彼が何者であろうと関係ない。
 宇宙人だろうが、何だろうが、彼は彼だから。
 私の大好きな人だから。


兄と言う名の狂気


 当然のことながら、悟空は兄ラディッツの要求――つまり、サイヤ人の仲間になることを良しとしなかった。
 他人の星を侵略し、それを売るなどということは悟空の善意に反することだし、第一、子供を手放して侵略に利用するような者たちに、協力する気など起きない。
 悟空は己を兄だと言う男を睨みつけたまま、拳に力を込めて叫んだ。
「サイヤ人だか何だか知らねえが、オラは死んだってそんな……星の侵略なんかに手を貸すもんかっ!!」
 叫びを聞き、ラディッツの顔が渋面を作るが――ふと何かを見て、ニヤリとした笑みに変わる。
 その笑みにの頭に危険信号が走った。
 恐怖に慄いて己に引っ付いている悟飯の肩を掴む。
「お、お母さん……ボク怖い……」
「大丈夫……大丈夫だよ」
 優しく微笑みかけてあげたいところだったが、今のにそれはできなかった。
 ラディッツから目線を外すと、何が起きるか分からない気がした。
 悟空の背中の向こうに、強烈な圧迫感がある。
 兄だと名乗る男は、悟空とは似ても似つかない空気を発していた。
 恐怖が神経を逆撫でする。
 ひたと見据えるとラディッツの目線が交差し――それから外れた。
 悟飯に向けられている目線。
 は思わず悟飯を抱きしめた。
「……さっきから気になっていたが、後ろにいるのはお前の子だろう」
「ち、違うっ!!」
 悟空が否定するがラディッツはニヤついた笑いを浮かべ、バカにしたように言う。
「あのシッポなんだ? サイヤ人の血を引いている証拠だろう」
「だ、だから何だってんだ!!」
 凶悪な笑顔が現れた。
 その場にいる誰もが更なる危険を予感する。
「なに、父親のお前が聞きわけが悪いのでな……」
 子供を貸してもらおう。
 言いながら歩いてくるラディッツから庇うようには悟飯を後ろにした。
「それ以上近寄ってみろ!! ぶっとばすぞ!!」
 明らかに焦っている悟空。
 ラディッツは笑みを浮かべたまま、一瞬の間に移動した。
 移動速度に目が追いつかない。
 ――悟空の体が空中に浮いた。
「ご、悟空!!!」
「おとうさーーーん!!」
 と悟飯が砂浜に背をついた悟空に駆け寄ろうとする。
 しかし悟飯がラディッツに捕まりかかったとき、は悟飯を庇った。
 ラディッツを目の前にして、構えたのだ。
……や、やめろ……!!」
 苦しい息の下から悟空が言うが、そうはいかなかった。
 後ろでは悟飯が
「おかあさん」
 と泣きながら酷く不安そうな声をかけている。
 悟空を一撃でのすような男に、己が敵うとは思わない。
 攻撃した瞬間など見えなかった。
 それなのに攻撃を避ける事などできまい。
 だからといってこのままでは息子が――悟飯が奪われる。
 ブルマとクリリンが止めろと叫ぶが、退きはしない。
 ラディッツが面白そうにを見た。
「……貴様、カカロットの女か」
「だから、何だって言うの」
 額に汗が流れる。
 対峙しているだけで、力が削がれていくみたいだと思った。
 ラディッツは悟空を見――それから悟飯を見て、笑う。
「こいつはいい! カカロット! 一度に息子と妻を失ったらどうなるかな!」
「な――」
 クリリンが絶句する。
 その一瞬にはラディッツによって捕らえられた。
「悟飯! 逃げ……」
「そうはいくか」
 素早い動きで悟飯を捕まえる。
 片手に、もう片方に悟飯。
 は必死で腕を外そうとするが、びくともしない。
 ――悔しい。
 己の無力が憎い。
 悟飯は泣き叫んで助けを求めるが、悟空は先ほど喰らった一撃の余韻が残って動けないし、悟空がそんな状態になるのだから、亀仙人とクリリンには抵抗しろと言ってもとても無理な話だ。
「ちょっと! は、離してっ!!」
 叫ぶが、意にも介さないラディッツは悟空に向かって野卑な笑みをこぼした。
「いいかカカロット。妻と息子を生きて帰して欲しくば、仲間になれ。1日だけ待つ。証拠として100人を明日までに殺してここに積んでおけ、いいな」
 どちらにせよ、次のターゲットはここに決めたと笑うラディッツ。
 は唇を噛んだ。
 ――悟空にそんなことできるはずがないし、させたくなどない。
「明日を楽しみにしているぞ!」
 ぐん、と上から重圧がかかる。
 と悟飯はラディッツに連れられて、カメハウスから離れて行った。


