界王の修行 1 いきなり強くなりたいと言い出したに、父である界王は、驚きを隠せない表情を浮かべていた。 確かに唐突だが、今日、に起きた出来事が、それだけ衝撃的だったからに相違ない。 まっすぐ界王を見る瞳に、嘘や偽りや冗談は全く含まれていなかった。 本気なのだと悟った界王は、ぽりぽりと頬を掻く。 「理由は何じゃ?」 「……私は弱いから」 それだけ言って口をつぐむ。 詳しい理由を聞きだそうとしても無駄なことだと思ったのか、界王はそれ以上の質問をしなかった。 お茶をすすり、とりあえず座るように指示する。 は素直にそれにしたがって席についた。 ――奇妙な沈黙が流れる。 先にそれを破ったのは界王の方だった。 「どの程度強くなりたいんじゃ」 「……宇宙最強」 「な、なに!?」 いきなりスケールがでかい。 はクスリと笑った。 「さすがにそれは在り得ないっての分かってるから。……私の限界まで、強くなりたい。できれば限界以上」 真剣な表情で言う。 界王はふむ、と顎に手をやると――暫く考え、頷いた。 「辛いぞ?」 「自分が弱くてどうしようもないことの方が辛い」 きっぱりと言い放ったに界王は頷いた。 それほどまでに言うのであれば、強さを引っぱり出してやる、と。 「それで、どの程度の期間で強くなりたいんじゃ?」 「1年以内」 修行に入る前に、界王はに説明を施した。 「よいか。お前は常人とは少し違う。だから修行も、ワシが今まで教えた奴と比べれば風変わりじゃ」 「父さんって、もしかして強いの?」 「当たり前じゃ!」 自分の能力を知っていて、引っ張り上げてくれそうだという感覚だけで父の元へきただったが、界王という称号を持つ自分の父は、物凄く凄い人なのかも知れないと、今更ながらに思う。 「1年以内という制限があるからの、かなり荒くなることは覚悟しておくんじゃぞ」 「うん」 悟飯だって頑張るんだからと、は力強く頷いた。 界王の説明は続く。 「まず体力をつける。お前は今空間適応能力を使っているから、この星に普通に立っているが、それを外して自由に動けるようになってもらうぞ。地球の10倍ほどの重力じゃぞ」 「はい」 簡単に頷くが、これは実際物凄く大変なことだろう。 以前、子供の頃の話ではあるが――界王星にきたとき、立つことすらできずに物凄く苦労した。 今だって能力を使わなければ、多分立っていられない。 この星に立って自由に動けるようになれば、それはの体力や力が上がったと考えていい。 「動けるようになったら、そこにいるバブルスくんを捕まえてもらう」 バブルスなる動物を指し示しながら言う。 物凄い重力なはずなのに、何ともなさそうに動いているのが凄い。 「それが終わったら、今度はグレゴリーを捕まえろ。バブルスくんより速いぞ」 「へぇ……」 昆虫型のグレゴリーは、目にも止まらぬ速さでの横を飛び抜けた。 確かに速い。 「その次、お前の気の絶対量を増やして、気と能力を融合させる」 「?」 「今のお前は、気と能力を区別して使っておろう。じゃが、それを融合させれば、破壊力のある力を使うことができるじゃろう」 は思わず自分の両手を見た。 言われてみれば、確かに気を使うときと能力を使うとき、きちんと今まで区別していた。 ラディッツと戦ったときに妙な感覚が体に湧き上がったけれど――それが融合力だろうか。 いまいち自覚が薄いが。 「それが充分終わったら、ワシと組み手じゃ」 「父さんと?」 「うむ。次に気を使わずに組み手する。お前は戦いなどしたことがないじゃろうからな」 簡単に言うが、強いという父とマトモに戦えるだろうか。 不安はあるが強くなるためなら何でもやる。 「最後は気や融合力を使った組み手をする。ま、実戦じゃ。こんなところじゃな」 1、重力に耐える。 2、バブルスを捕まえる。 3、グレゴリーを捕まえる。 