少女の筋斗雲


 恋をしただけ。
 恋をしているだけ。
 でも、だからきっと、強くなるために必要な、試練。
 第一歩を踏み出さなければ、変われない。
 『向こうの世界』で、そうだったように。

「はっ、たぁっ………波あぁっ!!!」
 渾身の力を込めた至近距離からの気功波は、狙いであるミスター・ポポによって、いとも簡単に、あっさりと弾かれてしまった。
「っはあっ!!」
 矢次に攻撃するものの、見事なまでにスカる。
 ぜいぜいと息を切らし、ミスター・ポポと対峙すると、彼は両手をぱっと開き「ストップ」 と静かに言った。
 はそれに従い、荒くなっている息を整えると、彼の前に立つ。
 彼は不思議そうに、小首を傾げた。
、ここのところ、集中力、かなり落ちてる。そのせいで、気の練り、遅くなってる。体調、悪いか?」
「う、ううん…そうじゃないんだけど…」
 首を横に振り、曖昧な表現をする
 ミスター・ポポは、「まあいい」 と軽く頷いた。
「次、悟空」
「オッス!!」

 少し離れた所で精神統一していた悟空が、ミスター・ポポの呼びかけに、パッと立ち上がり、彼の前に立つ。
 隣で沈んでいるに視線を向けると、「調子悪いんか?」 と軽く聞いてきたが、彼女は首を横に振っただけで済まし、今まで悟空が精神統一していた場所で、今度は自分が精神修行を始めた。
 は、自分の不調を充分に理解していた。
 ……ミスター・ポポに言われた通り、集中できないのだ。
 ついでに言ってしまえば、その不調の原因も分かっている。
(……悟空…)
 本来なら、心を無にし、集中力を高めるための修行である、精神統一の最中ですらこれだ。
 はあの夜――もう三日ほど前の事になるが――悟空と夜空の下、話をし、キスをしてからというもの、彼が傍にいるだけで、意識が分散視気味になってしまっていた。
 集中しようとするのだが、彼の姿が目の端にチラッと映っただけでも、心臓が波打ち意識が乱れてしまい、結果、ヨワヨワな攻撃になってしまう。
 悟空が悪い訳ではない。
 今まで会えなかった分の想いが、キスの一件で噴出してしまい、どうにも処理しきれなくなってしまったのだ。
 このままでは、変われない。
 そのための行動を起こす日が、来たのだ、きっと。
 引き裂かれそうに、張り裂けそうに心が叫ぼうと、『この地球』で、強い心を身につけるため――変わるために。

 お昼の休憩時間に、は神様に少し時間を作ってもらい、自分の今の気持ちを話した。
 『下界に、下りたい』 と。
 それに真っ先に反応したのは、悟空だった。
「なんでだよー、オラと修行して、天下一武道会出ようぜー?」
「ごめん。でも、ここだと気持ちが辛い時、悟空に助けてもらえちゃう。それじゃ、駄目なの。変われない。前の弱い私と一緒になっちゃう」
 の心を悟ってか、神は頷いた。
 ミスター・ポポも同じように頷いていた。
「ポポも、そう思う。、悟空好き。好き過ぎて、集中力落ちてる」
 どうやら、神もミスター・ポポもの気持ちに気づいていたようで、彼女は少々気まずそうに俯き、赤くなってしまった。
 悟空だけは、不満そうに眉根を寄せているが。
「オラだって、の事、好きだぞ?」
 そんなに軽く言わないでくれと、本気で思う。
 これから、下におりようとしている今は、尚更。
 神は苦笑いしながら、悟空をなだめた。
「まあ、よいではないか。次の天下一武道会で会えば良かろう」
「そうだよ悟空。私も…出ないとは思うけど、でも、絶対見に行くからさ」
「……そうだなー」
 ちょっと悩んだ風だったが、直ぐ、笑顔に戻る。
 その笑顔にまたしても、の胸が跳ねた。
 ……ホントにホントに、重症だ。

