おベンキョ 3





 1階には男しかいない。
 さすがに×××を教えようという時に、女性がこの場にいるのは辛いだろう。
 子供を作る過程なんていうのは、本来誰に教えてもらうようなものでもないと思うのだが、こと、悟空に関しては修行以外からきしだったし、恋愛にしたってがいたからこそ、経験したのだろうし。
 ……恋愛というものがどういうものか、彼は未だによく分かっていない節があるが。
 そもそも結婚の意味すら分からず約束をしてしまうのだ。
 子供の頃の約束だったとはいえ、恐ろしい。
 一歩間違えば、彼が結婚していたのはではなかったかも知れない。
 子供の頃の二人を見ているクリリンに言わせれば、そんな事絶対にありえなかったのだが。
 悟空自身は気づいていなかったかも知れないが、一緒に亀仙人の元で修行していた時から、彼の目はに向いていた。
 だから幼少の頃、天下一武道会の前、が突然消えてしまった時など、明らかにいつもと調子が違ったものだ。

 いつもの調子で座っている悟空に、クリリンは小さくため息をついた。
「なぁ悟空、愛してる≠ニかってちゃんに言ったことあるか?」
「アイシテルって何だ?」
 やっぱり、と額に手を当てる。
 ヤムチャは苦笑いしながら悟空に説明してやる。
「好きの上の気持ちって言えば簡単なんだけどな。えーと……物凄く大事にしたいって思う気持ちかなぁ……難しいな、言葉にするのは」
 クリリンが言葉を付け加える。
「誰にも渡したくないっていうのとか。これは独占欲に近いか」
「よっく分かんねえよ……」
 眉根を寄せる悟空に、ヤムチャとクリリンは顔を見合わせた。
 どう説明してやればいいのか分からない。
 感情に名前をつけたものが、好き≠竍愛してる≠ネのだし、それがどういう気持ちの動きの場合に口にされるかというのは、当人にしか分からないことだ。
「まあ、すぐ分かるようになると思うけどな」
 誰にともなく呟くクリリン。
 悟空が首を傾げた。
「ならいいけどさぁ」
「それにしても……亀仙人さま、その、教えるったって一体どうやって」
 今まで何やら本棚の方でごそごそやっていた亀仙人を見て、クリリンが言う。
 困り顔のクリリンに、亀仙人はピッと一本のビデオテープを取り出して見せた。
 黒いビデオテープにラベルが張ってある。
 しかしそのラベルには何も書かれてはいなかった。
 ヤムチャとクリリンはぴんと来た。
 言われなくても分かる。それ系のビデオだろう。
 男四人ががん首そろえて見るというのは、どうかとも思うが。
 亀仙人はビデオテープをがちゃこんとデッキの中に入れる。
 まだ再生はしない。
「悟空よ、ちょっと聞きたいのじゃが。一人でしたことはあるか?」
「???」
 言っている意味が分からない悟空。
 ヤムチャは唸った。
「凄いな、それも」
「悟空の場合、運動で全部発散させちゃってるんじゃ」
 クリリンがあははと笑いながら言う。
「何だ? それってしねえとマズいんか??」
「いや、そういうことはないけどさ」
「うーむ。知ってれば説明も楽だったんじゃが……」
 亀仙人は茶で少々口を湿らせ、ぷはぁと息を吐いた。
 ビールを飲んでいるわけじゃあるまいに。
「まあ、子供を作るのは、と悟空の共同作業みたいなもんじゃ」
「じゃあ、もここにいた方がいいんじゃねえか?」
 疑問を口にする悟空だったが、それはクリリンが止めた。
「いや、ほら……どっちかっていうと男の方にウェイトがある問題だからさ」
 ヤムチャも口ぞえする。
「それに、ちゃん多少分かってる筈だし」
「そうかー? そしたら、オラに教えてもらいてえなぁ」
 天性の女殺しみたいなセリフを吐くなと、ヤムチャは思った。
 昔からそんな感じだったが。
「いや、ほら……ブルマが怒るからさ!」
 ヤムチャが慌て悟空を止める。
 このままでは本当に2階からを呼びかねなかったから。
「そっか。んじゃいっか」
「コホン。悟空、まあコレを見よ」
「ん?」
 言い、亀仙人はビデオを再生した。
 口で言うより、映像で見せてしまった方が早いという考えだろう。


