界王の修行 3



「ひぃ……はぁ……ま、まだか……長えなあ……」
 悟空は己の走っている道の先を見据えるが、延々と続く道の終わりは、彼のいる場所からでは到底見えない。
 神に連れられて閻魔大王と話をし、強くなるために<界王様>とやらのいる場所へと向かう、たった一つの道である蛇の道を走り続けて、早くも4ヶ月。
 未だに彼は蛇の道を走り続けていた。
 風景が変わらないから、どこまで走ったのかも見当がつかない。
「はぁ……と悟飯、どうしてっかなあ……」
 自分の妻と息子を思いながら、それでも彼は走っていた。
 蛇の道はまだまだ長い。


 はというと、何とかグレゴリーを捕まえて次の修行に入ったばかりだった。
 気の察知はまだまだ完全ではないが、それでも及第点を貰える程度ではある。
 コホンと咳払いをしてを見る界王。
「さて。これからは気の訓練に入る」
「気の絶対量を増やすっていうヤツだよね」
 頷く界王。
 しかしには、どうやって気を増やすのかなどさっぱり分からなかった。
 界王は左右に行ったりきたりしながら説明をする。
「よいか。わしが合図したら気を一気に高めろ。全力放出したまま、それをできる限り保て」
「うん。……でも気を出し切っちゃうと……かなりマズイんじゃ」
 気はそのまま擬似的な体力にも置き換えられる。
 気がゼロになるということは、体に相当の負担がかかる。
「動ける程度の気は残しておけよ」
「それで気の量が上がるの?」
「まあわしを信じてやってみろ」
 界王は笑った。

 が界王星に修行に来ている間に、界王は1つの憶測を立てていた。
 その憶測にはもちろん確証などない。
 だが、もしその憶測が正しければ、は状況によっては、凄く強くなるだろうと踏んでいた。
 彼女は赤子の頃、界王の力を吸い取った。
 防衛本能のなせる業なのだろう。
 そうしては界王の力の片鱗を手に入れた。
 だからといって、ここ4ヶ月の武術の伸びはおかしいのだ。
 基本はあくまで地球人の女性。
 そうそう強くなるはずがないのだが……実際は強くなった。
 死んでもおかしくない重力――耐えられないだろうと思っていた、界王星の重力に耐え、バブルス、グレゴリー両名を捕まえた。
 そうして思い浮かんだのは――もしかしたらは、強い者が側にいると、相手の力に影響されて限界値がじわじわと上がっていくのではないかということ。
 そうだとしたら、それは赤子の頃からの防衛本能の力だ。
 生き残るために必要な力として、彼女の本能が生み出した力。
 超能力者の中にはそういう者もいるが、こんなに能力が顕著なのを見たのは、界王としても初めてだった。
 できれば、普通の娘として生きて欲しいと願っていた界王は、少々肩をすぼめる気分になった。
 が強くなりたいという理由も、はっきりとは聞いていない。
『大事なことを守るため』としか。
 それでも彼女の必死さを見れば、それが適当な理由ではないことは分かっている。
 だからこそ界王は応援しているのだ。

「では、……やれ!」
 合図を出した界王の声に応じて、は己の気を一気に高める。
 長く保つことはとりあえず考えず、全力で気を放出した。
「はあああーーーーーっ!!」
 髪を逆立てんばかりの気の奔流。
 青色の気がの体を包み込んでは天に立ち上る。
 ――だが、それも10分ともたなかった。
 ぶつんと音がしそうなほどに一気に気の奔流が止まる。
 それと同時に彼女は膝から地面に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
「ふーむ。まあこんなもんじゃろう。動けるか?」
「……はあ……っ……ちょ、っと……今は……」
 立ち上がる力すら失いかけているは、言葉を切れ切れに返すだけが精一杯。
 半ば無理矢理に息を整えると空を仰ぐ。
「10分休憩じゃ。そしたらまた気を放出しろ」

 何度も何度も一気に気を放出するが、回数をこなせばこなすほどに、気の力は弱くなっていった。
 そうして20回も繰り返した頃、界王がストップをかけた。
「よし。今日はここまでじゃ。明日また同じ訓練をする」
 返事すらできず、ぐったりとうな垂れているを見て界王は笑った。
「今日もう帰ってゆっくり休め」
「こ、こんなんで私大丈夫……?」
 ぐちゃぐちゃになった髪を、手櫛で直す気力すらない彼女が界王に言うが、彼は軽く笑っての肩を叩いた。
「お前の中に眠っている気を、無理矢理引っ張り上げておるから、苦しいのは無理ないが。 後1週間もすれば、気が柱になって立ち上るぐらいになるじゃろう」
「……し、信じて頑張るよ……」
「ほれほれ、無理せんとさっさと休め」
「う、うん」
 ヨロヨロしながも何とか立ち上がり、空間移動能力を使う。
 光のつぶてになって、はその場から消えうせた。
 その日、風呂に入りながら疲れで気絶して、危うく湯船の中で窒息するところだったのは別の話。


 界王の言う通り、1週間での気は格段にパワーアップした。
 その代わり、毎日のように動けなくなっていたが。
 そうして気を放出し続け、2週間が過ぎる頃になると――
「でりゃーーーーーーー!!」
 から立ち上る青白い奔流は、恐ろしく激しい流れになっていた。
 界王はに進言する。
「そのまま気を留めてみろ!」
「っ……!!」
 父の言葉に応じ、気の奔流を一気に留めた。
 全力で放出していたそれは、青い炎のような揺らぎとなっての体を覆う。
「そうじゃ、そのままゆっくりと気を静めるんじゃ」
「………っく」
 難しいが、内面から湧き上がるものはそのままに、体を覆う気の光を消さぬよう、力をゆっくり静める。
 意識を集中していないと、あっという間に纏ったそれが、消えうせてしまう。
 気を高めたままで保持するのは、にとってはかなりの苦労だ。
 かめはめ波のように奔流をぶつけるようなものは、放出する量を調節できるのと慣れとでまだ楽なのだが。
「ようし。そのままの状態をなるべく長く保っておれ」
「う……」
 額に汗のたまを浮かせながら、必死に気を維持する。
 しかし必死の思いも虚しく、30分も経たないうちに力が揺らぎ、掻き消えた。
 は背中を丸め、疲れを逃がそうとする。
 界王は腰に手をやり、小さく嘆息する。
「仕方がないのう。せめて1時間はもたねば、戦うことなど出来やせんぞ」
「……うん」
 しゅんとなるに界王は『少しお茶でも飲もう』と誘った。
 素直に家に入り、お茶を入れて出す。
 先に席に着いた界王はお茶を手に取り、熱いそれを少し冷ましてから口にした。
 も同じように少々冷ましてから口に運ぶ。
「……さて。休んだらもう一度、訓練するぞ。今までお前がやってきた、教えの全てを使えばそう難しいことではないはずじゃ」
 今までの教え。
 亀仙人の教え、神様の教え。
 強くなることだけに目を向けて、最初の最初をないがしろにする者は、決して強くなれない。
 思い当たるところもあり、は静かに目を伏せた。
 自分だけが頑張っているのではないのだから、もっと頑張らなくては。
 死んでから後悔したって遅い。
 ぐっと拳を握ると、頷いた。
「仙人さまに言われたっけ。『全ての動作は繋がってる』って。1個1個切り離して考えちゃうのは、私の悪い癖だね」
 大きく深呼吸をし、気持ちを切り替える。
 界王は小さく笑んだ。
「ほんじゃまあ、もう少し休んでからまたやろうか」





2004・11・2