「下にカリン塔がある。そこにいるカリンという仙猫に、筋斗雲を一つもらっていくがよい」
「はい。えと…カリン塔って、前に悟空が超神水飲んだトコだよね?」
「ああ」
 悟空がそうだと頷く。
「だったら、空間転移で行けるかな…」
 界王の力を身の内に秘めるは、並々ならぬスピードで、自分の身の能力を開花させていた。
 天界での修行で気が扱えるようになり、集中法を学んでからは、能力にも磨きがかかったのか、大して苦もなく、バリアや破壊能力を使えるようになっていたし、空間転移については、少なくとも界王星と天界神殿の行き来は楽にできる。
 一度行った場所――というより、一度、何らかの条件がそろって移動していれば、問題なく移動ができる様子。
 カリン塔には、向こう側の地球からも一度行っているし、問題はないと思われた。
 は、神とミスター・ポポに今までのお礼を言うと、悟空を見る。
「あのよ、行くあてがねえんだったら、西の都のカプセルコーポレーションってトコの、ブルマってオンナん家に行けよ。それか、亀仙人のじっちゃんち」
「うん、ありがと」
 オンナ、というフレーズがちょと気にかかったが…ともかく。
 が悟空に微笑むと、彼はおもむろに彼女を引っ張り、ちゅ、と軽く口唇にキスをした。
 神とミスター・ポポが目を丸くするのも気にせず、
 真っ赤になっているも気にせず、彼は彼女の手をぎゅっと握り、爽やかに笑う。
「怪我とかすんなよ。ムチャもダメだぞ」
「悟空もね」
 彼はの手を離すと、いつもの明るく爽快な声色と笑顔で、「約束だぞ」と言う。
 も微笑み、頷いた。
「それじゃあ、次の天下一武道会でな!」
「うん、じゃあね! 修行頑張ってよ!」
もなっ」
 彼女は最後にもう一度、神とミスター・ポポにお辞儀をし、光のつぶてのようになって、その場から消えた――。

「…さ、悟空、修行続き、する」
「ああ…」
 暫く、の去った場を見ていた悟空だったが、よしっと気合を入れると、修行に戻っていった。

 カリン塔についたは、カリンとヤジロベーに迎えられた。
「おお、そなたはやはりあの時の…」
「そ、その節はどうも…」
 ペコリ、お辞儀をする
 ヤジロベーは柱によっかかり、ふてぶてしそうにしていた。
 一応、自己紹介は済ませる。
 カリンがここの主で、ヤジロベーは居候? のようなものらしい。
 ふてぶてしい顔のヤジロベーだが、嫌われているようではないから、よしとしておく。
「カリン様、あの…」
「何も言わんでもよい。ちと、心を読ませてもらうでの」

 ……。

 暫く後、カリンは一人で何かを納得し、頷くと、筋斗雲を呼んでくれた。
 ……デカい。
「好きなだけ、持って行くがよい」
「ありがとうございます!」
 乗れるか不安だったが、大丈夫、というように、筋斗雲たちがぴょこん、と跳ねた。
 そろっと下りてみると、以前のあの感覚が戻ってくる。
 一体になったような、不思議な感覚。
「あはっ」
 は、筋斗雲を必要な分だけちぎると、その上に乗っかった。
「よろしくね、私の筋斗雲!」
 ぽふぽふと叩くと、まかせて、とばかりにプニンと動く。
 相変わらず不思議な雲だ。
 上から見ていたカリンが、筋斗雲の上のに声をかける。
「西の都なら、あっちの方角じゃ。頑張るんじゃぞ〜」
「はいっ、ありがとうございました! それじゃ!」

 ひぅんっと飛んでいったその姿を見て、カリンは 「うーむ」 と唸った。
 ヤジロベーが不思議そうに問う。
「なぁに、うなっとるがや」
「いや…悟空のヤツも、果報者じゃのう…と、思っての」
「はぁ?」



2003年度最後の更新はこれでした。
……来年もファイト。


2003・12・31