 小1時間ほど、『あはーん』とか『うふーん』とかいう声が1階を占拠した。


 見終わった最初の悟空の感想は、
「なんでハダカなんだ?」
 だった。
 クリリンが微妙な顔で返答する。
「いや、ほら……脱いだ方がやりやすいからだろ」
「ふーん」
「しかし悟空は興奮してないなぁ。亀仙人さまなんて……」
 ええのーええのーと叫びまくっている。
 あれが正しい男の姿だとは言えないが。
「で、分かったのか?」
 ヤムチャに問われ、悟空は頬をぽりぽりと掻いた。
 亀仙人は完全に顔のしまりがなくなっている。
 本来の目的を忘れてビデオに没頭していたりしたから、無理もないが。
 逆に悟空は別の意味で真剣に見ていたのだけれど。
 しかし彼が次に発した言葉は、
「要するに、さっき見たみたいなことを、さっきの女にすっと、オラとの子供ができんだな?」

「「ちっがーーーーーうッ!!」」

 絶叫するクリリンとヤムチャ。
 亀仙人は深くため息をついた。
 相変わらず飛んだ思考の持ち主だと。
 悟空とて男だ。
 本能レベルで分かると思うのだが……その手前の説明が必要だとは。
 叫びに驚く悟空に、ヤムチャが額に汗しつつ説明した。
「だから、今みたいなことを、悟空がちゃんにするんだよ」
「ふぅーん」

 ………。

 一度流し、その言葉を頭の中で反復して――改めて目を丸くした。
「いっ、今のをオラとがか!!?」
「そうだよ。何だ悟空、赤くなってるのか?」
 ヤムチャが指摘したとおり、悟空の頬は赤くなっていた。
 初めて見ると言っても過言ではないほどの赤くなりように、クリリンとヤムチャ、亀仙人までもが驚く。
「だ、だってよう……」
 悟空は俯き、眉根を寄せて困った顔をした。
嫌がんねーかなぁ……オラ、あいつが嫌がることしたくねえしよ」
「それは当人に聞いてみないとな。それよりお前は大丈夫なのか?」
「? 何がだ??」
 クリリンの質問の意味が分からず、首を傾げた。
 彼は自分を落ち着けるようにお茶を飲み、それから言葉を言う。
「だからさ、その、出来るか?」
「ああ、さっきみたいなことか?」
「一度だけで子供がすぐにできるってことでもないんだぞ」
 そうなのか、と思いながら天井を仰ぐ。
 2階にはが寝ているはずで。
 いつも横にある寝顔を考えると、胸が熱くなった。
「でえじょうぶなんじゃねーかなぁ」
 あっけらかんと言う。
 その姿に、クリリンとヤムチャ、亀仙人は小さく息を吐いた。
 今後が非常に不安だと。


 皆が寝静まった頃、珍しく悟空は目を覚ました。
 リビングで雑魚寝している亀仙人たちは、目覚める様子がない。
 時間を確認すると、2時を回ったところだった。
 咽喉の渇きがあり、水を飲んで直ぐに寝ようと思ったのだが不思議と目が冴えてしまった。
 部屋でじっとしていても眠れず、結局風に当たりに外へと出た。
 浜辺に座り込み、波を眺める。
 ふと、一番最初、が突然自分の目の前からいなくなった時のことが思い出された。
 あの頃は自分が持っている気持ちが何なのか、見当もつかなかった。
 ただ、いなくなってしまったという喪失感があった。
 だから再度――きちんとした形で目の前に現れてくれた時、物凄く嬉しかったし、二度と離れたくないと本気で思った。
 超神水を飲んで苦しんでいた時は、彼女だと認識したのは後のことだったし、すぐにいなくなってしまったから、天界での出会いが実質上の二度目になるだろう。
 けれどそれも、が自ら天界を降りたことで、約二年という間が空いた。
 修行に明け暮れながらも、彼女の事を考えない日はなかった。
 自分が、どうしてそこまでを気にするのか分からなかったけれど、ずっと前から心にあった気持ちは、名前をつけるなら好き≠セったのだ。
 それも恋愛と言われるものの。
 ただ、上手く表現できなかっただけで。

