界王宅へと転位したは、部屋の中をぐるりと見回した。
 しかしそこに求める人の姿はなかった。
 夕食前ぐらいの時間だし、てっきり家の中にいると思っていたのだが……。
 それに。
「……何、この食器の山は」
 呆れ顔半分でキッチンにある食器の類を見る。
 それこそキッチンからはみ出しそうな勢いで、山になって乗っている食器は、どうやら使われた後らしく。
 まさか2週間来ていない間にためていた――なんてことは考えられないし。
 片付けていないにしても、一食でこんな量になるとは思えない。
 父親はより確かに食べるけれど、一時にこれだけ食べられるような腹は、持ち合わせていない……はずだ。
 それにしてもどこからこんな量の食器を持ってきたのだろう。
 界王星は本当に不思議なところだ。
 首をかしげていると、界王が家の中へ入ってきた。
 バブルスとグレゴリーの姿はない。
「おお、か」
「うん。ごめんなさい、寝込んじゃってた」
 心持ち情けない顔をするに界王は笑う。
「いやいや、当然の反応じゃろう。ここのところ無理しすぎておったからな。たまには休憩も必要じゃし、お前が元気でいることが一番じゃよ」
 父親らしい気遣いのある言葉に、は嬉しくなって微笑んだ。
 それにしても――と、キッチンにある食器類を示す。
「父さん、これどうしたの?」
 示された山のような洗い物に、界王はわははと笑って言った。
「いや、地球から1人修行者が来てな。そいつが食う食う……遠慮もなく食うもんじゃから」
 洗おうと思ったのだが、そうする間もなくが来たのだと言う。
 一度の量かと問えば、そうだという答えが帰ってきて彼女は驚いた。
 この世の中……いや地球に、こんな量を食べる人間が自分の知る者以外にいるとは。
「修行って……父さんに修行つけてもらいに来てるんだ」
 界王は頷くと、何だか胸を張った。
「なかなかに見込みのある男じゃぞ。今ちぃと休憩中じゃ。そろそろ夕飯じゃからな、戻ってきたんじゃが」
「ふぅん」
 何気なく窓の外を見たは、その人物を目にして思わず腰を低くして、窓の下に座り込んだ。
 娘の不可解な行動に首を傾げる界王。
? どうしたんじゃ??」
「……!! え、いや……あの、その」
 言葉が上手く出てこない。
 隠れる必要もないのに、何だか姿を見せることが難しかった。
 どうして、こんなトコに。
 いや、修行しに来たと言っていた。
 神様が彼をどうしたのか、こんなところで分かるとは。
 どうしようかとあれこれ考えているうちに、その人は家に入ってきた。
 びくっと体が震える。
 彼を凝視してしまった。
「いやー! 腹減ったなー。界王様、何……あり?」
 ふっと横を見た彼が、見慣れない人物――つまりを見る。
 お互いの間に流れる空気が一瞬固まった。
「ご、悟空……」
 最初に声を出したのは
 彼は驚きの眼差しで彼女を示す。
「な、……!? おめえなんでここに……し、死んじまったのか!!??」
「ち、違うよ!」
 悟空の頭の上にあるような輪はにはない。
 それを指摘されて安心したのか、悟空は彼女に近寄った。
「じゃあ何でここに」
「実は……あの」
 余りの展開にしどろもどろしているに代わって、界王が言う。
「お主と同じじゃ。はわしと修行しとったんじゃよ」
「へ、界王様とけ??」
 はコクンと頷いた。
「うん。強くなりたいって思って。だって悟空たちが戦ってくれてるのに、気絶してたなんて情けなくて……だから」
 そうかと悟空の手がの頭を撫でる。
 久しぶりの心地よい手。
 死んでいても彼は彼だ。
 予想外の場所で出会ったけれど、嬉しくてたまらない。
 サイヤ人が来ていて、楽観している状況ではないのだけれど、それでも好きな人に会えるのは純粋に嬉しい。
 死んでしまっていて、普通には会えないから尚の事。

 何だか和やかで――見ようによっては甘い空気を察した界王は、眉間にしわを寄せて悟空とに問う。
「お前達、知り合いか何かか?」
 きょとんとして互いを見やる悟空と
 は、そういえば大事なことを言っていなかったと今更思い出す。
 確かに言ってはいなかったけれど、もうとっくに知っていると思っていたのだ。
 界王は地球の様子を見ることができるのだから。
 プライバシーに干渉しないためか、単に見ていなかっただけか。
 悟空はを立ち上がらせ、界王に素直に言う。
はオラの嫁だ」

「な……なにぃーーーーーーー!!!??」

 凄い声量で叫ぶ界王。
 心なしか背景にガーンという文字が入っている気がする。
 界王はずかずかとに近寄る。
「お、お前結婚しとったのか!?」
「えっと……かなり前に。父さん見て知ってると思ってた」
「……何てことじゃ」
 いつの間にか大事な大事な娘が結婚していたという事実に打ちのめされる界王。
 しょぼーんとした肩に、何だか申し訳ない気分になる。
 悟空はとりあえずとに言葉をかける。
「なあ、オラ腹減った。何か作ってくんねえかな」
「う、うん、いいよ。父さんも食べるでしょ?」
 無言でこくりと頷かれる。
 ……何だかホントに申し訳ない。

 悟空の説明によると、この界王星はあの世にあるのだという。
 正確には違いがあるようなのだが、詳しいところはよく分からない。
 彼は6ヶ月もの間、延々と蛇の道を走ってここに来たらしい。
はどうやって来たんだ?」
「私は移動能力で。……界王様は私の義理の父親だから」
「へー! そういや『父さん』って言ってたもんなぁ。界王様には全然似てねえけど」
「義理だから、義理」
 ふぅん、と言いながらの作った大量の食事をばくばく食べていく。
 死人になっても相変わらずの食べっぷりだ。
「やっぱのメシは美味ぇなぁー」
「えへへ、ありがと」
 ちょっと赤くなった頬をぽりぽりと掻くの姿を見て、界王はため息をついた。
「どうかしたのか、界王様」
「……いーや、何でも」
「それにしてもさぁ、こんな体重ったいんじゃ、とエッチできねえよなー」

「「ぶ!!!」」

 と界王が噴出す。
 相変わらずのいきなりっぷりだ。
 普通、父親がいるというその前で、そういうこと言うか!?
 は顔を真っ赤にして悟空をちょっと睨む。
 そんなことをしても、彼にしてみれば可愛いだけのようだが。
「……なんてこと言うのよぉ……」
「へ?」
「仮にも父親がいる目の前でしょうに」
 思いの丈を直ぐに口にしてしまう悟空は、素直でいいのだけれど……ちょっと今のはマズイだろう。
 界王は食事の終わった悟空を引っ張ると、さっさと修行に押し出した。
「ほれ! さっさとバブルスくんを捕まえんかい!!」
「な、何怒ってるんだ、界王様」
「怒ってなどおらん。さっさとせんと、いつまで経ってもわしと稽古できんぞ」
「お、おう……」
 の姿がそこにあるのを確認し、悟空は走って行った。

「悟空は素直なんだけど……素直すぎるところもあるから……」
 心持ちむすっとしている界王に、は少々苦笑いしながら言う。
 分かっていると界王は頷いた。
「お前がこちらの世界に居残った理由は、悟空じゃな」
「……うん」
「なるほど。親としては複雑じゃが……まあいい選択だったと誉めてやろう」
 しかし少しマナーを実につけさせば、と心ひそかに思う界王だった。




2005・2・12