カカロット



 東の海に浮かぶ島。
 その上には小さな家が建っている。
 知る者は知る、亀仙人の家であるカメハウスだ。
 そこに向かって2つの黄色い雲が飛んでいく。
 黄色い帯を引き走っていく雲――筋斗雲――は、カメハウスに辿り着くと、そのスピードを落とし、砂浜のすぐ上にぷかりと浮く。
 筋斗雲の上に乗っていた人物が砂の上に立つ。
 そのうちの1人、さらさらの黒髪を持つ人物がカメハウスの中に向かって声をかけた。
「こんにちはー!!」
「あら!? 孫くんとじゃない。久しぶりー」
 カメハウスから真っ先に出てきたのはブルマ。
 次いで、クリリンに亀仙人、ウミガメだ。
「や! 久しぶりっ」
 悟空は子供を抱えていない方の手を上げて挨拶した。
 は一同にぺこりとお辞儀をする。
「お久しぶりです。ブルマ元気だった?」
「もちろんっ。アンタも元気そうね」
 ばしんとの肩を叩くブルマ。
 叩かれた方は小さく笑った。

 少しと会話した後、ブルマが今更ながらキョトンとした顔で悟空を見た。
 何だか微妙に怪訝な表情を向けられた悟空は首を傾げる。
「何だよブルマ、どうかしたか?」
「ねえ孫くん、その子は?」
 クリリンも今らながらに問う。
「子守のバイトでも始めたのかよ」
 その発言を聞いた悟空とは顔を見合わせる。
 子守のバイトだとして、こんなところに連れて来ると思うのだろうか。
「バイトじゃねえよ。オラの子だ」
…………。
「えええーーーーーーーっ!!!??」
 地面を揺るがすほどの叫びに、思わずは苦笑いした。
 そんなに驚かれるとは思わなかった。
 いやまあ、分からなくもないのだけれど。
 悟空は子供を地面に下ろし、頭を撫でる。
「何だよ、変か?? ほら、挨拶しろ」
 促され、子供は悟空の足のあたりを掴みながら言う。
「こ、こんにちは……」
「お名前は? 何歳かな?」
 しゃがんで子供と同じ目線で問うブルマ。
 子供は素直に答えた。
「孫悟飯です。えっと……4歳です」
「あらー、孫くんの子供にしては礼儀正しい……」
がなー」
 頭をカリカリ掻く悟空に、がちょっと渋面を作った。
「だって。お客さんにはちゃんとしなくちゃ」
 仕事柄いろいろな人が診療所を尋ねてくるし、家にだってたまには来る。
 そういう時にちゃんとしないと、悟飯が色々言われてしまうから。
 とはいえ、自身はそんなに物をきつく言っていない。
 山村という限られた空間なので、周りの大人たちが礼儀を教えてくれるのだ。
「……シッポがあるのね」
 呟くように言うブルマに、悟空が頷く。
「ああ。小せえ頃のオラと一緒だろ?」
 がため息をつく。
「私、悟空がシッポあったなんて知らなくて……生んだときに大絶叫しちゃった」
「そりゃあそうだよなぁ……」
 クリリンが納得だと頷いた。
 がふと見ると、亀仙人が深刻な表情で話しかけてきた。
 どうしたのかと首を傾げる。
「い、今までに妙なことはなかったか? 満月の夜とか」
「え? 妙なこと?? ……特にないと思う。満月……ったって、うちの家、子供早く寝ちゃうからわざわざ夜外出ないし……よく分からないけど、それが何か」
「いいいい、いやいや、何もないならいいんじゃよ!!」
 明らかに慌てている亀仙人。
 何かを隠しているのは分かったけれど、思考を覗けるわけでもないには、仙人がどういうことを考えているかなんて、もちろん分からない。
 気にはなったが、追求せずにその話題を閉じた。
「なあ、ところでさ、この子って武道やってるのか?」
 腰に手をあて、クリリンが悟飯の顔を覗きこむ。
 悟空は彼の言葉に首を振った。
「それがさぁ。がダメだって言うんだよ」
「そうなのか? ちゃん、何で」
問われ、は素直に答えを返す。
「だって、まだ4歳だよ? 悟空が稽古つけたらボロボロになっちゃいそうで。 それに当人が学者になりたいって言うし」
「へえ……悟飯くん学者さんになりたいんだ。何でまた」
 興味深そうにブルマが言う。
 悟飯が両手の人差し指どうしをつつきあわせながら、の顔を見る。
 頭を撫でてやり、が説明した。
「私の仕事場の近くに学者さんがいるの。この子、その学者さんと仲良くなって。それで仕事に興味持ったみたいなのね」
「へぇー、この年で」
「先の夢はどうなるか分からないけど、当人がやりたいって言うものは、やらせてあげたいじゃない?」
 だから、別に武道を禁止しているわけではないと付け加える。
 当人が悟空の姿を見て、武道をやってみたいというのであれば止めるつもりはないのだ。
 亀仙人が笑う。
「しかしまあ、が本当に子供を生むとは……」
「な、何ですか」
 にじり寄る亀仙人に、ちょっと腰を引く
 しかし仙人はちょっと下品な笑いを浮かべ、更に寄る。
「子供の作り方が分からないと悟空が言っていた頃が嘘のようじゃなぁ」
「そ、その節はどうも……って仙人さま何を」
 後ろに回りこみ――亀仙人の手がのヒップを触ろうとした瞬間。
 悟空がを抱きかかえた。
「うわ、悟空っ!?」
 驚くとは対照的に、悟空は眉間にしわを寄せて仙人を見ていた。
「じっちゃん、ダメだぞ」
「……わ、わはは、冗談じゃよ」
「悟空っ、下ろしてぇぇ」
 腕の中でじたじたすると、素直に下ろしてくれた。
 ちょっと赤くなったであろう自身の頬をぺちぺちと叩き、息を吐く。
 亀仙人は名残惜しそうにの腰周りを見た。
 は乾いた笑いをこぼして流す。