「悟空、どうしたの?」

 後ろから声を掛けられ、悟空は振り向いた。
 気配がしていたから驚きはしなかったが。
こそどうしたんだ? 寝てたんじゃねえのか?」
 は悟空の横に座り、えへへと笑った。
「うん、寝てたんだけど……咽喉渇いちゃって。下におりたら、悟空がいなかったから」
「そっか」
「何してたの?」
「ちょっとなー」
 言い、口をつぐんだ。
 が不思議そうな顔をする。
 暫く無言の空間が広がった。
 波の音だけが二人の耳に入る。
「……あの、さ、悟空」
「ん?」
 控えめな声に、悟空はの方を向いた。
 何だか言いにくそうな顔がそこにある。
「どうしたんだ?」
「あの、ね。その……無理に子供作らなくてもいいよ。私は悟空と一緒にいられるだけでも幸せだし」
「オラはが子供作るの嫌じゃなきゃ、それでいいんだ。が嫌がるならしない。オラ、おめえが嫌がることしたくねえから」
 凄い口説き文句になっていることに気づかない悟空は、何となしにそんなことを言う。
 は首を横に振った。
「悟空だったら嫌じゃないよ。結婚までして、今更だし」
「でもさぁ、ハダカんなんだぞ?」
 相変わらず言葉を包まないで言う。
 彼女は少々頬を染めて視線を彷徨わせた。
「うー……それは……そうだけど、でも、見せるの悟空だけだし」
「ヤじゃねえか?」
 小さく頷いた。
 悟空は微笑み、彼女の頬を指で撫でる。
「悟空?」
……あのさ、チュー……じゃなかった。キスしていっか?」
「う、うん」
 の瞳が閉じられる。
 すっと顔を寄せ、口唇を奪った。

 ――普段なら触れるだけで終わりなのだが。

「っん!?」
 が呻く。
 悟空はそれに気づきながらも、行為を止めない。
 驚いている彼女を抱き寄せ――彼女の口内へと舌を伸ばす。
「ん、ふ……っ」
 鼻に掛かった声に、悟空は妙に高揚した気分になった。
 さっきビデオを見ても何とも感じなかったが、相手だと、どうにも妙な気分になる自分に気づいていた。
 彼女に触れられるだけで嬉しい。
 戦っている時とは別のゾクゾクが背中を駆け上がっていた。
、好きだ……」
「ご、く……私も好き……」
 口唇を離し、きゅっと抱きしめる。
 の体温が心地いい。
「……うーん、今日は一緒に寝られねえんだよなー」
「ブルマに怒られるよ?」
「ちぇ」
 つまらなさそうな顔をする悟空。
 はくすくす笑った。


 朝日が昇った頃、は目を覚ました。
 別にもっと遅くまで眠っていてもいいのだが、悟空が朝早いので、習慣になってしまっている。
 あれから部屋に戻って、高揚する気分を無理矢理抑えて眠った。
 ……彼があんなキスをすると思っていなくて、眠るのにかなり苦労した。
 思い出すと顔が火照る。
 悟空の方は素直に眠れただろうか。
 ――かと思っていたら、ドアを叩く音が。
ー、起きてるか?」
「あ、ちょっと待って!」
 布団を急いでたたみ、ドアを開ける。
 ブルマが寝ているからと余りドアを大きく開けず、部屋の外に出た。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
 にぱっと笑う彼は、いつもの彼で。
 気にしている自分の方が恥ずかしい。
「もう仙人さまとか起きてる?」
「起きてるぞ」
「じゃあ、ご飯作らないとね。急いで作るから」
 階段を下りて行こうとするだったが、腕を引っ張られ、気づけば悟空の腕の中にいた。
「ご、悟空??」
「へへ〜」
 全く毒気のない笑顔を向る。
 どうしたのかと聞こうと思った瞬間に、口唇を奪われた。
「んぅっ」
 たどたどしいながら、舌が浸入してきた。
 朝っぱらから何をしてくれるのだと思いながらも、抵抗できない。
 きゅ、と彼の服を掴む。
 何度も繰り返しキスされ、やっと離れてくれた時には、の息は上がっていた。
「ご、悟空っ……き、昨日から何、どうしたのっ……」
 腕の中で息を整え、彼を見上げる。
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……」
「よっく分かんねえけどさ。オラ、ずっととこうしたかった気がするんだ」
 ホントに素直な人だと今更ながら思う。
 方法が分からなかったが、昨日の勉強≠ナ見つけた――というところか。
 悟空はきゅぅっとを抱きしめ、囁いた。
 やたらと艶のある声な気がしたのは気のせいだろうか。
「家に帰ったら、子供作ろうなっ」

 ……朝っぱらからする会話なのだろうかという疑問が、一瞬頭をよぎっただった。




一応微エロ。

2004・7・6

→34.5話目