西の都のブルマ




 久々の筋斗雲の上。
 悟空にも勝るとも劣らぬ雲さばきになるのには、多少の時間はかかったものの、西の都らしき場所につくまでには、すっかり用筋斗雲との相性はバッチリになっていた。
「…多分ここが、西の都…だよね」
 空に筋斗雲でプカプカ浮かんだまま、周りを見る。
 完全におのぼりさん。
 服は、降りるときに、この世界へ来たときの服――要するに学校の制服スタイル――に着替えたが、まあ問題はないだろうと思う。
 そんな事よりも初めて都にきたに衝撃を与えたのは、

「くっ…車が空を飛んでいるっっ……!!」

 そう。
 飛んでいる車がある、という事だった。
 じゃあ自分は今、何に乗っているのかと聞かれれば、もっとありえそうにない『雲』 なのだが。
 チューブのような道路を走る車あり、かと思えば普通の道路もあり…。
 自分のいた地球よりも、それだけハイテクという事だろう。
「とにかく、ブルマさんって人を捜さないと」
 どういう家に住んでるとか聞いておけばよかった――などと思っても、今更、後の祭りである。
 警察官に聞くのが一番だろう、こういう場合。
 は筋斗雲に手近な場所に下ろしてもらうと、歩いて警官を捜した。
(…街並みは、向こうの地球に似てんだけどなあ…)
 は都会に住んでいたわけではなかったが、電車で数十分も行けば都会に出られた。
 そこと比べて、違うところといえば――こちら側の方が少々近代的で、ついでに言うなら人の波が少ないような気がする。
「あーっと、見っけた! おまわりさぁーん!!」
 目的の人物を見つけ走ってそこまで行く。
 警官は、「どうかしましたか?」 と、人のよさそうな笑みを浮かべていた。
「あの、えーと、カプセルコーポレーションってトコまで行きたいんですけど…」
 余程有名なのか、地図も見ずに行き方を説明し始める警官。
 だが、西の都の地理を全く知らないには『○○ストリートを行けば分かる』なんて言われてもさっぱりだ。
 とにかく、丸くてクリーム色(?)の、大きな建物で、庭もでかく、今、目の前にある道の付近だ、という事だけは分かった。
「うーん…分かりました。ありがとうございましたー」
 本当はよく分かっていないのだが…仕方ない。
 そんなに大きな敷地なのであれば、筋斗雲で上空から探せば、多分見つかるだろう。
 筋斗雲を呼び戻し、飛んで行く。
 それを見た警官の目が、点になっていた事を付け加えておく。

「あった!! カプセルコーポレーションって書いてあるし…間違いないね」
 筋斗雲に家の玄関前に下ろしてもらい、とりあえずインターホンを押す。
 それにしてもホントにデカい家だ…。
 暫くすると、インターホンから応答があった。
「はぁーい」
「あっ、あの、私、と言います。ブルマさんにお会いしたくて…」
「え、私に?」
 どうも、応答してくれたのは当人だったようだ。
 これは好都合。
「ブ、ブルマさんですか? 私、孫悟空に言われて来たんです!」
「孫君に? ちょっと待って、今開けるから」