 四星球の話などをして楽しく過ごしていた最中、突然悟空が空を睨みつけた。
 どうしたのかと問うクリリンに、悟空は険しい表情のまま空を見続けていた。
「……何か、来る」
「へ? 何だって??」
 直後、の背中に薄ら寒いものが駆け上がった。
 気持ちの悪い空気が全身を包み、何もないはずなのに冷や汗が出る。
「ご、悟空……何、これ」
「……分からねえ…………けど、こっちに来る」
 悟空の見つめる方向を、一同で見つめた。
 ――太陽の中から、突如として影が現れる。
 何ともいえない圧迫感。
 は思わず悟飯を傍に引き寄せていた。

 悟空の武空術より早いと思われるほどのスピードで降り立った長髪の男は、悟空を見るなり意味不明の言葉を喋り出した。
 カカロットだの、父親だの、人類死滅だの。
 近づいたクリリンをたったの一撃で吹き飛ばした。
 吹き飛ばしたものは――シッポ。
 悟飯にも付いている、それ。
「シッポがある……」
 が呟く。
 男はニヤリと笑い、悟空に語りかけた。
「これで俺の正体が分かっただろう」
「正体だと……?」
「……何だと? カカロット貴様、以前頭に強い衝撃を受けたことはないか!!」
 叫ぶ男の声を聞き、はふと思い出した。
 彼の頭に古傷があることを。
 悟空に聞いたところ、彼は
『子供の頃に頭を強く打った』
 と、そう言っていた。

 亀仙人の話によれば、悟空の祖父である孫悟飯が、幼い彼を育ていている最中、誤って谷に落ち、頭を強く打ちつけ生死の境をさまよったが、悟空の生命力は凄まじく、すっかり回復し――それ以前までは手のつけられない暴れん坊だった子供が、それ以後は優しい、いい子になったのだと言う。

 男はその発言で体を震わせ、きつい目線で悟空を見やった。
「仕方がない……教えてやろう。貴様はこの星の人間ではない」
「なっ……!!」
 騒然とする一同。
 男は言葉を続けた。
「生まれは惑星べジータ。全宇宙一の誇り高き狂戦士族であるサイヤ人。そしてこの俺は貴様の兄、ラディッツだ!!」
「兄だって!? で、でたらめ言うな!!」
 はっきりと震える悟空。
 吹っ飛ばされたクリリンも何とか復活して傍に来た。
 ラディッツなる男は一同を鼻先で笑い、説明を続ける。
「カカロット。貴様はこの星に住む邪魔な人間を殺すために送り込まれた」
 戦闘民族サイヤ人は環境のいい星に目をつけると、そこに住んでいる者たちを絶滅させ、適当な惑星を求めている宇宙人たちに高く売る。
 戦闘力の高い大人は、攻略難度の高い星に送り込まれ、この地球のような確たる敵のいないような惑星には子供を送り込むのだと言う。
「幸いなことにこの星にも月がある。貴様でも1年あれば絶滅させられたはずなのだ」
「……何で月があると幸いなんだ」
 悟空の言葉にラディッツが眉を上げる。
「とぼけるな。満月こそ、我らサイヤ人の本領を発揮できるときではないか」
 そうして悟空を見――
「き、貴様!! シッポはどうしたっ!!」
「ずっと前に切れてなくなった!」
「なるほど。この星の連中と仲良くしていられるはずだ」
 ぎりりと歯を噛む。
 しかしそんなことは関係ないと悟空は叫ぶ。
「そんなのどうでもいい! おめえがオラの兄貴だろうが関係ねえ!! オラはここで育った孫悟空だ。とっととけえれ!」
「そうはいかん。サイヤ人は少数民族なうえに、惑星べジータが巨大隕石の衝突で無くなった。父親も母親も宇宙の藻屑だ。……残ったサイヤ人はたったの4人」
 低く響く声に悟飯は震え、に引っ付く。
「ちょっと前に高値で売れそうな惑星を見つけたがのだがな、俺を含めた3人ではちょっと苦労しそうなんでな。お前はまだ戦闘力が完璧ではないが、まあ今後、何とかなるだろう」
「何だってんだよ!」
「目を覚ませカカロット。サイヤ人の血が騒がんか!?」

 は悟空の背中を見つめ――ラディッツを見据えた。
 不吉な予感がして、たまらなくて。
 そっと口の中で悟空の名を呟く。




2004・9・21