妊婦さんと一緒 2




、無理すんなよ?」
「平気へい……うっぷ」
 いつもの食事を目の前にして、はテーブルの上にある料理から視線を外し、手で口を覆った。
 どちらかと言えば、鼻を押さえた方が良かったのかも知れないが。
 悟空が至極心配そうに見ているだろう事も分かっていたが、大丈夫だよ、と笑顔を作る余裕すらない。
 は現在、つわりと格闘中だった。

 子供の成長は順調だという報告とは逆に、のつわりはどんどん酷くなっていった。
 現在、お腹の中の子供は4ヶ月目。
 後もう少しすればつわりも終わりだろうという希望を持ちつつ、それでも日々食事と格闘する。
 作る作業の時点で辛い。
 何より一番辛いのが、白米の匂いだ。
 これが何というか、自身この吐き気の原因をどう言って良いのか分からないが、香りを嗅ぐと腹から突き上げてくる物があるのだ。
 食べたいなーと思っているものでも、いざ目の前に出されると食べられない。
 そんな毎日。
 悟空も辛そうなを気遣ってか、食事の進みが遅かったり、逆にやたら速かったりする。
 彼に申し訳なく思いながらも、やっぱりつわりは止まらないのであった。

、でえじょうぶか?」
 ベッドの上でぐったりとしているに、悟空が声をかける。
 結婚して数週間は使っていたダブルベッドを引っぱり出してきて、最近まで使っていた2つのベッドは、別の部屋においてある。
 悟空が、の変調にいち早く気付くためだ。
 声色からしてかなりオロオロしているが、彼女は手で『大丈夫』という意志を告げ、ぱたりと手を落とした。
 余り喋る余裕はない。
 自分を生んでくれた母親も、こんな風に苦労したのかと思うと、激しい感謝の念が込み上げる。
 もちろん、育ての母や父にはもっと感謝しているが。
「オラが代われりゃなあ」
ぽつり、彼が呟く。
 は小さく笑んだ。
「気持ちだけ受け取っとく」
 彼女は悟空の手を掴み、ゆっくりと深呼吸した。
 彼の気の暖かさは、一時的にであれを楽にさせてくれる。
? ……眠っちまったのか」
 安らかな眠りに落ち、は暫しの休息を得た。

「……う、ん……悟空……?」
 目覚めた時、は夫が近くにいないのに気付き、ゆっくりとベッドから体を起こした。
 部屋は暗いが、薄く開いた入り口からは、リビングからの光であろうものが細く入ってきている。
 つわりは落ち着いていて、簡単に立ち上がる事ができた。
 時刻はまだ早い。
 いつも起きる時間よりかなり早いので、実質、明け方前だ。
 水分補給でもしようとリビングへ行くと、悟空がなにやらキッチンでもぞもぞ動いているのが見えた。
 彼はが声をかける前に気配を察したのか、くるりと振り向いた。
「起きたのか? ……っていうか、オラが起こしちまったか?」
 少し不安そう――どちらかと言えば心配そう――な顔をする悟空に、は笑む。
「ううん、単純に目が覚めただけ。ちょっとノド乾いちゃったから……。ねえ、悟空なにしてるの?」
 食器棚からコップを取りだしながら問う。
 すると彼は、笑いを含んだ声で
「おめえ、昨日殆どメシ食えなかったろ。だからさ、好きな果物だったら食えるかなーって……」
 発言に驚きつつ、くるりと振り向く。
 キッチンには、不揃いに切られたパオズ山の瑞々しい果実が、皿の上に盛り付けられている。
 どれもが好きな果実だ。
「これ……悟空が?」
 当たり前ながら聞いてしまう。
 彼が採ってこなくて、誰が採ってくるというのだ。
 この家には、自分と悟空しかいないのに。
「食えなかったら悪ぃ。食えるものがありゃ、またオラが採ってきてやっからさ。あー、でも無理して食うこたねえぞ」
 な? とニコニコ笑顔で言う彼。
 その気遣いがとても嬉しくて――分からないけれど、顔が緩む。
 こんな温かい旦那様に側に居てもらえるなんて、それだけで凄く幸せで。
 は一番好きな果実をひとつ、そっと口に入れた。
 甘酸っぱい味が、口の中に広がる。
 ――うん、食べられる。
「おいしいよ、ありがと……悟空」
「礼なんて言うなよ。オラ、こんくれえしか出来ねえんだからさ」
「お礼、言いたいの」
 にこりと笑み、また果実と向き合う。
 一生懸命食べる姿に、悟空は小さく笑んだ。


そうして、また何ヶ月が過ぎ。
「お、今動いたぞ!!」
 悟空はの腹に耳をくっつけ、うきうきとしていた。
 出産予定日を数日過ぎているとしては、そうワクワクしている状態でもなかったのだが、夫の純粋に嬉しそうな顔を見ると、やはりこちらも嬉しくなる。
「元気なコが生まれるよ、きっと」
 妙な確信と共に、は悟空に言った。
 ……悟空の息子が、元気でないはずがないという先入観であるが、実際、腹を蹴ったりするので元気なのだろう。
 子育てに必要な物は、既に都で大抵買いそろえていた。
 子供用のベッドも、母乳で育てるつもりではあるが――哺乳瓶もあるし。
 後は生まれてくるのを待つのみ。
「……そろそろ生まれてくれると、お母さんとってもうれし――!!?」
「? ??」
 突然声が詰まったに、怪訝な目を向ける悟空。
 彼女は必死な瞳で、声を詰まらせ――

「陣痛きたっぽい……お、お医者様……!!」

「え、うわっ、オ、オラ今直ぐ連れて――いやっ、ああ、そうだ!」
 悟空はを抱きかかえ表に飛び出すと、
「筋斗雲ーーー!!」
 黄色い雲に乗って、山村へと飛んだ。
 は変に身動きもできず、陣痛と戦いながら
「あ、慌てすぎて……落っことさないでね……」
 息も絶えだえに言った。


 ――数時間後。
 無事に生まれた子供には、<悟飯>という名が付けられた。



案外さっくりと終わってしまいました。ガックリ。友人がちょうどつわりの時期だったんで、いろいろと聞いてはみたものの…やはり辛い様子。

2005・5・3