界王の修行 2



 界王の下で修行を始めて1ヶ月。
 はやっとのことで界王星の10倍重力に耐えられるようになった。
 とはいえ、歩くことはできるが走るのはかなり難しい。
 どすどすと歩くのが関の山。
 走ろうとすると片足に重力が一点集中してしまって、ぐらついて転ぶ。
「ふむ。さすがわしの娘じゃな、1ヶ月でこれほど動けるとは」
「走れないけど」
 椅子に座ってお茶を飲む界王と
 だがお茶を飲むのにも、修行のために適応障壁を外しているから、立ち座りも大変だったりする。
 カップを持つ手も重たい。
 中に入っている液体が巨大な鉛じゃないかと思えるほどだ。
 界王は笑った。
「普通の娘なら、10倍重力を感じた時点で骨が折れておるさ。下手すりゃ死んどる」
「それは……そうかも知れないけど」
 ぎぎぎと腕を動かしながらお茶を飲む。
 味を感じる余裕は、はっきり言ってない。
 毎日毎日体を重力に慣らしているから確かに動けるようにはなったけれど、それでも全然充分ではない。
 焦っても意味がないとは思うのだけれど、気持ちに体が付いていかないというのは、どうにも苛立たしいものだ。
「……ふむ。それじゃあ今度はバブルスくんを追いかけてみるか?」
「え、まだ走れないけど……」
「強くなりたいのじゃろ? バブルスくんを追いかけるうちに、足腰も鍛えられる。まあちょっと無茶なスケジュールじゃがの。どうする」
 考えることなどありはしない。
 は1つ頷いた。
「やる」

 バブルスは独特な動きをしながら、の前を軽々と歩く。
 ぐっと体に気を入れると、界王がスタートを切った。
 どすどすと歩いてバブルスを追うが、にっちもさっちもいかない。
 とにかく普通に歩ける状態がやっとなので、バブルスのスピードに追いつくのは至難の業だ。
「くぅーー!」
「ほれほれ頑張れ!」
 界王の応援を背中に受けながら、必死でバブルスを追う。

 開始から6時間余りが経過した頃、の動きが変わった。
 当人はそれと気づいていないが、ずっと見ていた界王は、その違いにはっきりと気づいた。
 彼女の中にある気が、やたらと高まっている。
 ここ1ヶ月のある意味にとっては無茶な重力との戦いで、彼女の奥底に眠っていた潜在能力――今まで必要がなかった戦うための力――が頭角を現したのだ。
 どすどす音を立てて歩いていた足が、軽々と動き出す。
 バブルスの動くスピードも6時間前と比べると明らかに速い。
 スピードを速める必要性があるからだ。
 は必死で、自分の足が、ほとんど地球にいるときと同じように動いているなどとは夢にも思っていないが、確かに彼女は今、重力を感じていない。
 感じる暇もないほど、バブルスを捕まえることに必死になっているのだが。
「ったあーーー!!」
 バブルスに飛びつくが、彼は物凄いスピードでの手から逃げ出した。
 走れるようになった程度では、とても捕まえられない。
「くーー! まだまだっ!!」
 めげずに追いかけるの姿は、もう完全に普通の状態だ。
 あと何週間かすれば、バブルスはに捕まるだろうと界王は踏んだ。