 ドアを開けてもらい、ロボットに案内されてリビングへと足を進める。
 それにしても外から見てもデカかったが、中に入ると更に大きく感じる。
 部屋数が物凄く多いのだ。
 何の事業をしているかは分からないが、かなりのお金持ちに違いない。
 リビングに通され、ソファに座って暫く待っていると、緑色の髪をした可愛い女の子がお茶を持ってやって来た。
「あ、座ってていいわよー」
 立ち上がりかけたを止め、向かいのソファに座る緑髪の彼女。
 も大人しく座りなおし、入れてくれたお茶に口をつけた。
「さーて、私がブルマよ。孫くんに言われて来たって言ったわよね?」
「はい、実は…」
 は自己紹介も含め、かいつまんで今までの事を話した。
 全てを信じてもらえるとは思っていなかったが、別の地球から来た事や、悟空と初めて出会った時の事、亀仙人の修行を受けた事、自分に宿る、サイキック能力と癒しの力の事、今後は、この世界でやっていくつもりな事――次の天下一武道会で悟空と会う約束をしている事、などなど。
 まくし立てるように一気に話し終えると、フゥ、とため息をつき、俯いた。
「…って事なんですけど…信じられませんよね、こんなの…」
 落ち込む様相のの意に反し、返って来たのはブルマの実に明るい声だった。
「信じるわよ! へぇ〜、別の世界…平行する別の地球かぁ…。昔、学会で発表してた人いたっけ…」
「あ、あの…信じてもらえるんですか?」
「あったりまえでしょ! だってあなた、この世界の子と、ちょーっと違うもんね」
 そう言われ、小首をかしげる
 不思議そうにしている彼女に、ブルマは新たに注いだお茶を勧めながら、の顔をじぃっと見た。
「この世界で生まれたっていうんだから、育った環境かしら? それとも元からなのかは分からないけど…髪の毛すっごくサラサラしてるし、目もくりくりしてるし…何かちょっと違うのよね。可愛くていいけど」
「あはは、ありがとうございます…よく分からないけど…」
 自覚症状はないらしい、とブルマは苦笑いした。
「あのぉ…失礼ですが…」
「あー、敬語ヤメヤメ。友達感覚で話してくれていいから。私も、そうさせてもらうし」
「え、うん…んと、ブルマさ……ブルマって、悟空の…カノジョ?」
「ぶはっ!」
「うわっ!!」
 いきなりお茶を噴き出され、思わずさっと避けてしまう
 ブルマは口元をハンカチで拭うと、大笑いしていた。
「あはははは!! 違う違う! あいつに彼女なんて単語あるのかしら」
「そ、そんなに大笑いしなくても。…でも、キスも知らないみたいだったからなぁ」
「!!!? キス!?」
 キスしたの!? と物凄い勢いで問いかけてくるブルマ。
 勢いに呑まれて、こくん、と頷いてしまう
 呆れたような、驚いたような顔をするブルマに、まあ、確かに彼からそういう行動が出てくるとは思わないだろうと、何となく納得してしまうがいたりして。
「でも…別に私彼女とかじゃないし…。何となくしたくなった…とかで…されて」
「…あの男は全く…は、孫くんが好きなんでしょ? 孫くんと私の関係を気にするぐらいだもんね」
「あーうー……あはは、実は…大体四年越しの片思いだったり」
「……あの孫くんの何処に」
「あははー、色々あって」
 ブルマにしてみると、よく分からないらしいが…にとっては救世主――今までの自分の生き方をひっくり返してしまった人なのだ。
 初恋を引きずってるなんて、向こうの友達にも呆れられたものだが。
 ふぅん、と頷きながら、ブルマは悟空との成り行きを色々話してくれた。

「ドラゴンボール?」
 龍の球、と取ればいいのだろうか。
 のいた地球には、存在しない物体の名前だ。
 ブルマは、そのボールについて詳しく説明してくれた。
 一から七までの星が入った宝石のような、綺麗な球体で、世界中に散らばっているそれを七つ集めし者は、何でも好きな願いことを一つだけ叶えてもらえる――という、まるで夢のようなボール。
 それがドラゴンボールだと。
 そのボールの一つを持っていたのが悟空で――と、話せば長くなるのだが、とにかく、ブルマと悟空の初めの出会いは、そのボールがあってこそだったそうだ。
「じゃあ、私が悟空に初めて会ったのは、一度目のドラゴンボール探しの後なんだ…」
「そうねー、亀仙人さんトコに修行に行って…天下一武道会を二回経験して…今度で三回目の参加になるかしら」
「へえー…」
「ところで!」
「?」
 いきなり顔を突きつけてきたブルマに、ちょっと腰を引く
「行くあて、あるの?」
「……………ない、デス」
 ここに行け、と言われたから来たのであって…。
 大体、この世界では自分のいた地球の常識が通用しないだろう。
 車が空を飛び、都から外れれば、何がいるか分からないような、鬱蒼とした森があったりとか、獣がいたりとかするような…。
 ある意味では、いい具合に自然と調和しているのだろうけども。
 困っているを見て、ブルマがにこっと笑った。
「じゃあ、ウチに居候してなさいよ! 大丈夫、ウチ、広いし」
「で、でも迷惑が…」
「どうせ、次の天下一武道会には行くんだし、それまでにこの世界でやってけるように、色々勉強しといた方がいいでしょ?」
 正論である。
 この地球で生活して行こうと言うのなら、大なり小なり勉強は不可欠。
「…ちなみに、この世界の通貨は…」
「へ? ゼニーだけど」
 勉強必須、だ。
 は立ち上がると、ブルマに向かって一礼した。
「お、お世話になります……」
「じゃあ、すぐに部屋を用意させるわね!!」
 友達ができて、実に楽しそうなブルマとは逆に、不安一杯のなのであった…。



2004・2・19