4、気の絶対量を増やす。 5、気と能力を融合させる。 6、組み手。 7、組み手と融合力をあわせる。 これがの全修行だが、それを全て1年以内にやるというのは実際かなり難しい。 よほど当人が努力しなければならないし、組み手などは勉強したからといって、上手くなるものではない。 それでも。 やってくる敵に対して無力なのは悔しいから。 できることは、やっておく。 自分が弱いのだと認めることは大事だが、そこで止まってしまっては、先などなくなってしまう。 悟空と悟飯が無事でいる世界こそが、にとっての平和。 その平穏を護れるのなら、苦労などいくらでもする。 ぐ、と拳を握った。 「それじゃあ、早速やってみろ。適応力を意識的に抜くんじゃ」 「うん」 す、と目を閉じ――無意識に張っている防御壁を消す。 「っ!!!」 途端に立っていられなくなり、地面に手と膝をつく。 そのまま完全に動けなくなってしまった。 地球の10倍の重力。 つまり、の体重は地球にいるときの10倍。 真上から降りかかってくる重みに体が悲鳴を上げた。 何とか立とうとするものの、1ミリ動くのすら大変で。 今こうして潰されないで生きていることが、既に奇跡的なことは重々承知している。 「っく……!」 「普通はもっと軽い訓練からするんじゃがなぁ……ほれ、潰されるぞ。なにをしてる、気を集中させんか」 「……っ」 言われて気を全く意識していなかったことに気づく。 体の内を流れる気を、己の呼吸に合わせて全身にめぐらせる。 少しだけ体が軽くなるが、それでもまだ立ち上がれない。 「ワシは少し中でお茶してくるからな」 「う、うんっ」 てほてほと歩いていく界王。 あそこまでになるのに、何日要するだろうかと額に汗しながら思う。 4時間経過した。 未だに内蔵が下に引っ張られる感覚は顕在で、足の一つも動かせない。 このまま動かせずに潰れてしまうのではと、恐ろしい想像が頭をもたげる。 「うぅー……」 「、今日はそろそろやめにするか? 体が壊れてしまうじゃろう」 長いお茶を終え、の側に戻ってきた界王が言う。 だがは首を横に振った――否、振ろうとしたが振れなくて、口頭で言う。 「だ、大丈夫……ッ」 「まあ、死ぬようなことなないじゃろ。体が重力に負けるようなら、お前の適応力が防衛本能で勝手に張られるじゃろうからな」 「……ぅ……」 「ほれほれ、力を抜くと潰れてしまうぞー」 ぐぐぐと頭を地面に押さえつけられるような重み。 息を整えて何とか持ち直すが――いつまで保っていられるかは分からない。 「くぅ……!!」 「うーむ。……ちょっと気張って体を持ち上げてみろ」 界王に言われ、はこの後のことを全く考えずに全力で体を持ち上げる。 「っ……んぐぐ……!!」 徐々に体が持ち上がる。 ゆっくり背中を仰け反らせ、脚力でもって無理矢理に重力から己を引き剥がす。 膝が壊れそうなほどに力を込め、何とか体を持ち上げた。 立ったはいいが、全力で体を支えていなければあっという間に崩れてしまう。 腰を少し落として重心を安定させるが、既に限界近くまで体力を使っているに、これ以上全力で立つことはできなかった。 背中から地面に崩れ落ちる。 「っつぅ……!」 ぴん、と適応力が反応した。 途端に体が軽くなる。 界王は笑った。 「これを1週間もやれば、相当筋力がつくじゃろう。ちゃんと自分の体を治癒しておくんじゃぞ。でないと動けなくなる」 「うん……。もう少し、訓練する」 「止めておけ。今のお前では今度適応力を外したら、骨がバラバラになるぞ」 「……」 「危険だと体が認識したから、勝手に障壁を張ったんじゃぞ」 確かにその通りで。 は唇を噛んだ。 「焦ることはない。自分の潜在能力を信じろ」 「はい」 それから1ヶ月。 は仕事を終わらせた後、毎日界王星へと飛んでは重力で体を痛めつけた。 2004・10・12 |