 それからまた1ヵ月後。
 今日も今日とてバブルスを追いかける
 何時間も何時間も追いかけ続け、それでも諦めない。
 汗でべたつく髪を後ろに払い猛ダッシュする。
 追走に気づいたバブルスが、一気にスピードを上げるが、は体のバネを使って一気に逆に回りこんだ。
 バブルスは慌てて逆方向に走り出そうとするが、それより先に彼女が地面を蹴る。
 間合いを詰め、倒れ込むようにしてバブルスを引っ掴んだ。
「……や、やった!!」
 両手にガッシリ捕まえたバブルスを見て喜びの声を上げる。
 きゃーきゃー言っていると界王がゆっくり側に歩いてきた。
「よくやった」
 はバブルスを離すと手の甲で汗を拭った。
 息は完全に上がっている。
「はぁ……はぁ……それにしても……よく捕まえられたなぁって自分でも思う」
 えへへと笑って後ろで手を組んだ。
 界王も笑う。
「バブルスと追いかけっこしている間に、お前、力が上がっとるんじゃぞ」
「え?」
 まじまじと自分の体を見回すだが、外見的には全く変わりがない。
 筋肉が付くかと思えばそうでもなく。
 筋力は確実に上がっているはずなのだが。
 体を捻って後ろを見てみても、足を見てみても筋肉が付いたようには思えない。
 界王の言わんとすることが分からなくて小首を傾げた。
「何も変わってないような気がするんだけど」
「外見的にはな」
「そういえば、いつの間にか重力関係なくなってる、よね」
 軽くジャンプしてみても、地球と全く同じだ。
 ここが10倍の重力だなんて今は到底思えない。
 最初の頃は、体の上に巨大な象でも乗ってるのかというほどだったが。
 界王は不思議そうにしているを見て笑った。
「はっはっはっ! それはお前が強くなったからじゃ」
「そうかな」
「ちょっと考えれば分かるじゃろ。10倍の重力に耐えられるようになっておる。それが重要なことじゃ。それも2ヶ月で……いやいや、わしの力を体に秘めているとはいえ、とんでもないのう」
 至極嬉しそうに言う界王。
 いまいち釈然としない
 だが、確かに動けるようになっているのだから、少しは強くなっているのだろう。
 筋力が付いた、と言う意味では。
「今日はもう終いにしよう。もう地球は夜中じゃぞ」
「……お腹すいた……父さんも何か食べる?」
「そうじゃな。じゃあ頼むぞ」
「はい」
 すたすたと歩き、家の中に入って料理を作り出す。
 今は悟空が死んでしまっているし、悟飯もピッコロの修行を受けているために、自宅には誰もいないから、修行が終わってから界王と一緒に食事をとることが多い。
 界王星のどこに食材があるのか不明だが、気づけば冷蔵庫の中に食料が入っている。
 実に不思議である。
 てきぱきと料理を作ってテーブルに並べる。
 界王は席についてスプーンを取った。
「今日はシチューか」
「うん、簡単でごめんなさい。物凄く動いたから固形物辛くて……」
「いやいや。では、頂きます」
 ゆっくり味わって食す界王。
 もそこそこゆっくり食事を済ませた。
 食事というと悟空を思い出す。
 あの凄まじい食べっぷりを思い出すと、顔が少し緩んでしまう。
 彼は今、どこで何をしているのだろうか。
 ぼぉっとしているに、界王がシチューのおかわりをねだり、それから修行のことについて話した。
「明日から、今度はグレゴリーを捕まえてもらうぞ」
「バブルスくんより速いんだよね」
「そうじゃ。気を高めて効率よく使うことを覚えろ。相手の気を察知し、常にそれを意識するのが大事じゃ」
「相手の気?」
 そうだと言い、界王は話を続ける。
「誰にでも本能的に気を察知する能力はそなわっておる。じゃが、それを<気>だと認識するのはごく一部の者だけじゃ」
 つまり。
 界王は、何となく嫌な気配がするとか、この辺は嫌だとかいうものも気だと言う。
 霊気というものも突き詰めれば<気>だし、見知った者が後ろにきたと何となく感じるのも気。
 誰しも、規模の大小はあれど気を持っている。
 しかし大抵は気付くことがないし、も今までそれと意識したことはない。
 確かに、悟空がどこにいるかというのは何となく分かったけれど、それは確実に『ここにいる』という感じではなかったし。
「気って、どこに誰がいるとか……分かるの?」
「見知った者であれば分かるじゃろう。相手の気が大きければ大きいほど、分かりやすい」
「……それを、グレゴリーを追いかけつつ訓練するのね」
「気を感じ取る能力は体に定着させておかねばならんからな」
 はコクンと頷く。
 界王はからりと笑った。
「大丈夫じゃ。お前は戦いのセンスはともかくとして、応用力はある。何とかなるじゃろ」
「……何か微妙な発言」

 翌日。
 界王星にはがグレゴリーを追いかける姿があった。





2004・10・19