貴方の強さ チチの繰り出す攻撃を、ひらりひらりと舞うように避けていく。 軽く打ち込みはするものの、決定打ではない。 チチはに仕掛けながら、掴み所のない動きに、次第に実力差を感じ始めていた。 「な、なあ悟空…」 あまりに落ち着き払って戦いを見ている悟空に、クリリンが声をかける。 彼はクリリンを見ず、闘技場での戦いを見続けたまま 「何だ?」 と答えた。 「お前さ、どっちに勝って欲しいんだよ…」 そこに、ヤムチャが口添えする。 ブルマの怒り様から、の気持ちがどれ程のものか見抜いているからかもしれない。 「悟空、結婚ってのはな、好きなコとするもんだぞ?」 無論、チチだって今までずっと悟空の事を想って来たのだろう。 けれど先ほどの――彼らが久々に再開した時、抱き合っていたシーンを見ているから……。 そんな二人の言葉に、彼は二人の戦いを見据えたまま、静かに言った。 「…オラよく分かんねえけど…今日、会ってからずっと…胸が熱いんだ…」 「ご、悟空??」 クリリンの呼びかけに彼は答えなかった。 「だああっ!!」 「やっ!!」 チチの繰り出した拳を、ぱんっと音を立てて横にそらし懐にスッと入り込むと、心持ち軽く腹の部位に両手で衝撃を送った。 痛みに一瞬ひるむチチ。 だが、すぐさま次の攻撃に移って来る。 矢次に出される拳や蹴りを上手い具合にかわしたり、かすめたりしながら、は彼女と対峙している。 亀仙人の教えを受け、他にもたくさんの武術を習い、天界で修行し、その後も怠ける事なく訓練し続けてきたは、チチの強さを凌駕していた。 勿論、悟空のように拳の衝撃で彼女を吹き飛ばしてしまうようなマネはできないが。 「くうっ…おら、絶対、負けねえだぞっ!!!」 「ごめんなさい…でも、私…私は――っ!」 何かを決意したようにチチを見る目に、強い意志が宿る。 瞬間、チチはの姿を見失っていた。 「速い!」 クリリンが驚く。 はチチに足払いをかけると彼女が体制を立て直すのを見計らい、タイミングを合わせて頬の横を殴る。 その空圧で、チチの頬に一筋の赤みが差した。 それに気を取られた瞬間に、は場外へ落とす程度の強さで蹴りを繰り出し―― 「チ…チチ選手、場外! 選手の勝利です…」 『おおー!』 という歓声、はやし立てる声をよそに、は壁に背を預けて座り込み、ボーゼンとしているチチに歩み寄った。 側に座り、癒しの力で身体をの痛みをとってやる。 赤みの差した――切れた頬もすっかり元通り、綺麗な肌へと戻った。 チチは不思議な心地よさを感じながら、を見据える。 彼女の治療が終わると同時に声を荒げた。 自分は彼女に負けた――それが悔しくて。 「よ、余計な同情しないでけろ!」 「同情じゃないよ。…怪我、させちゃったから……それに…」 「?」 二人とも立ち上がった所に悟空がやって来た。 「…」 何かいつもの彼らしくない、複雑そうな表情を浮かべ、の肩に触れようと手を伸ばす――が、彼女はそれを拒むかのように、くるりと振り向いて悟空の目を見――小さく笑んだ。 「あのね、悟空。私なら、平気だから」 「…?」 彼女は、あははーと笑うと、明るい声で大げさに手を広げ、一生懸命に――必死に、何かを一心に隠すかのように語る。 「ほら、もう悟空、一度はチチさんと結婚するって言ってるしね!私は、大丈夫だから」 「オラ……」 「気にしないでってば。ねっ」 何か言おうとする彼の言葉を遮り、は筋斗雲を呼んだ。 主の思いを汲み取ってか、すぐさま雲の切れ目から現れる筋斗雲。 ぴょんっとそれに飛び乗ると、浮いたまま、は悟空に笑いかけた。 「悟空。絶対、優勝だかんね! 約束!」 「あ…ああ、もちろんだ!」 その答えに満足し、ブルマを見て苦笑いをこぼす。 切なそうな顔がそこに張り付いていたから。 の内心を見透かすような…ブルマの表情。 今できる事は、精一杯の笑顔を見せる事だけ――。 悟空に背を向けたまま、は言った。 最後かもしれない、その言葉を。 「じゃねっ、悟空。……私、祈ってるよ」 言うが早いか筋斗雲はを乗せ、大空へと舞い上がって――猛スピードで天下一武道会の会場を後にした。 は頬をつたう物が何なのか、始め、意識できなかった。 ……泣いているのだとそう気づいたのは、泣き始めてから暫く経って後。 彼らの前では泣かなかった――心が鍛えられた証だと思う。 きっと、これでよかったのだ。 自分は界王の力を持っていて、生い立ちも力も普通じゃない。 彼に変な苦労をかけたくない。 だから――きっとよかったのだ。 強くなった心。 でも、悲鳴を上げている。 泣いている。 その心のままに、は一人、吸い込まれそうな大空の中で泣いた。 静かに、静かに……。 ピッコロ戦終了まで飛びますです。 2004・6・1 |