十五年目の真実・前編



 が天界の神殿で修行を始めて、二日目の事だった。
 夜、ベッドに入ったはなかなか寝付かれず、コロコロと動いていたのだが、無理矢理眠ろうと、目をギュッと閉じた―――時。
(…あれ?)
 フワリと体が浮いた気がして、パッと目を開けた。
 …だが、周りに変化はない。
 起き上がってキョロキョロ見回してみても、変化らしきものは見られず、気のせいだったのだろうと、もう一度目をつむった瞬間、
 自分の体が、どこかへ行こうとしているのに気が付いた。
 元いた『地球』に帰ろうとする働きかけに似てはいたが、完全に一致もしない感覚。
 なぜか、すぐ戻ってこれると分かっていた。
 は集中し、自分を呼ぶ場へと……飛んだ。

 突然、目の前に芝生が現れたかと思うと、四つんばいになっていたの背中に、象でも乗っかっているかのような重量感を覚え、腕では支えきれず、そのまま地面に顔を突っ伏す。
 地面は尚も彼女を押し付け続け、まるで、地に吸い込もうとするかのようだ。
「し…っ…死ぬぅぅ……」
 息すら満足にままならない。
 ここがどんな場所で――なんて、見回す事も出来ない。
 途切れ途切れに息をし、完全に地面にへばりついているの上から、人の声がかかった。
 神でも、ミスター・ポポでも、まして悟空でもない、人の声。
「赤ん坊の頃の方が、”力” が扱えとったのう。ほれ、集中せんか」
「しゅ、集中……??」
 誰だか分からない声だったが、とにかく、この状態を何とかしたい。
 集中……集中…。
「な、何に集中すればいいのぉぉ」
「なんじゃ、忘れてしまったんか? ”空間適応” 意識を強めろ」
「は、はあぁぁ!?」
「いいから早くせんと、死んでしまうぞ〜」
 そりゃそうだが…何しろ、言っている意味がさっぱり分からない。
(空間適応……うーん)
 意味を考えている場合ではない。
 さすがに余裕のなくなってきたは、目を閉じて、”力” で治療を施す時のように、意識を集中し始めた。
 ただし、『治療”』ではなく、自分の身を何とかしたい一心で――よく分からない、空間適応とやらがあるなら、何とかして! といった願いのようなものだったが。
(空間適応……適応能力…っ!)
 ぐっと手を握り、意識を集中させる。
 瞬間、体にかかる負荷が一気になくなった。
「あれ?」
「うむ。それでいいんじゃ。さすがに慣れは早いようじゃの」
 パッと立ち上がり、声の主を見る。
「…………えーと…」
 目の前に現れたのは、何ともまあ…黒くて丸くて青い人だった。
 緑色の神様にも相当驚いたが、
 この人…触覚まで生えている上、グラサンをかけている…。
 何とも微妙な、デザインセンスというか、おしゃれのつもりなのだろうか。
(はっ、んな事はどうでもいいんだっ)
 はその青い人に向かって、お辞儀をした。
「あ、あのっ、初めまして」
「これこれ、父親に向かって初めましてはないだろう」
「………はぁ!?」
 はその青い人に向かって、思わず素っ頓狂な声を上げていた。
 冗談じゃない。
 確かにとうの昔に死んでしまった父親だが、どういう人間だったか位、しっかり覚えている。
 趣味がダジャレっていうのが、ちょっと頂けない部分だったが。
「わ、私あなたと初対面だと思うんですけど…」
「名前は。父親は十歳の時に死んでおる。違うか?」
(あ、合ってる…)
 は目を丸くして驚いた。
 どうしてこの人が――というより、この世界の人が、自分の父親を知っているのだろう。
 というか、父親だなんて名乗るんだろう??
 彼女の疑問をよそに、青い人は自分の名を告げた。
「わしは、界王と言う。この姿で会うのは初めてじゃな」
「……界王さん」
「界王様と呼べ、と普通なら言うところじゃが、娘じゃからの」
 あいた口が塞がらない。
 自分が今相手にしているのは……もしかして、凄い妙な人なんだろうか?
 いや、作りからしてちょっと普通じゃないけども。
「…この姿じゃからなぁ…よし、ちょっと待て」
「はい?」

 が瞬きした間に、彼女の目の前には、死んだはずの父親の姿が――。

「えええええ!!!? お、お父さん!?」

 何が何だかよく分からないが、今、目の前にいるのは確かに亡くなった父親だ。
「ど、どう…なって…」
「事の成り行きを話そうかの」
 ぷひゅんと元の姿――界王の姿になった父親を見て、口をあんぐりさせたまま、立ち尽くす。

 家の中に案内され、キョロキョロしていると、いきなり界王に声をかけられた。
「まあ、座れ」
「は、はい」
「…普通に喋ってよいぞ?」
「……うん」
 差し出されたお茶に、一口、口をつけたのを見ると、界王はに、事の成り行きを説明し始めた。
「元々お前はな、こっちの地球での、捨て子じゃった」
「す、捨て子!?」
 向こうの地球でも捨て子だったのに……どっちの世界でも捨て子…。
 は落胆よりも驚きが勝っている様子で、茶を手にしながら、半分動きを固めていた。
「お前が捨てられた経緯はよく分からんが、多分、持って生まれた特殊能力が災いしての事じゃろ」
「特殊能力って…」
 両手を見る。特殊能力には覚えがある。
 他人にはない『治癒能力』。だが、覚えがあるのはこえれだけだ。
「お前に元々宿っていたのは、治癒能力、空間移動能力、空間適応能力。
そして、わしがここで赤子の頃、開花させた能力が二つ。物質を止める――いわゆるバリア能力と、物質を破壊、変質させる能力じゃ」
「ちょ、ちょっと…」
「お前は、両親に捨てられた時、わしが地球を見ている気配を察したのか、ここにやって来た。通常なら、蛇の道を通らなくてはならんのに。その上、地球の十倍もの重力があるこの地で、普通にハイハイしておった」
「ちょっと待って…」
「しかし、界王が子供を育てるのはまずい。仕方なくパラレルワールド側の地球にいるわし――つまり、さっきの格好をしたわしだが、そこで、育てていたんじゃ。
よもや、わしの死で、こちら側に干渉してくるなど、予想だにしておらんかったからの」
「ちょっと待ってよ……せ、整理するから、頭…」

 いっぺんに言われても、分かりません。
 そう言わんばかりに、彼女は頭を抱えた。




2003・7・18