おベンキョ 1




 と悟空が結婚し、パオズ山付近に住み始めて一ヶ月になろうとしている。
 は近くの山村で治療師の仕事をしていた。
 村の一角に診療所を設け、そこを拠点にして村の患者を治療したり、外部からやって来る患者を診たりしている。
 ものの二、三週間で村の中では有名な治療師になっていたし、西の都でご贔屓にしていたお客なんかもジェットフライヤーで来たりする。
 裕福ではないけれど、貧乏でもない生活。
 悟空は働いていないけれど、それについては文句を言わない。
 ……前々から彼は仕事するタイプに見えなかったので。
 目下、彼の仕事は食料を持って来ること。
 それで充分だと思えるのだから、別段問題もない。
 そんなわけで、今日もと悟空は平和に暮らしていた。

「ああ、これは旦那さん。こんにちは」
 診療所から出てきた老人が、丁度やって来た悟空に挨拶する。
 村の方に悟空が来るのはさほど珍しいことでもないので、たいていの患者は悟空がの夫だと知っている。
 まあ、この村に関していえば大半が知っているのだが。
 悟空も老人に、にこやかに挨拶した。
「こんちはっ! まだ仕事中か?」
「いえ、わしで最後ですとも」
「そっか、なら丁度よかったかな」
 獲って来た魚を冷凍カプセルに入れようと思ったら、どこにあるか分からなかったため、に聞きにきたのだが……仕事が終わったならやってもらうことも出来る。
 老人は診療所を見て、ふっと笑った。
「先生が来てくれて、本当に助かっておりますよ。この村には内科医だけしかおりませんでしたからなぁ」
 この山村には、元々医者が一人しかいなかった。
 それで全てをまかなっていたのだが、その医者は主に内科の方だったから、が怪我治療を引き受けてくれて、丁度いい感じになっている。
 商売敵というより協力者といった風で、村内でのとその医者の仲はいい。

 ――老人は悟空を見て、ふと思いついたことを口にした。
「ところで、お子さんはまだ作られんのですかな?」
「へ?」
 キョトンとする悟空に、老人はのんびりと手を振った。
「いやいや、まだお二人とも若いですからなぁ……」
 ほっほっほっと笑うと、老人は「それでは」と言って立ち去っていった。
 残された悟空は小首をかしげて――でもとりあえずカプセルのことを聞こうと、診療所内へと入っていった。


その夜。
「……へ? 今、何て……??」
 夕食が終わり、お茶を飲んでいる最中に突如として言われた言葉に、は思わず固まった。
 彼の口から、何か物凄い言葉が出たような気がして。
 聞き違いかと思って目を丸くして驚く彼女に、悟空は再度同じ言葉を言う。
「だから、子供つくらねーんかって言われた」
「……え、えっと……誰に」
の患者」
 ……誰に言われたか想像がつかない。
 言いそうな人ばかりだし。
 そんなの内面の葛藤を知らず、悟空はいつもの調子で会話を進める。
「なあ、子供って作った方がいいか?」

 直球だ!!!

「えー…っと」
 湯飲みを掴んで、冷静に対処しようとするが……うまく頭が回らない。
 こういう場合、どういう言葉を言えばいいのだろう。
 素直に自分の気持ちというか、考えを言うべきだろうか。
 悩んだ挙句、素直に言葉にすることにした。
「えっと、うん、子供はいた方がいいと思う……よ?」
 それは本心。
 子供がいれば将来楽しいだろうし。
 とはいえ、だってまだ十代の子供といえば子供なのだが。
 それを聞いた悟空はテーブルに肘をついてをじっと見つめた。
「ふぅん、じゃあ作るかー」
「うぇ!!?」
「? 何だ? 嫌なんか??」
 背中を微妙に冷たい汗が流れていく気がする。
 冷や汗なるものが浮き出ているのだろう。
 顔も心持ち赤くなっていて……その様子を見た悟空は首をかしげた。
「どうかしたか?」
「えーと……えーと……でも悟空、その……作り方、知ってるの?」
「知らねえ」
 スパッと言い放つ。
 困ったなぁと腕を組んだ悟空は、ふと気づいてに問う。
「なあ! は知ってるのか?」

 ……や、やっぱり言われたか。

 予想していたけれど、実際に知らないと言われて、じゃあ説明しましょうなんて、簡単に言えるような事柄じゃない。
 相手は悟空だし、第一、だってそーゆーことを深く知っているわけでもなし。
 離れていた時間の中で、男女間にあるようなことを考えたりしなかった。
 前の地球で、知識として吸収したことは極々微量。
 男子と話として聞いたりとか、その程度。
 中学の頃、男子が騒いでいたのは覚えているが、彼はそんなことはないだろうし、世に言う自分一人で、というのもなさそうだし。
 ちなみに、は経験なしである。
 初恋は実らないというが、彼女の場合はそのまま実ってしまったし――彼以外の人と体を重ねようなんて、夢にも思っていなかった。
 というか、元々そういう意識すらあまりなかったというか。
 困った。
 は真剣な目で自分を見てくる悟空から、ほんの少しだけ目線を外し、
「……私も……えと、よくは知らない……」
 無難な答えを返した。
 嘘ではない。
 自分の体をマジマジと見たことなどないし、男性側のことは分からないし。
 悟空は眉根を寄せた。
「うーん、まいったなぁ……クリリンとか亀仙人のじっちゃんなら知ってっかなぁ」
「と、思うよ」
 亀仙人なら間違いなく知っているだろう。
 そう付け加えると、悟空は嬉しそうに笑った。
「そっか! じゃあ明日にでも行ってみっか!」
「……そ、そうだね」
 お茶を口に運びながら、は微妙な居心地の悪さを感じていた。
 ……まだ何もないのに緊張していてどうする、と自分に突っ込みを入れる。


 翌日
 悟空とはカメハウスへと向かった。




2004・6・26