「うわぁぁあーーん! お母さーーん!」
 同じくラディッツに捕まっているに向かって、悟飯は一生懸命手を伸ばした。
 手をとろうにも邪魔されて掴めない。
「悟飯っ、大丈夫だよ、絶対に悟空が……お父さんが助けてくれるからね」
 ラディッツは目的地についたのか、宇宙船らしきものの近くに降り立つと、だけを地面に放り出した。
 悟飯はまだ捕まったままだ。
「悟飯を返して!」
「ビービー泣かれてやかましいのでな」
 大きなくぼみのできているところにある、宇宙船の中に悟飯を放り込むと、ぴったりと閉じてしまう。
 そこに走って行こうとしたをラディッツは引っ張り、吹き飛ばす。
 砂埃を立てて背中を打ち付けるが、起き上がれないことはない。
「……私たちをどうする気」
「カカロットが仲間になるならよし、そうでなければ殺す」
 悟空が本当に仲間になると思っているのか。
 兄というのは名ばかりの兄弟だ。
 は立ち上がりラディッツを見据えた。
 その挑戦的な目に彼は目を細めて口の端を上げる。
「カカロットがオレたちの仲間になるのなら、貴様もついてくるがいい。できれば弟の息子や妻を殺したくはないんでな、いい結果を期待するが」
「悟空は、あんたの仲間になんてならない……ッ!」
「ならば死ぬだけだ」
 ニヤリと笑う男。
 はぐっと口唇を噛み、勢いをつけて悟飯のところへ行こうとした。
 しかしラディッツが立ちふさがり行く手を塞ぐ。
「ガキが大事か」
「当然だよ!」
 力を込めて言葉を放つ。
 全身から気が立ち上っているのが分かったのか、ラディッツは薄く笑んだ。
 は男にどうしようもない実力差を感じ取りながらも、何とか悟飯の側へ行くことを考えていた。
 悟空に敵わない自分では、横を通り過ぎることすらできなさそうだ。
 けれど、何もしないのは性に会わない。
 反動をつけ、一気に通り過ぎようとした――が。
「遅いな」
「っ!」
 髪を掴まれ引き倒される。
 手を払いのけると、何歩か飛び退る。
「ほう……」
 ラディッツが口の端を上げた。
 気にせずスピードを上げて一旦移動し、それから目的地へ向かって疾走するが、それもあっさり腕を捕まえられるだけに留まった。
 ――駄目だ。
 スピードも何も桁違い。
 考えろと思考が言う。
「少し遊んでやろうか」
「!?」
 勢いよくラディッツの拳が飛んでくる。
 は慌ててそれを避けた――が。
「っわ!」
 風圧が体を持って行こうとする。
 何とか踏ん張って耐えるものの、今度は蹴りが飛んできた。
 男の足を腕の支えにして何とか避けるが、肘鉄が狙いを定めて打ち出される。
 膝を少し曲げ、後は体の柔軟性だけで無理矢理避けた。
 バク転で距離を取る間にラディッツが拳を向ける。
 ――当たる!!
 確実にヒットすると踏んだは、無駄だと知りつつも気功弾を撃ち出した。
「はああっ!!」
 何発も気を撃ち出すが、相手にダメージはいっていないだろうことは容易に想像できた。
 こんなの、単に土埃を立てているだけに過ぎない。
 かめはめ波ほどの気弾を撃ち出すが――ラディッツは何食わぬ顔でそこにいた。
「……痒いな」
「でしょうね」
 は苦笑いする。
「これで終いか?」
「……もう1回ぐらい、抵抗するよ」
「ほう?」

ど こまで通用するか分からないし、もしかしたら気弾の方が、威力があるかも知れない。
 けれど――やってみようと思った。
 の中にある何かが沸々と湧き上がる。
 この男に会ったときから、警戒信号と共にあった湧き上がるもの。
 多分それはチカラ。
 眠っている何かが目覚めようとしている。
 当人が知れば腹立たしく思うだろうが、ラディッツの凶悪な空気がの防衛本能と潜在能力を呼び出し、無理矢理引き上げた。
 だから――

「壊れろーーーーーッ!!」

 咆哮にも似た叫び。
 それと同時にの全身から発生した気と能力が交じり合い、衝撃波になってラディッツを襲った。
 地面が削れ、まっすぐにラディッツに向かう。
「くぉ!」
 衝撃が去った後、己の体を見ると戦闘服に小さなヒビが入っていた。
 先ほどの気とは段違いの威力に驚く。
「……く、駄目……か……」
 は力が抜けて膝をついた。
 一気に能力を放出しすぎたせいであり、久方ぶりの能力放出だったせいでもあった。
 己の戦闘服をマジマジと見、ラディッツはに近寄る。
「……ひ弱なこの地球(ほし)の女にしては、なかなかやるな」
「うる、さい……!」
「しかしこれ以上邪魔をされるのも面倒なのでな。少し眠っていろ」
 どむ、と腹に衝撃が走る。
 痛いと感じる間もなく、の意識は暗闇に落ち込んだ――。




ラディッツ編はあっさりと終わります。
戦闘シーンはほんっとに苦手というか、激烈に難しくて頭ひねりながらうんうん唸りつつ書くワタクシ。


2004・9・28