君の傍に 1 タド医師の家に一時的に厄介になっている彼女は、夕食の後に克也と二人で話をしていた。 家主であるタドは急患が入ってしまったために、今は家にいない。 「そうだか、克也さんはのお友達だべか」 言いながらお茶をすするチチ。 克也も同じようにお茶を口にした。 「チチさんは……とどういう」 「ああ、おらも友達だな。ちょっと前まで恋敵だったけんど」 「……恋敵?」 眉根を寄せて聞いてくる克也に、チチはからりと答える。 「おらもも、悟空さが好きでな。まあ結局、が悟空さと結婚しただが」 「……け、っこん?」 何か物凄く衝撃を受けている風な克也に向かって、不思議そうな顔をする。 「もしかして……知らなかっただか?」 一方、翌日朝早くに父親である界王の元へ向かったは、深くため息をついた。 界王も至極困った顔だ。 「、無理を言うでない。当人にその気がないのに、向こうへ送るなど不可能じゃぞ」 「それは聞いたけど」 しかしだからといって、向こうの友達の由依が悲しむのは……。 行き来が困難だとしても、せめて克也の気持ちを両親や由依に飛ばせれば。 そう思うのだが、それすらできない現状。 再度深いため息をつくに、界王も小さなため息を吐いた。 界王は決しての気持ちを酌んでいないわけではない。 穴を穿ち、半ば反則的方法で向こうへと抜けたは例外なのだ。 父親として界王は向こうに存在していたが、それとて己の分身が偶然ながら向こうに存在できたというだけで、向こうの自分に生活干渉は殆どできなかった。 できるのなら、むざむざ死なせるような真似はしない。 この世界にはこの世界の、向こうの世界には向こうの世界の理や摂理があり、それを凌駕するようなことは、界王といえどできない。 その穿った穴が狂い、やって来たのが克也。 この世界は、の世界――異次元の地球よりも実質的質量が少ない。 異次元からの穴を放置しておけば、これから先どんな弊害が起きるか分からない。 閉じてしまわなければいけないのだ。 今のままでは、豆腐の上に石が乗っかっているようなもので、いつ世界の均衡が崩れて潰されるか分かったものではない。 「でもさ、何で意思が必要なの?」 それこそが最大の問題だった。 克也は帰る気がないと言っている。 だが、それを無視すれば帰せる可能性だってありそうなのだ。 界王は首を横に振る。 「お前、自分がどうやってあっちに行ったりこっちに来たりしたか、忘れたか?」 「ううん。私は……そうだね、一度戻った時は別だったけど自分の意志で来てた気がする」 「そうじゃろ? お前が一度戻った時はな、お前がまだ向こうの世界に、引かれるものがあったからじゃ」 「引かれるもの……」 覚えがあるとすれば、母親がまだ生きていたことや友達がいたことだろうか。 その後については、考えるまでもない。 悟空に惹かれて、ここに留まっている自分のことを考えれば、意志力というのは必要なのだろう。 界王は説明を付け加えた。 「意志力がないと、流れに逆らうことができんのじゃよ。異次元の質量に打ち勝って上っていく――まあ、例を挙げれば魚が滝を上っていくようなもんでな。流れに逆らう意志がなければ、流れに負けて落ちる。そういうことじゃ」 「……兄ちゃん、ヤケになってるんじゃないよねぇ」 は眉根を寄せた。 結局、克也の気持ちが真剣に変わらない限り、結論は曲げられないということを、再度認識させられただけだった。 自宅に戻ったは、丁度家から出てきた悟空に会った。 「おう、。どこ行ってたんだ?」 「ちょっとね。……あれ、悟空、それは?」 彼は片手に何やら荷物――否、カプセルケースを持っていた。 ウチにある物ではない。 「ああ、チチんだろうなと思う。オラたちのじゃないし、椅子の下に置いてあったからさぁ」 「じゃあ、昨日来たときにそのまま忘れて帰っちゃったんだね」 中身を見てはいないけれど、カプセルは大抵の場合移動手段に必要なものが入っている。 筋斗雲があるわけではないし、悟空みたいに舞空術が使えるわけでもなし、多分パオズ山まで乗ってきた車か何かが入っているだろう。 取りに来ていないところを見ると、チチ自身、忘れたことに気づいていないと思われた。 「届けに行こうと思ってさ」 「私も行くよ。今日は仕事ないし」 「そっか、じゃあ行くか」 悟空はともかく、は使い慣れていない舞空術では、時間がかかってしまうという理由から、筋斗雲を呼んだ。 黄色い雲が飛来してくる。 長距離ではないから、は自身の筋斗雲を呼ばないで彼と一緒に雲の上に乗る。 あっという間に山村まで飛び、軽く地面に降り立った。 村はいつもと同じでほのぼのしている。 「さて、じゃあ2人のとこ行こう」 「ああ」 診療所の方ではなく、自宅の方を訪ねる。 木造のドアを2度ほど叩くと、中からチチの声がした。 「ああ、と悟空さ。どうしただ? 先生に用事なら診療所の方だぞ?」 「ううん、用事はチチさんにあるの」 「ほらこれ。忘れて行ったろ」 カプセルを渡すと、チチは「あぁ!」と驚き苦笑いした。 「忘れて行ってただか……ちぃっとも気づかなかっただよ」 「帰れなくなっちゃうトコだったね」 くすくす笑うに、チチが小さく笑った。 立ち話も何だということで、チチは2人を中へと招き入れた。 人の家だが、その辺は家主であるタドだとしても同じことをしただろうから気にしない。 知らない仲ではないのだし。 中へ入ると、克也が何やら神妙な顔をして悟空とを見ていた。 と悟空、チチが座らないうちに彼は口を開く。 「、悪いけどちょっと外出ないか」 その声は静かで、とても硬質だった。 2004・8・18 |